進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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生命誕生の力学

2016年1月5日

自分で読み直しても前回の話はわかりにくかったと反省する。無生物から生物へのダーウィン進化についての思いつきを羅列しただけで、背景にある考えをよく説明できていないことが問題だった。熱水噴出孔の化学反応が原動力となって、多様な有機分子が発生する点についてはわかってもらえたと思うが、この多様化へ向かうエネルギーと物質の流れが制約されることで新しい秩序が生まれるという点については、もう少し説明が必要だろう。

有機分子やエネルギーの流れを初めから考えると複雑でわかりにくいので、ここは熱水噴出孔を一度忘れて、まず多様化と制約の一般的な関係について、もう少し簡単な系をモデルに説明してみよう。

高いところにある水は必ず低い方に流れるのと同じで、平衡に達していない状態は熱力学第二法則に従って平衡に達するまで変化を続ける。もし摩擦のない理想状態が存在すれば、この変化は川の流れと同じで、一方向に均一に流れ、新しい秩序が生まれることはない(図1上)。この流れの中央に岩のような障害物を置くと、川の流れはそれにより制約される。この結果、十分なエネルギーが供給され続ければ(川が流れ続ければ)、岩の後ろに渦という新しい構造が生ずる(図1下)。

図1 力学的エネルギーの流れが制約された時に初めて新しい秩序が生まれる。

この渦を構成する水分子を見てみると、細胞の構成成分が刻々変化するのと同じで、常に置き換わっている。しかし分子が変わっても渦の構造は、流れのエネルギーが持続的に供給される限り維持され、流れが止まると消失する。これは散逸構造の一つと呼んでいいだろう。この例では、外部の障害物がエネルギーの流れを制約しているが、制約は外部から与えられる必要はない。散逸構造として最も有名なベルナール・セル(図2)は、液体の入った容器を下から均一に熱を加えたとき、入ってきた熱エネルギーを効率よく上部へ散逸させようとして溶液中にカラム状の対流が生じて、このカラムが容器の上に美しい6角形模様として現れる現象を指す。


図2:容器の下から均一に溶液を熱すると、熱をもっとも高い効率で発散させようと、溶液分子の性質や量によって決まるサイズの対流カラムが生じる。このカラムに相当する大きさの凹みが容器上に現れる。こうしてできる構造はベルナールセルと呼ばれている(オープンアクセスの論文、Deacon and Koutroufinis, Information , 5, 404, 2014より転載)

この場合の制約は液体の粘度や比重などの性質や、溶液の量といった初期条件と言える。他にも、2種類の異なる溶液を混ぜるとき、両者が一定の法則に従って反応しあうように制約を与えると、本来なら平衡状態へと均一に混じり会おうとする2種類の液体が、周期性を持って容器内に美しい模様を描くジャポチンスキー反応がある。

図3 ジャポチンスキー反応の一例。原理は省くが、硫酸性クエン酸、臭素酸カリウム、硫酸セリウム、およびマロン酸を反応させると容器中の4価と3価のセリウム塩濃度が容器中で振動することをジャポチンスキーは発見する。溶液内の成分の反応性が制約となって、新しい秩序が生まれる好例と言える。(画像引用:https://www.flickr.com/photos/nonlin/4013035510

図3はジャポチンスキー反応の例で、反応し合うという内的な制約だけで、これほど秩序だった模様が現れる。以上のことから、変化を続ける力学(熱力学)系に制約を加えることで新しい秩序が生まれるというイメージが理解していただけたのではないだろうか。

では熱水噴出孔での有機物生産の現場にはどのような制約が存在しているのか考えてみよう。また、この現場でダーウィン進化の選択圧となって生命に必要な分子を選択する条件も考える必要がある。ベルナール・セルやジャボチンスキー反応で生まれる構造はどんなに美しくとも、初期条件で決められた反応で、生物構造に見られる機能や目的があるわけではない。これは、自然目的が発生するために必須の、環境による選択を受けていないからだ。以上のことを念頭において、熱水噴出孔で何が起こりうるのか考えてみよう。

繰り返すが、生命が成立するためには、まず物質とエネルギーが持続的に供給される系が成立する必要がある。このような系が、水素イオンの多いアルカリ条件の熱水噴出孔には成立しているという説は説得力が高く、私もこの考えに基づいて考えている。アルカリ熱水噴出口には、炭酸ガス、水素、窒素、熱、そして反応を媒介する無機触媒が万年単位のスケールで存在し続ける。この条件がエネルギーと有機物を連続的に生成されることは化学的に不思議なことではない。この持続的Generator of Diversity (GOD)により平衡から離れた状態が維持されるが、そこで発生し散逸する物質とエネルギーの流れは、そのままだと海の中へ放出され拡散するだけだ。生命誕生の条件が整えるためには、この流れを制約する必要がある。熱水噴出孔で新しい秩序をもたらすことのできる制約の可能性をリストアップしてみよう。

熱水噴出孔から独立栄養の原始生命が生まれるまでの過程について豊富なアイデアを提案し続けているWF MartinとN.Laneの説は私のような素人にも説得力が高く、ここで展開している考えも彼らの説が核になっている。このエネルギーと物質の流れに新しい秩序を与える外的な制約として最も大事だと彼らが考えているのが、チムニー内に無数にできた、バブル状のマイクロセルだ。


図4 MartinとLaneが考えている熱水噴出孔にできたマイクロセルで進む生命誕生までの過程。この稿の多くは彼らの考えに基づいて書いている。蛇紋石化作用により水素が生成する。(Sousa et al, Phil Trans R Soc B 368: 20130088.http://dx.doi.org/10.1098/rstb.2013.0088:を改変)

これらのマイクロセルは大きさも様々で普通の細胞と同じ大きさを持つ場合も存在すると想定される。セル同士はさらに小さな孔でつながっており、生物の細胞のように独立しているわけではない。また、壁も最初は無機物からできており、その成分により有機物合成の触媒として働く。

このセルはエネルギーと分子の流れを生み出す反応容器としてまず働くが、川の流れの中の石と同じで、発生するエネギーと物質の流れの外的制約として働く。例えばフルイの役目をして、大きな分子を引き留める。これと並行して、pH、酸化還元能、そして熱の勾配もできてきた分子の制約要因として働き、熱水噴出孔のそれぞれの小部屋に存在する分子構成は、自然に不均質で多様になる。

ジャポチンスキー反応と同じで、メタン、アセトン、アンモニア、硫化水素などの成分が反応し合う法則も制約になる。加えて重要なのは、ジャポチンスキー反応と異なり、一旦合成された分子が新しくできる分子を制約する点だ。例えば現在の生物が持つアミノ酸が全てL型であるのも、炭酸ガスと水素を原料としてメタンとアセトンを合成することができるのに、メタン型とアセトン型の細菌がどちらかに収束しているも初期の制約でその後の過程が決まってしまった例だ。すなわち、小さな差でも一旦生まれると、それが増幅され維持されることで、バタフライ効果(蝶の小さな羽ばたきが最終的に大きな変化を生み出すというカオス理論)と呼ばれるものだ。

この反応の結果として生まれる制約は有機高分子になるとさらに複雑になる。例えば脂肪酸のシートができると、疎水性の面が形成される。この近傍では水が除外されるため、ペプチドが濃縮され、熱力学的に起こりにくい反応が進むようになる。また、ペプチドも水がないと分解されにくくなる。そしてすでに42話で述べたが、脂肪酸の中には核酸の重合を促進し、DNAの場合は複製酵素の役割を演じるものすら存在する。

このように、無機化学反応と比べると(例えば水素と酸素が反応して水になる)、有機化学反応は多様で、ランダムで、予想不可能だ。これは、反応自体が新しい制約要因を発生させるという、自己回帰的構造を持っているからだ。結論的に言ってしまうと、熱水噴出孔のマイクロセルでは厖大な種類の有機物の合成可能性が存在している空間ということになる。

最後に、熱水噴出孔に生まれる制約の特徴を列挙しておくと、

  • 1) 外的に与えられる無機的制約(例えばマイクロチェンバー、pH,熱勾配など)と、エネルギーと物質の流れ自体から自己再帰的に発生する有機的制約が複合している。
  • 2) 外的に与えられる制約は決定論的で、有機的制約は非決定論的。
  • 3) 外的制約は長期的に維持されるが、有機的制約は短期間しか存在しない。
  • 4) 有機的制約は、反応自体から生まれる自己再帰的な制約で、常に多様化し、複雑化する
  • 5) 偶然生まれる小さな差が、その後の全ての反応の基盤になるようなバタフライ効果を示し得る

などをあげることができる。

最後にもう一度渦と生命誕生過程を比較して終わろう。渦の持続時間は通常短い。しかし、複雑な地形では、突然持続時間の長い渦が生まれる。もし外的な地形が変わらないとすると、渦が渦を呼び、その渦の中から安定に渦が持続する条件が生まれた結果だ。

熱水噴出孔に生まれる制約とその結果生まれる新しい秩序も安定性に大きな差が生まれる。これがダーウィン進化の自然選択に対応する。次回は生命発生に必要な状態が選択される過程について考えてみよう。

[ 西川 伸一 ]

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