研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
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ゲノムってなに?
2014年10月1日
先日、館長と話しているときにゲノムの話になった。ゲノムって何か分からなくなってきていると館長は言った。だから、最近はお話の中で「ゲノム」という言葉を使わなくなってきているそうだ。ということで、私もゲノムについて考えるようになった。
ゲノムとは、ある生物種を作る広義の遺伝情報であり、一義的には染色体の一次情報として構わないだろう。しかし、成体へと形づくられる過程を考えてみると、染色体の遺伝情報がただしく表現され次世代へと受け継がれていくためには卵が必要となることが分かる。ある動物種の染色体を別の種の卵に入れても正しい個体発生を行ないそうに思えないからだ。では、その卵は何から作られるのかと考えると、それは母親のゲノム情報によると答えるしかない。ここで何やら入れ子構造が見えるのは私だけではないはずだ。というのも、卵を作るのは母親の染色体の遺伝情報であり、その卵に入っているのは子の染色体だからである。そして、この入れ子構造は永遠に繰り返される。
さて、ダーウィンの自然選択を待つまでもなく、染色体に導入された新たな変異が子孫に受け継がれるためには、卵から成体へとかたちが変わる過程、正しく成体になって配偶子を作り上げる過程を全うできなければならない。なんとなく卵は一定(普遍)であり、染色体の遺伝情報だけが変異を有すると考えてしまうのだが、卵は、その母親のゲノム情報によって初めて作られるものである。母親のゲノム情報は、そのまた母親が作った卵の中で大人になることはできたのだが、そのゲノムが作った卵が、次世代のゲノム情報を正しく受け入れて成体となることができるかは分からない。すべては初めての経験だからである。その意味では卵自身も個体発生の過程で淘汰圧を受けると考えられるだろう。結局のところ、どんな変異を持っているか分からない卵と、これまたどんな変異を持っているか分からない染色体の史上初めての組み合わせが試されることが個体発生だと考えられそうだ。一世代前の卵の構造とその子供の遺伝情報が適合するかどうかが、生きものが発生過程を行なう意味なのかもしれない。
ゲノムを染色体DNAの一次情報とした場合に、一義的にはそれでまったく構わないのだろうが、時間を越えた入れ子構造を忘れてしまいそうになるような気がする。1990年くらいに起こった「構造主義生物学」と呼ばれる流れは、結局のところこの辺りに収斂するのかもしれないと、秋の夜長に何となく考えてしまう。