最新の研究やそれに関わる人々の話を交えて、生きものの進化に迫ります。 バックナンバー 眼で進化を視る -その2- 2006年8月1日 前回はレンズクリスタリンを中心に眼の進化を考えた。今回は、眼のもう一つの重要なタンパク質である光受容体オプシンが話の主役である。異なる色を見分けるオプシンがどのように進化したかを理解しながら、色覚は、男性より女性の方が優れているかも知れない、という染色体の性差による因果を考えてみよう。 さまざまな光受容体カラーの受容体はモノクロの受容体より先に進化した森が育んだ立体視と色覚メスが色覚回復の立役者ヒトに見られる赤色オプシンの多型 さまざまな光受容体 外界からの光はレンズを通して、網膜に達し、像を結ぶ。網膜のうしろには視細胞があり、そこで光の刺激が電気的信号に変換される。視細胞は神経接続を通じて脳とつながり、多くの視細胞からの信号が脳に集積され、処理される。こうした情報処理機構によって外界の形や動き、色などを感じることができる。 脊椎動物の視細胞には桿体と錐体の二種類があり、桿体は感度が高く、暗い場所での視覚をになう。錐体は、感度は低いが精度が高く、色を識別できる。ヒトには三種類の錐体があり、青、緑、赤の光を吸収する視物質(光受容体)を含んでいる。視細胞の上方は外節と呼ばれ、円盤状の細胞膜が何層にも積み重なっていて、その膜に感光性の色素すなわち視物質が多数存在する。 眼で受けた光の刺激を電気的信号に変換するしくみは分子レベルでよく理解されている。まず網膜に達した光は視物質に吸収される。視物質は、桿体の場合、ロドプシンと呼ばれるタンパク質とビタミンAによく似たレチナールと呼ばれる色素とからできている。ロドプシンは七本の筒状の部分が細胞膜の内外を交互に貫通しているタンパク質である。錐体にもロドプシンによく似た視物質がある。ヒトでは、吸収する光の波長、すなわち、赤色、緑色、青色の光にあわせて3種類の色覚に関係する視物質がある。ここでは、カラーの視物質と明暗視の視物質であるロドプシンを含めてオプシンと呼ぶことにする。オプシンのアミノ酸配列は互いによく似ており、遺伝子重複によって進化したことは間違いない。特にヒトの赤色オプシンと緑色オプシンは非常によく似ており、X染色体上に並んで存在する。脊椎動物には頭のてっぺんに松果体と呼ばれる光を感じる器官がある。頭頂眼とか第三の眼ともいわれている。松果体にも光受容能を持つピノプシンと呼ばれる光受容体がある。ピノプシンのアミノ酸配列はオプシンの配列とよく似ており、両者が遺伝子重複で多様化したことを示している。無脊椎動物にもオプシンによく似た光受容体があり、それらは動物進化の過程で遺伝子重複を繰り返して作られた遺伝子のファミリー(オプシン遺伝子族)を形成している。 ▲このページのトップへもどる カラーの受容体はモノクロの受容体より先に進化した このシリーズで何度か述べてきたように、同じ遺伝子(あるいはそれに暗号化されているタンパク質)を異なる生物から取り出し、互いに塩基配列(タンパク質の場合はアミノ酸配列)を比べることで、生物が過去に辿った進化の道筋を知ることできる。同じ手法で、遺伝子重複で多様化した遺伝子族のメンバーのアミノ酸配列を互いに比べることで、進化の過程で遺伝子重複を繰りかえしながら、どのように遺伝子が多様化したかを示す遺伝子族の系統樹が推定できる。図1は、推定された脊椎動物のオプシン遺伝子の系統樹である。 図1.脊椎動物オプシン族の分子系統樹 この系統樹で、通常の分子系統樹の場合と同様に、右端が現在で、左へ行くに従って過去に遡る。枝の長さは蓄積されたアミノ酸の置換数に比例する。四角は遺伝子重複を示し、丸は種の分岐を示す。異なる生物種を比較に入れたのは、系統樹上でのおおよその時期を知るためである。 この系統樹によると、脊椎動物のオプシン遺伝子は、眼以外の器官に存在する光受容体から遺伝子重複によって進化したと思われる。特に、松果体がもつ光受容体ピノプシンから進化した可能性がある。その後、分岐点?で長波長のオプシンL(赤色オプシン)と、それより波長の短いグループ、S(紫)、M1(青)、M2(緑)に分かれ、最後に緑色オプシンから白黒のロドプシンが誕生する。その時期は有顎動物と無顎動物の分岐(〜5億年前)以前に遡る。従って白黒の受容体はカラーの受容体より後になって進化したことになる。 この系統樹から読み取れるもう一つの重要な点は、カラーと白黒の受容体が有顎動物と無顎動物の分岐以前にすでに成立していたということである。その後脊椎動物の系統ごとに、多少の遺伝子を遺伝子重複によって増やし、色覚の微調整をしているようである。多くの哺乳類では3色の色覚がないといわれる。このことは、この系統樹に従えば、かつて持っていた色覚を一部失ったと解釈しなければならない。色覚を一部放棄した理由は、おそらく多くの哺乳類が夜行性だったからであろう。彼らにとって色覚はあまり役に立たず、そのかわり優れた臭覚に頼った生活に切り変えたのであろう。森に住むようになった霊長類の系統で再び色覚を取り戻している。また、ここでははっきり示していないが、無脊椎動物を含めた動物の光受容体の分子系統樹から、脊椎動物の色覚と昆虫の色覚は独立に進化したことが示される。 ▲このページのトップへもどる 森が育んだ立体視と色覚 哺乳類の祖先は夜行性であったため、色覚を一部失ったといわれている。われわれヒトを含めた霊長類の一部のグループは3色の色覚を持っているが、これらのサルはいかにして色覚を回復することができたのであろうか。霊長類の歴史を振り返りながらこの問題を考えてみよう。 われわれヒトが属する霊長類は分類学的には哺乳類の一つの目(もく)である。最古の霊長類の化石は北アメリカの白亜紀末(〜7000万年前)の地層から発見されていて、トガリネズミやハリネズミなどの食虫類がその起源とされている。白亜紀には、ヨーロッパと北アメリカはつながっていて、一つの大陸を形成していた。当時は、ヨーロッパーアメリカ大陸、アジア大陸、アフリカ大陸、南アメリカ大陸の四つは別々の大陸であった。最も原始的なサルである原猿類は、まずヨーロッパーアメリカ大陸で進化し、ついでアフリカへと移動した。およそ4500ー4000万年前の始新世のなかごろ、北アメリカはヨーロッパから分離して次第に遠ざかり、逆に、ヨーロッパはアジアと地続きになった。さらに、アフリカとも地峡でつながった。ヨーロッパにいた原猿類はこの地峡を渡ってアフリカへと広がっていき、そこで原猿類から真猿類が進化した。 真猿類は南アメリカに棲息する広鼻猿類(別名新世界ザル)と、それ以外の大陸に棲息する狭鼻猿類(旧世界ザル)とに分類されている。旧世界ザルからヒトを含む類人猿が進化する。新世界ザルは始新世のころに進化したと考えられているが、そのころは南アメリカとアフリカとの距離はわずか600km程度で、現在に比べるとずっと近かった。一方、南北アメリカはそれよりずっと離れていた。現在では、新世界ザルはアフリカから、島づたいに流木や浮き草などに乗って、南アメリカにたどり着いたと考えられている。他の哺乳動物に比べて、いろいろな点で劣っていた霊長類の祖先は、草原を捨てて木によじ登ることで、かろうじて繁栄を勝ちとることができたのであろう。しかし、森はサルを育て、やがてわれわれヒトの誕生を準備した。 樹上生活は重要な形質をサルに与えることになった。木にぶら下がることで、背筋が伸び、頭、背骨、腰、足が一直線に並んだ体型は、将来の二足歩行と頭脳の大きなサルへの道を準備した。樹上生活はさらに、かぎづめよりも、ひらづめを備えた「握れる手」への進化をうながし、手さきの器用さを獲得した。さらに、他の哺乳類では臭覚が大変発達しているのに反し、霊長類では視覚が発達している。2つの眼が互いに接近し、視野が重なって、立体視が可能になった。この立体視の能力は、木から木へと渡り動くときに、枝と枝との正確な距離の把握に大いに役立った。さらに色覚の獲得も、樹上生活の上で重要な意味を持つ。薄暗い森の中で、真っ赤に色づいた果物を見つけるには、色覚の発達は生きていく上で都合がよい。例えば、実をたわわにつけたリンゴの木をカラーとモノクロの写真に写して見比べてみるとよい。明らかにカラー写真の方が実を識別しやすいことがわかるであろう。もともとは不完全な色覚しか持たなかった霊長類が、青、赤、緑の3色の色覚を獲得したのは旧世界ザルの出現以降のことである。 こうして、樹上生活がもたらした握れる手、大きな頭脳と背筋が伸びた体型、立体視と色覚の能力は、やがてヒトの祖先が森を捨て、草原に戻ったときに、ほかの哺乳類には見られない、優れた特徴となった。樹上生活がヒトへの道を準備したわけである。では、どのようにしてサルは3色の色覚を獲得したのであろうか。 ▲このページのトップへもどる 森が育んだ立体視と色覚 南米に住む新世界ザルには色覚に関して興味深い性差がある。オスは2色の色覚しか持たないが、メスには3色の色覚を持つ個体がいる。この色覚に関する性差は、X染色体がメスでは2本あるが、オスでは1本しかないことと関係がある。 新世界ザルの一種マーモセットでは、499ナノメーター(nm)の波長の光を吸収する(厳密には吸収極大が499nm)ロドプシンをコードする遺伝子と、423nmの波長の光を吸収する青色オプシンをコードする遺伝子の両方が常染色体にある。そのほかに、X染色体上に、両者より長い波長の光を吸収するオプシンをコードしている遺伝子座がもう一つ存在する。 おもしろいことにマーモセットでは、この遺伝子座がコードしているオプシンは個体によって吸収波長が違っている。すなわち、遺伝子座としては一つだが、個体によって遺伝子が若干違っている。マーモセットの集団には、543nm(緑色)、556nm(黄色)、563nm(赤色)の光を吸収する、3つの異なるオプシンの遺伝子が存在する。このように、一つの遺伝子座に異なる複数の遺伝子が一定の割合で集団中に存在することを「多型」という。血液型を決める遺伝子座がよく知られている例で、この遺伝子座はA、B、O、の3つのタイプの遺伝子がヒト集団中にあって、多型になっている。 このサルでは、ヒトの場合と同様に、母親から一本のX染色体を、父親から一本のY染色体をもらい、XYと対合すると、オスになる。メスでは、母親由来の一本のX染色体と、父親由来の一本のX染色体が対合して、XXとなっている。まず、オスのマーモセットの色覚から考えてみよう。一つの個体をみると、423nmの青色オプシンと、それより長波長の緑色、黄色、赤色のオプシンのいずれか一つ、合わせて2色の色覚を持っている。ただし、長波長側のオプシンは個体ごとに違っており、ある個体では青色と赤色、別の個体では青色と緑色、あるいは青色と黄色、というように、個体によって見ている色が違う。 面白いのはメスの場合である。メスでは父親由来のX染色体と母親由来のX染色体を持っており、それぞれに長波長のオプシンの遺伝子座がある。ちなみに、このような父親と母親由来の同じ染色体を相同染色体といい、相同染色体上の同じ遺伝子座の遺伝子のことを対立遺伝子という。ところで、一つの視細胞では、一対のX染色体のうち、どちらか一方が働き、他方は不活性化していて働かない。どちらが不活性化するかは五分五分で、視細胞ごとにまちまちである。例えば父親由来の遺伝子が赤色オプシン遺伝子で、母親由来の遺伝子が緑色オプシン遺伝子なら、赤色オプシン遺伝子が活性化している視細胞が半分あり、緑色オプシン遺伝子が活性化している視細胞も半分あることになり、結局この個体は青色、赤色、緑色の3色の色覚を持つことになる。つまり、マーモセットのメスでは、対立遺伝子が同じ色の遺伝子である場合(すなわち、ホモの場合)は2色の色覚を持ち、対立遺伝子が異なる色のオプシンを持つ場合(すなわち、ヘテロの場合)は、3色の色覚を持つことになる。 このように、マーモセットではオスは常に2色の色覚だが、メスでは個体によっては3色の色覚を持つことになる。この性による色覚の差別は、色覚に関与する遺伝子の一つがX染色体上にあり、そのうえ、この遺伝子座が多型になっていることと、オスとメスで性染色体の対合形式が異なることに由来する。すべての新世界ザルでこのような差別があるかどうかはまだ明らかではないが、少なくともいくつかの新世界ザルではマーモセットと同じような差別がある。 この差別を解消するには、どうしても旧世界ザルや類人猿のように、X染色体上に異なる2色の遺伝子座を遺伝子重複によって作らなければならない。新世界ザルの差別的色覚が3原色への前段階であったかどうかは明らかでないが、とりあえず対立遺伝子で異なる色を試しておいて、後に遺伝子重複で2つの異なる色を持つ遺伝子座が進化した可能性は十分考えられる。遺伝子重複を起こす前に、対立遺伝子を使って新しい機能が進化することがあることを新世界ザルの色覚遺伝子は教えてくれる。どうやら生物はあらゆる機会をとらえて、さまざまな遺伝子の機能を開発しているようだ。われわれの知らない、もっと多くの遺伝子多様化の機構があるのかも知れない。 ▲このページのトップへもどる ヒトに見られる赤色オプシンの多型 新世界ザルの色覚遺伝子に多型が見られるなら、同じような多型がヒトの集団にも見られないであろうか?こうした疑問が出るのは当然である。実際、白人男性50人に対して調査が行われ、赤色オプシンに多型が認められた。この集団では、ひとにより赤色オプシンの180番目のアミノ酸がセリンかアラニンになっていた。セリンになっているひとは62%で、アラニンになっているひとは38%であった。面白いことに、この場所のアミノ酸がセリンだと吸収する光の波長が557nmの赤色だが、アラニンだと波長が552nmで、どちらかというとだいだい色になる。 ヒトの場合、赤色オプシン遺伝子はX染色体上に乗っているので、調査した白人集団の多型は、マーモセットの場合と同様に、色覚における性差を生じさせる。男性の場合は、夕焼けを見てひとによって赤色の感じ方が違うかも知れないが、いぜん3色の色覚である。一方女性の場合は、もし2つの対立遺伝子をヘテロに持てば、赤、橙、緑、青の4色の色覚になる。 なぜヒトと新世界ザルに見られた色覚オプシンの多型が集団中に維持されているのか?それには適応的な意味があるのか?ヒトの多型については分からないが、マーモセットの場合には適応的な意味があるであろう。上で述べたように、森に棲息するサルにとって、3色の色覚は明らかに有利な形質であろうから、同じ理由で新世界ザルのメスにとって、色覚遺伝子の多型は生存に有利であると考えてよかろう。ただし、オスにはその有利さは享受できないのだが。もしそうであるなら、多型が集団中に維持されることになろう。そのことに関連した、一つの有名な例をあげておこう。 ヘモグロビンは、肺で呼吸した酸素を体のすみずみまで運ぶ働きを持つ、赤血球の主要成分である。正常な人の赤血球は円盤状の形をしているが、まれに鎌形に変形した赤血球を持つ人がいる。これは鎌状赤血球症と呼ばれる遺伝病の一種で、ヘモグロビン遺伝子が突然変異を受けて、一カ所別のアミノ酸に置きかわっていることに由来する。赤血球が鎌形になったため、血管を詰まらせ、貧血になる。この異常ヘモグロビンをホモに持つと、ひどい貧血になり、子供を残す前に死亡することが多い。しかし、ヘテロの場合は軽い貧血ですむ。 通常、異常へモグロビンを持つ人はヒトの集団中に低い頻度でしか現れないが、西アフリカの地中海沿岸ではかなり高い頻度で存在する。この地域ではマラリアが多発するが、異常ヘモグロビン遺伝子をヘテロに持つ人はマラリアに抵抗性を示す。つまり、この地域では、ホモでは有害だが、異常ヘモグロビンをヘテロに持つと生存上有利になる。そのために、この地域では異常ヘモグロビンが高い頻度で維持されていると考えられている。 これは多型が自然選択によって維持されている例だが、マーモセットや白人の色覚遺伝子の多型にもあてはまるかどうかはかならずしも明らかではない。最終結論を得るには多くのデータが必要であろう。慎重になるのはそれなりの理由がある。進化に関する適応的な説明は、多くの場合、その気になれば可能であるから、十分慎重でなければならない、と以下のような例を引いてダーウィンが警告している。 緑色のキツツキだけを知っていて、黒やまだらのキツツキがいることを知らなければ、この緑色は木に訪れる外敵から身を守るための、自然選択によるみごとな適応と考えがちだが、実際は性淘汰によるものである。いかようにも自然選択で説明できるということが、むしろこの説の欠点であることをよく承知すべきなのであって、正しい説明には多くの情報が必要であることを、ダーウィンはこの例えで教えている。 ▲このページのトップへもどる [宮田 隆] 宮田 隆の進化の話 最新号へ