ラボ日記
研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。
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【「内面的なキメラ」・・?(怪獣ではありません)】
 
山口真未

 先実験生物学では、キメラという言葉をよく使います。キメラとは、生物学辞典によると、「二つ以上の異なった遺伝子型の細胞,あるいは異なった種の細胞から作られた1個の生物個体」とあります。この説明だけではどんなものかわかりにくいですが、ギリシア神話にでてくる怪物の名前が由来で、その怪物はライオンの頭,ヒツジの胴,ヘビの尾をもっている、というと簡単に想像できるのではないでしょうか。もちろん、実際の研究でそんな怪物をつくっている訳ではありません。ごく限られた種類の動物に於いて、発生の仕組みや遺伝子疾患の発症機構を知るために使用されている手法です。しかし、学術的な意味を考えたとしても、頭がライオン、体がヒツジ・・といわれると、どうしても珍奇なものに思えてしまいます。オオカミ男とか、人面魚(古い!)とか。見た目はまさに怪物です。でも、「内面的なキメラ(私の造語です)」は、意外と素敵なのではないかと思うのです。「内面的なキメラ」とはどういうことかというと、最近やっていたテレビで、「これかも!」という話題がありました。
 それは、ある走り高跳びの選手に注目したニュースでした。あと数cmでオリンピックに行けるという走り高跳びの選手の話で、大学での専攻が物理で、助走の軌道や踏切の位置など、物理学の数式に基づいて最適なフォームを創り出そうと努力している。また、走り高跳びのシュミレーションをコンピュータで制作しているのだそうです。実際に「スポーツ科学」という言葉もあるくらいで、スポーツを科学理論的に考えることはそう珍しいことではないかも知れません。しかし、多くの場合は、運動を実際にする人と理論を考える人がそれぞれいて、いわば専門家同士のコラボレーション(共同研究)のようなものだと思います。私がニュースを見て、これは、と思ったのは、ひとりの人の中に走り高跳びと物理が、どちらが目的というわけではなく共存していて重要な位置を占めており、その2つをまさしく形にしているということです。おそらく、走り高跳びのために物理をやっているのではないでしょうし、走り高跳びを部活で趣味程度にやっているのではないのです。どちらも対等に混じり合ってその人の中に存在している、そう感じたのです。これが、私が思っている「内面的なキメラ」です。もしかして、それぞれの専門家からすると中途半端だといって認められにくい立場かも知れません。専門家は何かと境界線を引きたがりますし、中間にあるものはどっちつかずだと敬遠されがちです。しかも、自分自身も、自分が何なのか、肩書きのようなものがないと不安になります。でも、均等に混じり合っているのが自分なのだ!という人もいると思うのです。ほとんどの場合、ずっと2つを均等に続けていくことは難しく、どちらかを選ぶこととなるでしょう。しかし、幸運な(もちろん努力をされた)一部の方は「内面的なキメラ」状態で過ごせるのでしょう。賛否両論があるでしょうが、私はこういった「内面的なキメラ」を貫いている人にあこがれます。両方の視野から見るという相乗効果で、ひと味違った結果や成果が出てくるにちがいないと思います。
 私は、この生命誌研究館もある種キメラなのではないかと思っています。研究者と表現者の(といっては語弊があるかもしれません・・・)。ただ、館全体としてみればキメラ状態だとは思うのですが、私のあこがれである「内面的なキメラ」状態はやはり難しいです。いつかは研究と表現に均等に情熱を注げるような「キメラ」になれたらいいな、と思いながら、日々こつこつと実験をおこなっています。



[脳の形はどうやってできるのかラボ 大学院生 山口真未]

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