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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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ゲノムを考える

2015年5月15日

序:ゲノムは情報

今はその気になれば全ての生物のゲノム解読が可能で、順を追って全ての種のゲノムを明らかにする国際プロジェクトが進んでいる。また個人レベルの進化研究も、ゲノムプロジェクトのおかげで大きく進展した。事実これまで30話にわたって紹介した論文のほとんどは、ゲノム解読を最も重要な研究手段として使っている。例えば昨年8月に第13話で紹介した何十羽のカラスのゲノムを比べる研究が行われる日が来るなど、私が大学を卒業した時には想像できなかった。誰もが同じ理解を共有していると思い込み、日常深い考えもなく頻繁に使っている「ゲノム」という言葉も、改めてその意味はなにか?と問われると答えるのは簡単ではない。そこで、30話を終えたところで少し立ち止まって、ゲノムとは何かについて何回かに分けて整理することにした。

いうまでもなくゲノムとは個々の細胞の中にあるDNA全体が代表している何かだ。DNA自体は物質の総称で、4種類の異なる塩基を持つヌクレチドがつながった巨大分子と定義することができる。しかし、ゲノムが持つ意味はこの物質性とは全く別のところにある。例えばゲノムは、我々が遺伝子と呼ぶものに対応する部分を持つが、遺伝子という言葉は、それがコードしている特定のペプチドや機能的RNAと対応して初めて意味を持つ。ヘモグロビンの遺伝子、ケラチンの遺伝子という具合だ。しかし、遺伝子=DNAではない。普通ヘモグロビンのDNAとは言わない(そう呼ぶ場合はDNAを遺伝子と同義に使っている)。これはDNAが物質で、遺伝子が機能をさす言葉だからだ。逆に言うと、遺伝子という概念には核酸という物質性は含まれる必要はないが(PC上に遺伝子を保存できる)、それが参照する分子の概念は必ず含まれる。ここでとりあえず遺伝子という言葉を、「DNAを媒体とする、特定の分子を参照する情報」と定義しておこう。

では情報としてのゲノムの性質を次に考えてみよう。遺伝子が情報として働くことを可能にしているのが、DNAの持つ情報媒体としての性質、即ち異なる塩基を持つ4種類のヌクレオチドが様々な配列で並ぶポリマーを作り、この並び方のパターンで無限のモノやコトを参照できるという性質だ。この情報は一定の法則にしたがって、実際の機能分子へと変換され生命を支える。また、AはT、CはGと相補的に対応することで自らの複製、伝達、転写が可能になる。見れば見るほど完璧な情報媒体だ。しかし、このDNAが持つ情報媒体としての完璧性が、ゲノムの理解を難しくしている。ゲノムの概念に何が含まれているか見てみよう。まずタンパクや機能的RNAへと転換される遺伝子が存在する。加えて、遺伝子発現制御やスプライシング制御など 'コト'についての情報も同じようにA,T,C,Gの配列で表現されている。ただ問題は、核酸の並びにモノや機能を対応させられない配列、その機能や意味が全くわからない配列が、対応が付いている配列の何倍も存在している。この理解できない配列を情報と考えていいのか?存在しないのと同じと無視していいのか?これが決められない以上はゲノムも理解できない。繰り返すが情報媒体としてDNAは完璧だ。そのためDNAには必ず情報が存在すると思ってしまう。このことは文字と比べてみるとよくわかる。最初から文字は言語という情報の媒体として生まれてきた。従って、文字があるとそこに必ず情報があると私たちは確信する。だからこそ、初めて見たシュメール人の楔形文字も解読できると確信した。しかし例えばアルファベットをランダムに並べることは簡単で、いくら文字の並びが目の前にあったとしても情報を担っているかどうかはわからない。DNAも文字と同じで、その機能は情報をコードする媒体だ。このため、DNAには情報が必ず担われていると思ってしまう。しかし意味のない単語からわかるように情報媒体を使っても情報でない例はいくらもある。では文字と同じように、意味が理解できない配列は情報ではいと無視すればいいだろうか?実はそう簡単ではない。今回は短く触れるだけにするが、ゲノムには言語と異なるさらに厄介な問題がある。即ち情報の出し手がいないという問題だ。言語の場合、情報には必ず出し手と受け手が存在する。一方、ゲノム上の情報には出し手はいない。シャノンの情報理論を見ると、出し手がいるということで100%正確な情報がまず存在することが前提になっている。即ち何が情報で、何が情報でないかは最初から決まっている。一方、ゲノム上の核酸配列は、何が情報で、何が情報でないか最初からは決まっていなかった。というより、そもそもゲノムには情報としての出し手がいない。誤解を恐れずいうとDNAという情報媒体は自ら新しい情報を生み出せるという性質を持つ。このため、今私たちが情報でないと判断した部分も、将来情報化できるポテンシャルを持っている。さらに一つのゲノムが新しい情報を生みだすのに一部の部分だけが関わるわけではなく、ゲノム全体が様々な形で新しい情報の誕生に影響を及ぼしている可能性がある。即ち、部分と全体が常に一体化していて、分けることができないという生物の特徴的関係が、ゲノムレベルにも存在するようだ。従って、ゲノムは部分として様々な情報をコードするだけでなく、全体として新しい情報の誕生や消滅に関わっている可能性が高い。このようなゲノムの性質は、出し手のはっきりしたシャノン情報理論でゲノムを捉えることが難しいことを意味している。このように、情報としてゲノムが持つ数々の問題がある。これから「ゲノムを考える」で、この問題をもう少し深く掘り下げながら、ゲノム理解を妨げている問題を整理したいと思っている。

「ゲノムを考える」導入部、第一回の結論は「ゲノムは情報」だ。このことを示した面白い論文を一つ紹介して31話を終わる。山梨大学教授の若山さんがCDB(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター)在籍時に行った仕事だ。昨年は小保方問題の渦中の人になってしまった若山さんのライフワークは絶滅種、あるいは絶滅危惧種をクローン技術で復活させることだ。この模擬実験として、若山さんは16年フリーザーの中に捨てられていたマウスの死体の細胞から核を取り出し、核を抜き取った未受精卵に移植した。無論16年経っていると言ってもひょっとして生きた細胞が残っているかもしれない。核移植に使った細胞が全部死んでいることを確かめるため、フローサイトメーターで100万以上の細胞を調べても生きた細胞を見つけることができなかった。このように完全に死んでいることを確認した細胞から核を取り出し、卵に移植すると高い確率で胚発生が始まり、その胚から多能性幹細胞株(ES細胞)を樹立することができた。さらに、このES細胞株をマウス胚盤胞に移植して発生させると生殖細胞に分化し、ついに死んだ細胞の核から生きたマウスを作成することに成功した。若山さん自身は論文の中でこの結果をもっぱら技術的進歩として議論しているが、私にとってはゲノムが情報であることの最も明確な証明に見える。すなわちゲノムの完全性は細胞の生き死にに関わらず維持されている。情報の完全性に、生命というシステムは必要ない。情報を実験的に扱うときは、物質として扱えばいい。この実験系なら、削ったり、足したり、再編成したゲノムからクローンを作ることで、ゲノム情報の全体と部分の関係を問い直す実験ができるかもしれない。

[ 西川 伸一 ]

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