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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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音楽と言語

2017年7月18日

臨床医学では、一人一人の患者さんから得られる経験を大事する。これは症例報告という形式で発表される論文に現れている。滅多に起こらない病気の場合、ほとんどの医師は直接経験することなく終わる。しかし稀とはいえ、いつなんどき同じような患者さんが診察室にやってくるかもしれない。このためたった1例の経験でも、多くの医師と経験を共有することが重要で、これが症例報告を重視する伝統として生きている。今回は、このような症例報告論文の紹介から始めたいと思う。


図1 引用元、説明などは本文参照

論文のタイトルページを図1に示すが、兵庫県立リハビリテーション中央病院のグループがBrain and Cognitionに昨年発表した論文だ(S. Uetsuki et al. / Brain and Cognition 103 (2016) 23–29 )。53歳右利き女性で、左側頭葉に脳梗塞がおこり、その結果歌うことができなくなった患者さんの報告だ。この症例が報告された理由は、ウェルニッケ領域(前々回参照)を含む左側頭葉に大きな梗塞があるにもかかわらず、失語症はおこらず、音楽の表現だけが障害されている点だ。実際には発作直後の数日、カナと漢字両方の識字障害がみられているが、これはすぐ正常化している。音楽能力が犯されているが(失音楽症と総称しておく)、馴染みの音楽を聞かせると題名を当てることができる、要するに音楽を聞く方の障害はほとんどないが、ピッチの高低の表現、要するにメロディーを歌うことだけが犯されている。

専門家でなくともこの症例から以下のことがわかる。1)脳の局所的障害によって音楽能力が障害されること、2)失語と同じで、音楽能力の障害も、音楽を聞く時の障害と、音楽を表現する時の障害に分かれること、3)メロディーとリズムは全く別の場所によりコントロールされていること、4)音楽も言語もともに人間特有の高次脳機能だが、メロディーを表現する音楽能力と、言葉を話す言語能力とは別々の機能であること、などだ。

前回紹介した失語症や道具使用能力の異常・失行症を思い出していただきたいが、脳イメージングが発達するまで、特定の脳機能とそれを調節する領域の対応関係は、卒中などの脳障害の症例の解析が頼りだった。実際、脳障害の後、あるいは生まれつき音楽の認識や表現する能力が欠損している患者さんの症例報告は19世紀後半から行われている。中でも有名なのは、作曲家ラベルが自動車事故の後、失語、失行、失読、識字障害とともに、作曲する能力を完全に失ったことを記載した症例報告だろう。ラベルの例から、障害によってはこのように、失語、失行、失音楽症が同時に障害されることもある。

実際には、失音楽症の表現は極めて多様で、個人差が大きく、失語症以上に決まった領域にマッピングが難しい。例えばラベルのようなプロの音楽家の失音楽症は左側頭葉の障害による場合が多いことが知られている。一方、多くの失音楽症の症例を集めて検討した研究(例えば2016年、Journal of Neuroscienceに報告された77症例の検討:Sihvonen et al, J.Neurosci. 36:8872, 2016)では、失音楽症の半数に失語が合併しており、言語と音楽能力に関わる共通脳領域の関与を示している。また失音楽症は言語の犯されにくい右側頭葉の梗塞による症例が多いことも報告されており、最初紹介した日本の症例が珍しい例であることを示している。事実、右脳の障害で失音楽症が起こるケースが多いことは、右脳は芸術、左脳は論理という誰もが知っている通説に合致しているようにも思える。これまでの研究は、音楽能力の形成は、言葉と比べてもさらに個人差が大きいことがわかる。最近音楽の様々な要素を経験する時に活動する脳領域を調べる脳イメージング研究が進み、音楽の認識のさらなる複雑性が明らかになってきているが、話が膨大になるので、紹介はやめておく。

これまでの研究をまとめると、私たちは曲を聴くとき、あるいは音楽を表現するとき、一つの統合された全体として認識し、それを表現するが、実際にはメロディー、ハーモニー、リズム、絶対ピッチなどなど、様々な脳領域が別々に働いて集めた情報を、脳内で統合された表象に形成し直して認識している。神経回路的に考えると、それぞれの要素の表象には時間差があっても、正確に統一したリズムの中に統合され、一つの音楽として認識できる過程は、脳を理解するためには格好の課題と言える。しかも、同じような表象を多数の人間が共有できる。幸い音楽を聴かせる課題設定は、脳イメージング技術と相性がいいため、今後大きく発展する分野だと思う。

言語、道具、音楽それぞれの能力を支配する高次脳機能の関わりについて見てきたが、各活動は多くの脳領域が関わり独立に支配されていると同時に、多くの領域で機能的重なりが見られることを理解してもらえたと思う。この機能的重なりは重要で、それぞれの能力が、それを支配する共通の領域を介して相互作用を行えることを意味している。

この人間特有の3つの能力の進化をみると、短時間に急速に多様化、複雑化していることがわかる。例えば、道具は300万年ぐらい前に開発されて以来、5万年前までほとんど変革を遂げることはなかった。しかし私たち現代人の先祖が言語を獲得するや否や、急速な進化が始まった。一方、言葉を持たなかったと考えられる(これについてはいつか議論したい)ネアンデルタール人では、道具の進化をあまり認めることはできない。

一方言語の方も道具により大きく変化する。私たち現代人でも、話された言葉をそのまま覚えておくのは難しい。これを克服しようと文字が誕生するより随分前から、頭に浮かんだ表象を書き留めて覚えるための道具を必要としたはずだ。この方向の道具の進化の中で、言語能力と道具を使う能力の相互作用が始まり、両者は言語を生み出すとともに急速な進化を果たし現代文明を作り上げた。言語と道具は今や、言語翻訳や、言語シミュレーションのような、人間の能力を大きく超える道具を作り出すことにすら成功し、またこの道具により世界の言語が変わろうとしている。


図2 最古の楽器。(出典:Wikipedia)

音楽と道具についても同じことが言える。最初、音楽は体を使って表現されていたはずだ。しかしおよそ35000年前には図2に示すフルートのような複雑な楽器が作られたという証拠が残っており(図2)、道具を使う能力と音楽能力がこの時期には相互作用を始めていたことがわかる。そして今、世界を見渡せば、言語に匹敵するぐらい多様な楽器が存在しているだけでなく、電子化、コンピュータ化などの道具との相互作用により、全く新しい音楽が誕生し、それが脳の成長に大きな影響を与えると考えられている。

この急速な進展は、個人の頭の中で3者の能力が相互作用するだけでは生まれない。次回の話題にしようと考えているが、言語、道具、音楽の3者が共通に持つ重要な特徴が、人間の脳の活動から生まれたにもかかわらず、個人個人の脳活動から独立できている点だ。すなわち、言語、道具、音楽は個体間のコミュニケーションが前提になっており、活動が意味を持つためには脳内に形成される表象が一人の個人の脳内で止まるのではなく、複数(多くの)脳内に同じような表象が形成されていることが必要になる。すなわち、3者に関わる脳活動は、他人(社会)と共有されることで、個人(人間)から独立することが可能になり、人間の活動であるにもかかわらず、人間から独立して進化できる。こうして独立して発展する、言語、道具、音楽を、個人個人は一生を通して学び続ける。このサイクルを繰り返すことで、言語、道具、音楽は進化するとともに、人間の脳回路を変化させてきた。

言語、道具、音楽の各能力が社会に共有されることで個人から独立し、独自の発展が可能になったことが、人類の脳構造はこの5万年ほとんど変わっていないにもかかわらず、3つの能力が急速な進歩をと人間だけが文明を形成できた理由だろう。このことは言語を考える上で最も大事な点で、詳しい議論は次回以降に改めて行う。

今回は最後に、私が音楽と言語を考える時大変参考になった、Steven Mithen著、『The Singing Neanderthal』を紹介する(図3)。

図3 Steven Mithen著『The Singing Neanderthals』のカバー。

もちろん私が紹介するより、音楽と言語の関わりについて興味を持たれる方には、直接読んでもらうのが一番だ。現在絶版になっているが、一度は邦訳(『歌うネアンデルタール : 音楽と言語から見るヒトの進化』熊谷淳子訳)も出版されており、日本語で読むことも可能だと思う。

Mithenの興味は言語の発生だが、「音楽能力なしに言語は誕生しなかった=音楽能力が言語より先に発生した」と考えている。彼が提案する言語発生についての大胆な提案を私なりに改変したものを図4に示す。

図4 Steven Mithenの提案する言語発生に至る過程。

チョムスキーと異なり、Mithenにとって、言語はあくまでもコミュニケーション手段から発生したものだ。同じようなコミュニケーションはサルだけでなく様々な動物で見られる(サルの会話の様子はYouTubeに多くの例が掲載されている。例えば、https://www.youtube.com/watch?v=JLOn8F0p96s参照)。そして伝達できるものは感情と一体化した情報だけだ。例えば、乳児と母親とのコミュニケーションを見てみれば、そこで行われている伝達が、専ら感情の伝達に限られているのがわかる。そしてこのために生まれるのが、彼がholistic languageとよぶ、一つのシラブルで伝えたいことの全てを表現する言葉だ。赤ちゃん言葉を例として説明すると、母親の乳房を求めて「mamama」と声を発した赤ちゃんに、お母さんもそれに合わせた赤ちゃん語で答えているとき使っている言葉がholistic languageになる。

感情のコミュニケーションという意味では、音楽も同じだ。言語の混じった歌という形式を取らない限り、ほとんどの音楽家は、音楽が感情を伝える手段である点では一致している。そして、この感情の伝達から、情報の伝達が発展する可能性も、太鼓が楽器としてだけでなく、離れた人間同士の情報伝達に使われるようになることを考えると理解できる。

図4のMithenのシナリオでは、直立歩行を果たし、集団で餌を漁る生活を始めた原始人は、まず交尾のための競争、そして私たちと同じように乳児との対話などに、限られたボキャブラリーのHolistic languageを発展させ、それを仲間同士の情報交換にも使っていた。情報伝達という観点から見ると、Holistic languageは極めて素朴なコミュニケーションにしか使えないのだが、古代原人の生活にとってそれ以上のコミュニケーション手段など実際には必要なかったのだろう。

そして約50万年前、ネアンデルタール人と別れた我々の祖先は、太鼓の音楽を情報伝達に使い始めたのと同じように、holistic languageを分節化し、感情と情報を分離することに成功する。一方、ネアンデルタール人は、ずっとholistic languageを使い続け、行動から感情を分離できないまま、文明の発展が行き詰まることになるというシナリオだ。

ネアンデルタールの遺跡を見ると、埋葬時に花を手向けるなど、豊かな感情表現の痕跡が残っている。しかし感情を伝達する音楽だけでは、文明の発展は限られている。一方、ホモサピエンスではさらに複雑な情報伝達手段が必要になる状況が生まれ、音楽脳に重なる形で、感情と情報を分離し、言語を分節化する能力が生まれる。残念ながらこのきっかけが何だったのかは今も謎のままだ。しかし、一旦独立した言語能力が生まれると、あとはそれぞれの機能が相互作用を繰り返し、現代文明へと突き進む。

このように、言語、道具、音楽という人類特異的能力は個人だけでなく、多数の人間の脳内で相互作用することで独自に進化する。このため、言語の発達を理解する時、この三者を常に念頭に置いて考えることは重要だ。

[ 西川 伸一 ]

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