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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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細胞増殖と形づくり

2016年4月1日

橋本 主税

カエルの形づくりを見ていると、卵の段階でかなり高度な形が潜在しているように見えます。というのは、卵の中が均一ではなく、地球でいえば北半球と南半球で含まれるものはかなり違っています。経度が違えばまた含まれるものが違うわけで、分裂を繰り返して数万個の細胞になったとき、どの細胞が最初の卵のどの場所に相当するかによって、それぞれの細胞の振る舞いが違ってくるということは、形づくりの大切なところのかなりの部分は卵を作る過程にあると考えられるのです。

この「卵の中で厳密に分けられた領域」はかなり詳細な形の情報を作り出しています。したがって、この詳細な形の情報を正確に繁栄するためには、一定数の細胞になる必要があります。前後背腹左右の詳細な形をつくる情報がたとえば4細胞の時期や8細胞の時期に働き始めたら、4種類や8種類の細胞にしかなりません。ですから、一定の細胞数になるまでは卵の「位置情報」が動き始めてはならないのです。カエルやイモリでは約4千個の細胞になるまで、分化のスイッチが止められていることがわかっています。要は、卵の中に形づくられた微細の空間情報を受け止めるためには少なくとも4千個の細胞数が必要だったのでしょう。

分化することは、それまでとは異なる遺伝子を発現することと言っても構わないでしょう。あるいは周囲とは異なる遺伝子を発現することともいえます。だから、分化しない状態を維持するためには新規の遺伝子発現を抑制しなければなりません。一般に細胞は、分化しながら増殖はできません。分化する前には増殖を止めなければならないし、増殖するためには分化を抑えなければならないという具合に、分化と増殖は相反する現象であるといえます。だから、受精から4千個の細胞になるまでの間は分化を抑え、ひたすら増殖する必然があったと考えられます。このように生きものの形づくりを細胞増殖の観点から考えることが面白いと最近感じています。

脊椎動物には神経堤細胞という特殊な細胞があります。この細胞は、形づくりのかなり後期になるまで未分化な状態を維持しており、ある時期になると体の中を移動して、到着した場所に特有な組織を作ります。神経堤細胞が作る組織は多種多様であり、このような多種多様な細胞に分化できる性質とはiPSやES細胞にも似た「未分化性」と「多分化能」を有する必要があります。これは、発生過程の途中に何者にも分化しないことが重要であるとも考えられるわけです。増殖を維持すれば分化ができず、増殖を止めると分化のスイッチが入ると考えれば、神経堤細胞では実際に移動し分化するまでの間は増殖を続けていなければならないことが予想されます。実際に細胞増殖を維持し続けることが神経堤細胞にとって必須であることも実験によってわかりました。

現在は、この分化と増殖のスイッチが、単なる組織分化だけではなく、生きものの形づくりにも重要な何かをしているのではないかと予想して少し研究を始めています。また、この「大いなる妄想」を聞きに研究館へ足をお運びください。

[ カエルとイモリのかたち作りを探るラボ 橋本 主税 ]

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