研究
2019.11.04
昆虫の祖先はどんな形だったんですか?
ウコンの力
「昆虫の祖先はどんな形だったんですか?」
※福岡市科学館「サイエンスどんたく」(2019年11月2〜4日)で設置した「研究者に届く!BRHポスト」に投函いただいたご質問です。
2019.11.19
1. 蘇 智慧(DNAから進化を探るラボ)
昆虫たちはおよそ4億年以上前からこの地球に登場しています。私たち人間の出現より遥か昔ですので、昆虫の祖先を見た人はもちろんいません。しかし、現生の昆虫たちの系統関係と形態、それに昆虫の化石といった情報から昆虫の祖先の形をある程度推測することができます。
例えば、現生の昆虫がすべて6本の足(成虫)を持っていて、体は頭部、胸部と腹部に分かれています。これまでに発見した昆虫の化石にもこういった特徴があります。従って、昆虫の祖先もこのような形をしていると考えられます。次は昆虫の系統関係から考えてみましょう。昆虫の祖先は甲殻類(カニ・エビ・ミジンコなど)から分岐し、水生から陸上進出を果たしたことが分かっています。図1は昆虫類の系統関係を表している系統樹です。この系統樹をみますと、無翅昆虫たちが先に分岐していて、シミ(図2)がもっとも有翅昆虫に近縁であることが分かります。この系統関係から、昆虫の祖先は現生のトビムシ(図3)のような小型で、翅をもたず柔らかい体制をして土壌生活をしていたと推測することができます。
図1.昆虫類の系統関係の概略図(蘇, 2015)。
図2.シミ
図3.トビムシ
2021.08.07
2. あらう
夏休みの自由研究で「昆虫は、何故、頭部、胸部、腹部に分かれているのか。」を調べようとしているのですが、何か考えられる昆虫の特徴は、あるでしょうか?
2021.08.07
3. 星野敬子(表現を通して生きものを考えるセクター)
夏休みの自由研究に取り組まれているのですね。昆虫のからだが頭部・胸部・腹部に分かれていることを調べられるとのことですが、何か具体的にご質問をいただけましたら、研究者からお答えできるかもしれません。よろしければ、コメントください。
2022.06.16
4. 0925
昆虫の祖先の名前を教えてください
2022.06.16
5. 齊藤わか(表現を通して生きものを考えるセクター)
書き込みありがとうございます。
ご質問の「昆虫の祖先」そのものの名前についてはわかっていないようですが、それに近いお答えとして、系統進化研究室の蘇研究員より下記の3点の可能性をコメントさせていただきます!
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1.昆虫に最も近い甲殻類の名前。
我々の研究も含めて、これまでの研究結果を総合しますと、ムカデエビという甲殻類が最も昆虫類に近いと現在は考えています。
(例えば、一般的に世の中で、猿またはチンパンジーが人の祖先というような感覚で言えば、ムカデエビに当たります。ただ、この言い方は科学的には間違った言い方です)
2.現生の昆虫類の中で、最も先に分岐した昆虫の系統の名前。
カマアシムシやトビムシという無翅昆虫類が最も先に分岐した系統です。
3.昆虫の共通祖先であろうと思われる化石の名前。
昆虫の化石について、私が知っている限り、最も古い昆虫の化石はおよそ4億年前のトビムシの化石です。ただそれは昆虫の祖先そのものとは言えません。
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どうぞよろしくお願いします。
2024.06.18
6. sava
昆虫類の共通祖先は外骨格だと思われますが、現代の昆虫や
エビのように外骨格に節はあったのでしょうか
2024.06.18
7. 蘇智慧(表現を通して生きものを考えるセクター)
savaさま
JT生命誌研究館の蘇智慧と申します。
この度、「みんなの広場」へのコメントは有難うございます。
節足動物(鋏角類、多足類、甲殻類、六脚類=広義の昆虫類)の最も基本的な特徴は体節があることです。
昆虫類は、従来多足類(ムカデやヤスデなど)と祖先を共有していると考えられていたが、分子系統学の研究によって甲殻類に近縁であることが判明され、甲殻類の中でもムカデエビ類に最も近い可能性が高いです。
以上のことから、昆虫類の共通祖先の外骨格には節があったと考えるのが自然ではないでしょう。
ご参考になれば幸いです。
蘇智慧
2024.08.06
8. ぽんぽん
昆虫はほとんど海に進出していないと思いますが、どうしてこのような進化になっているのでしょうか?
昆虫の共通祖先はいつ陸(or 淡水)で暮らすようになったのでしょう?
2024.08.06
9. 蘇智慧(表現を通して生きものを考えるセクター)
ぽんぽんさま
生き物の祖先は、もともと海で誕生し、進化と多様化を遂げ、およそ5億年ほど前から、昆虫や植物を始め、一部のものは陸上進出に成功し、新しいニッチへの適応進化や生物の相互作用によって、更に種の多様化を遂げました。代表的なものは昆虫類です。従いまして、「海から陸へ」はこれまでの生物の進化の方向だったと思われます。海と陸ではその環境が大きく異なり、長い年月を掛けて陸上の環境に適応進化したものは、再度海の環境に戻るには、簡単なことではないと思います。勿論鯨類のように、海への再進出に成功したものもありますので、将来、海に再進出した昆虫が出てくることもあるかもしれません。
昆虫の祖先は恐らくムカデエビ類(最有力な候補)から分岐した後、陸上に進出し、翅や完全変態機能の獲得、植物との相互作用の構築などによって、大きな進化と多様化を遂げ、現在の地球上でもっとも種数の多い動物群になったと思われます。
昆虫の共通祖先とムカデエビ類(海と繋がっている洞窟に生息)との分岐は、およそ4億9000万年前、現生の昆虫類の最初の分岐(カマアシムシ+トビムシとその他の昆虫)はおよそ4億8000万年前と推定されています。なので、大雑把にいうと、昆虫の上陸はおよそ5億年近く前となります。
2024.09.12
10. 樋口 敏雄
今までで最大サイズの昆虫はどれくらいの大きさですか?
また
人間の細胞内構造と虫類、甲殻類は
違うのでしょうか?
また遺伝子はそれぞれ、何%位共通なのでしょうか?
2024.09.12
11. 蘇智慧(表現を通して生きものを考えるセクター)
樋口 敏雄さま
昆虫のサイズは極めて多様で、体長から見て最も長いのはナナフシ類でしょう。2008年にDatuk Chan Chew Lunによってボルネオで発見されたナナフシの新種、オオナナフシPhobaeticus chainという種は、全長(脚が前後に揃えた時の脚の長さを含めた長さ)56.7cmまで達しています。その標本はロンドンの自然博物館に保管されており、「世界最長の昆虫」と言われていました。
しかし、2014年に中国広西チワン族自治区で、更に大きいナナフシが発見されました。それはPhryganistria chinensisという種で、体長(頭部の先端からお尻の末端までの長さ)が36.1cm、伸びた脚を含めた全長は62.4cmに達します。その標本は中国四川省成都にある華西昆虫博物館に保管されています。それが現在、世界最長の昆虫だそうです。
細胞の構造についてですが、動物の細胞は基本的に共通の要素(細胞膜、細胞質、細胞核、細胞小器官)で構成されていますので、人間と甲殻類と昆虫の間、細胞の構造には特に違いはありません。
遺伝子の共通性についてですが、ヒトゲノム全体に含まれるタンパク質をコードする遺伝子の数は、研究によって若干異なるが、約2万個〜2万3000個ほどと言われています。一方、ショウジョウバエの遺伝子数はおよそ1万5000個くらいです。そのうち、生存に必須な遺伝子の相同性が高く、90%にも達している研究があります。一方、ゲノム上の全遺伝子で比較した場合、約50%弱しかないと報告されています。
また、ゲノム上にある共通遺伝子の配列の共通性においては、こちらのほうも遺伝子ごとにかなり異なります。我々が昆虫を含めた節足動物の系統関係の解明によく使用している遺伝子のうちの1つ、RNAポリメラーゼIIをコードしている遺伝子を見てみると、その遺伝子のアミノ酸配列は、昆虫と甲殻類の間で約70%、昆虫とヒトの間で約60%のアミノ酸サイトが共通しています。この遺伝子は、比較的に保存性の高い遺伝子、つまり変異が起きにくい遺伝子で、ほかの多くの遺伝子では、配列の共通性がより低いと思われます。
2025.01.17
12. ゆあ
昆虫の化石といった情報から昆虫の祖先の形をある程度推測することができるとありましたが、昆虫がこのようにして進化していった過程の化石はあるのでしょうか?
2025.01.17
13. 蘇智慧(表現を通して生きものを考えるセクター)
ゆあさま
化石は生物の進化を理解するうえ、欠かせない情報です。我々はあくまでも現生の生物の形しか実際に見ることができないため、そこから昔の生物の姿を推測することになります。分子系統学の研究から生物の分岐年代を推定することができますが、その分岐点の共通祖先の形や、分岐した後から現在に至るまでの間に、その形がどの時点でどう変化してきたのかは分かりません。もしも様々な時点で化石が見つかり、それを分子系統樹に照らし合わせれば、生物の形の進化も容易に理解できます。しかし、残念ながら化石は我々がほしいほどたくさん見つかりません。
昆虫の場合、琥珀に閉じ込められている化石は比較的に綺麗に保存されているものが多いですが、それ以外から発見されたものは、翅など断片的なものが多く、完全個体の化石は多くありません。それは昆虫の体が柔らかいからであろうと思われます。琥珀の昆虫化石については、当研究館のホームページでも以前の記事で紹介されていて、虫入り琥珀としてはレバノン産が最古で、中生代白亜紀前期(約1億2500万年前)のユスリカの仲間などが報告されています(https://www.brh.co.jp/publication/journal/006/ss_1)。その記事をご参照ください。また、日本で発見されている昆虫化石についても当研究館のホームページで紹介されています(https://www.brh.co.jp/publication/journal/024/hs)。こちらの記事も合わせてご参照ください。三重県多度町で更新世前期(約175万年前)のマークオサムシの翅の化石が発見されています。それはマークオサムシの翅であると同定できたというのは、マークオサムシは少なくとも175万年前からおよそ現在の姿になっていて、日本に生息していたことが言えます。
最も古い昆虫の化石はおよそ4億1000万年前のデボン紀初期のRhynie chert(Rhynie, Scotland)から発見されています。最初に見つかっているのは現生のトビムシ(内顎類)の仲間で、Rhyniella praecursorと記載されています。この化石はトビムシの共通特徴を有していますが、現生のトビムシのどの分類群にも属していません。つまり、その化石は現生のトビムシの共通祖先の姿をしている可能性があり、現生のトビムシはその後にそれぞれの形態に進化してきたと考えられます。
その後、同じRhynie chertから外顎類(真の昆虫)の化石も見つかり、それはRhyniognatha hirstiと記載されています。有翅昆虫の特徴も有しているともされているため、昆虫の翅の獲得進化は少なくともそれ以前に生じたことになり、有翅昆虫の起源の理解について極めて重要な知見が得られたと思われます。
このように、化石は昆虫の形態や機能の進化の理解に重要な情報を提供してくれます。下記は2つ重要な参考文献です。
Whalley P. & Jarzembowski E.A. (1981) A new assessment of Rhyniella, the earliest known insect, from the Devonian of Rhynie, Scotland. Nature 291, 317.
Engel1 M.S. & Grimaldi D.A. (2004) New light shed on the oldest insect. Nature 427, 627-630.