進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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絵文字から表意文字へ

2018年6月1日

今回以降、「文字」と表現する代わりに「Writing」という単語を使い、「書き現わす」技術と言うと広い意味の中で文字の誕生について考えていく。

Writingは最初絵文字(Pictogram)から始まり、その起源は絵を描く人間独自の能力に起因するという考えがある。直感的には説得力があるが、まず2回にわたってトークンの話を続けたのは、Writingが絵から絵文字へ進化する延長線上に誕生したのではないことを理解してもらうためだ。すでに見たように、トークンはまず自分自身の覚え書き的メモとして使われ始めた道具が、タブレット上の記録へと変化し、最後に絵文字や表音文字も加わって文章をサインで表すWritingへと発展する。しかしそんな説明をしている私自身も文字について学ぶまではWritingは絵を描くことから始まると思っていた。この考えを改めてくれたのがバリー・B・パウエル(Barry B Powell)の『Writing: Theory and History of the Technology of Civilization』(Wiley-Blackwell)で図1に示す。

図1 Barry B Powellが2009年に出版したWriting についての著書。
Barry Powellは1942年生まれのギリシャ文学史研究者で、ギリシャについては「オデッセィ」など多くの本を出版している。
 ここに紹介する彼の著書は、Writingの歴史や理論について知るためには極めて優れた著書で、ギリシャだけでなく、文学に対する深い教養に裏打ちされており、大変わかりやすい。

トークンが確かにWritingの起源の一つであることはわかるが、ではトークンの延長に現れる絵文字がなぜ絵画と関係がないと断定できるのだろうか?事実、精緻な絵は、話し言葉が使われだしたと考えられる3−5万年前から描かれてきたことは多くの証拠により裏付けられている。洞窟に壁画として残された絵は、石器時代に描かれたとはいえ、今日上手な画家が描いた絵画といっても何の不思議もないレベルだ。おそらく多くの人は、スペインラスコー洞窟の壁画や、世界最古の洞窟壁画と言われているフランス・ショーベ洞窟に残されたこのような精緻な壁画の写真を一度は見たことがあるのではないだろうか(図2)。


図2 ショーベ洞窟の壁画を再現した絵 出典:Wikipedia

図2に示した絵が描かれたのは今から30000年以上前だと知ると、人間は早くからリアリズムに満ちた絵を描く能力を持っていたことがよくわかる。とは言え、このような素晴らしい絵を当時のほとんどの人間に描く能力があったのか問うてみると、答えはまず間違いなくNOだと思う。事実、現代の私たちでも、このような真に迫った絵をかける人は限られている。まず私には不可能だ。即ち、ここまでの絵を描ける力は当時も今も、一部の人に限られている。

ちょっと脱線するが、自閉症を考古学の立場から考えている若手研究者ペニー・スパイキンズ(Penny Spikins)は最近発表した論文(How do we explain autistic traits in European upper palaeolithic art, Open Archeology: https://www.degruyter.com/view/j/opar.2018.4.issue-1/opar-2018-0016/opar-2018-0016.xml)やオンラインブック(The prehistory of autism: https://roundedglobe.com/books/850efa8a-9596-44c5-ab46-5dd828905986/The%20Prehistory%20of%20Autism/)で、これら旧石器時代の目を見張る絵画やフィギャーは、現在自閉症スペクトラムの人たちがしばしば示す、local processing bias(全体ではなく特定の領域にこだわって視覚的に認識しそれを表現できる能力)を備えた限られた人たちにより描かれたと推察している。彼女は、現在ではともすると精神発達の異常として排除される自閉症スペクトラムが、石器時代では社会にとって得がたい能力を持つ人間として重宝されていたこと、そしてその結果、自閉症スペクトラムと連鎖している何百もの遺伝子が、人類の遺伝子財産として一部の人に現在まで受け継がれてきたと考えている。図3は2015年に出版された『How compassion made us human(思いやりはどのように私たちを人間にしたのか?)』だが、彼女の研究方向がよく分かる良書だ。

図3:Penny Spikinsがおそらく30代で出版した著書。優しさや、道徳性など人類の良い部分の起源について考古学的に考察した本。(出典:Amazon.co.jp)

私はこの本を読んで以来、彼女の大胆な説に賛同している一人だ。彼女の考えと、自閉症スペクトラムの人の症状、すなわち社会との付き合いが下手なのと同時に、言葉の発達が遅れるという症状考え合わせると、たしかに優れた絵画を描く能力は、言語とは全く独立していたように思える。彼女が示唆するように、このような空間認識力に長けた写実的絵画を描くために、local processing biasをもった絵画能力が必要なら、絵を描くという行為が決して一般的なコミュニケーション手段にはなれないことがわかる。言語はすべての人が話す媒体でなければ役に立たない。このことから、Writingとショーベの洞窟に残るような絵画は、共通性はあっても、因果的な関係はないと考えられる。

繰り返すが、言語がコミュニケーションの手段である限り、その使用が限られた人に限定されると言語になり得ない。しかし前回Writingの先駆けではないかと紹介したトークンのような覚書のための道具は、道具であるがゆえに社会全体で共有することができる。と言っても、トークン自体は道具であり、それ自体は話し言葉とは全く独立し、文章の中に使われるには何千年もの時間が必要だった。同様に、誰でも描くことができる原始的な絵によるサインも、話し言葉とは独立して使われていたように思える。例えば絵文字で(☀→☔)と書いたとき、「晴れ後雨」でも「clear then rain」でも読み方とは独立して意味を示すことができる。おそらく早くから、このようなサインは使われていたのではないだろうか。例えば何かを教える時に、地面に枝で簡単な絵を描いていたのではないだろうか。このようなサインはメモ書きのようなものなので、洞窟絵画のように丁寧に描かれることはなかった結果だと想像する他、本当にこのようなサインが使われたのかどうかを知る証拠は残念ながらほとんど保存されていない。

トークンも、原始的な絵を使ったサインも話し言葉とは独立していたとすると、Writingの誕生には、話し言葉の文章を、独立した書かれたサインと、音節を媒体にするS言語を融合させることがまず必要だった。おそらくWritingの誕生は、自分の話しているS言語の単語に対応するサインを順番に作成することで起こったのではなく(必要性が認識されてもサインを決めていくのは大変な作業だ)、独立して存在していたS言語とトークンなどのサインがたまたま融合する過程で新たな使い方が着想され、さらに新しいサインを生み出していったと考えられる。

トークンでも、トークン由来の様々な絵文字(前回図3)でも、あるいは誰でも簡単に描ける絵を基礎にした簡単なサインでも、もちろんそれに対応する発音は存在し、そのサインを見てその単語が発音されていたのは間違いない。このように、サイン自体に意味が存在し、話し言葉とは独立している文字はLogogramと名付けられている。日本語では漢字がそれにあたる。ほとんどの漢字はそれ自体で意味を表現しており、音読み(中国語)でも訓読み(日本語)でも可能で、漢字を理解する人なら英語で読むことすらできる。同じことは世界中で使われているlogogram「1、2、3」を「ichi, ni, san」「Yi, er, san 」「one, two, three」「ein, zwei, drei」と違った読み方ができるのと同じだ。すなわち漢字は話し言葉の発音とは独立している点でlogogramと言える。しかし日本語の文章をlogogramだけで表現しようとすると難しい。どこかで、話し言葉とWritingに用いるサインが融合しないと、日本語を表現するWritingにはならない。事実、日本語では漢字を導入した後からすぐ、万葉仮名のように日本語に合わせた音とlogogramの融合が図られる。

言語学では、この融合段階にRebusが重要な働きをしたと考えている。さて、Rebusとは何だろう? Rebusは判じ絵と訳されるが、文字やサインの読みから新しい意味を引き出すことを指している。ちょっとわかりにくいので、間違いなくひんしゅくを買いそうなダジャレを例に説明してみよう。例えば矢(や)と、缶(かん)を合わせると、ヤカンという新しい意味が生まれることがこれに当たる。この場合「やかん」は、「薬缶」でもいいし、「夜間」でもいいが、元の絵とは全く関係のない意味を持っていることが重要になる。

図3 Rebus 判じ絵
筆者が作成。

このダジャレのルール(Rebus原理)により、音とサインが結びつき、話される文章のどのような単語も文字化できるようになるのが、Writingの誕生だ。この過程についてPowellはそれまで使用されていたサインを使うだけのWriting(これをPowellはSemasiographyと呼んでいる)が「Words:単語」を使うWriting(これをLexigraphyと呼んでいる)に転換する過程だと述べている。

この考えをもう一度日本語を例に説明してみよう。日本語の話し言葉と、漢字はそもそも由来した場所が異なり、独立していると言える。最初漢字は、中国語として読まれ習われていたと思う。私たちが英語を習うようなものだ。ただ、日本語には中国語に匹敵するWritingがなかったため、漢字の一部を訓読みで道具として使い始めたのだろう。ただ、名前や、漢字にない単語、あるいは助詞など日本語本来の話し言葉の単語がないと、漢字だけで日本語の文章を文字化することが難しい。そこで万葉仮名がRebus原理で生まれ、それが表音文字(Phonogram)へと変化した仮名が生まれることで日本語の文章のWritingが完成した。これにより、人の名前を含め、日本語の話し言葉の全てが文字を用いてWritingすることができる。以上、日本語ではRebus原理はまさに万葉仮名として使われた後、仮名へと発展した。

実際、万葉仮名と同じような文字の使われ方が、メソポタミアやエジプトでも見られている。

図4 メソポタミア及びエジプトでは絵文字の発音が、そのまま音を表す文字へと変化した。前述のPowellの著書を参考に筆者が作成

図4に示したのは、それまでlogogramとして使われていた、水や手といったサインが、万葉仮名のように、意味とは無関係に音の表現に変化した例を示している。

最後にもう一度強調したいのは、それぞれ独立していた話し言葉と、サインが Rebus 原理で融合し始めると、文字のボキャブラリーは急速に拡大、スピーチを全てWritingで表現できるようになる点だ。この相互作用の結果は、決して話し言葉が記録できるというようなレベルに止まらない。もともと、話し言葉は単語と単語の間の境界がわかりにくい。一方Writingでは明確に語と語の間に境をもうけることができる。両者が融合することで、言語自体の明瞭性は格段に上昇することになる。そして、持続性の高い文字が使えることで、ボキャブラリーの制限はなくなり、言語が無限に拡大を始める。このように、Writing と話し言葉が相互作用することで、片方ではなし得ない相乗作用を発揮し、言語の可能性が拡大することになる。

次回以降、このようなlogogramとphonogramの関係を、有名なシャンポリオンによるエジプト文字の解読や失読症を見ながらもう少し考えてみたい。

[ 西川 伸一 ]

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