研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。
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先々月、NHKは「動物カメラマン野生へのまなざし」という大自然スペシャル番組を三夜連続放送しました。第1夜の「ジャイアントパンダの素顔に迫る」に続き、第2夜は「密林に幻の黄金クワガタを追う」、そして最後は「サバンナの動物を支えるイチジクの木の物語」で締め括りました。どちらも興味深い話で楽しく拝見しました。ジャイアントパンダは生息地が私の故郷と重なり、それに以前オサムシ採集に四川省を訪ねたとき、野生パンダと写真を撮ったこともあって何となく親近感を感じます。第2夜の話では、私にとってカレハカミキリの擬態が最も感動的でした。図鑑の上では見たことがあるが、動いている映像を見るとやはり感激です。葉の裏表や葉脈まで似ていて本当に葉そのものに見えました。なんでそこまで似ることができるのか、そのメカニズムに大いに興味を持っており、いつか擬態機構の解明に貢献できればと考えています。
第3夜の物語はまさに私が現在行っている研究と密接に関わる話で、最も興味を持って拝見ました。内容的にはほとんど知っていますが、1つのシーンだけは始めて知りました。そのシーンはイチジク寄生コバチの産卵行動を記録したものです。1匹のイチジク寄生コバチがイチジクの花嚢に飛んできて、花嚢の表面に暫く歩いた後、尾から伸びている長い産卵管を曲げて花嚢の外壁から中へ刺して花嚢の中に卵を産みました。これは寄生コバチのごく普通の産卵行動で珍しいことは何もありません。しかし、見たことのない風景はその次でした。実はこの寄生コバチが産卵している間に、別種類の寄生コバチが側で待っていたのです。何故か不思議に思っているうち、先の寄生コバチは産卵を終え飛んでいきました。すると、待っていた寄生コバチは直ぐさま全く同じ孔に自分の産卵管を入れ直し卵を産んだのです。つまり、この寄生コバチは長い産卵管を持っていますが、イチジク花嚢の壁を刺し通す力はなく、別の寄生コバチの助けを借りなければ自分の子孫を残すことはできないのです。このシーンはイチジクコバチの生きる戦略について改めて考えさせてくれました。
イチジク植物は熱帯雨林のキープラントと言われ、イチジクの木を中心に様々な昆虫や動物たちが繋がるネットワークが形成され、イチジク生態圏ができるのです。この生態圏の中で、イチジクと最も密接な関係を持っているのは勿論イチジクコバチですが、送粉(イチジクに花粉を運ぶ)コバチはイチジク植物との間、安定した「1種対1種」の共生関係を築き、このシステムを守っていれば“永遠”に生きていけるでしょう。ですから、送粉コバチは“現在の安定”を守る立場にあり、相手の植物が変われば自分も変わり、相手が変わらなければ自分から進んで変わる必要はないのです。これに対して、寄生コバチは植物に花粉を運ばないため、植物から何の保証も与えられておらず、それだけでなく常に排除される危険性さえあります。また、同じイチジク植物には、1種のこともあるが、複数種の寄生コバチが産卵に来る場合は多いので、互いの競争も激しい。ですから、送粉コバチに比べて、寄生コバチは常に生きる戦略を立て直す必要に迫っていて様々な挑戦をしなければなりません。今まで産卵したことのないイチジク植物に産卵するために、積極的に自分を変化させたりして新たな生きる道を築くのです。上に言ったテレビの中のシーンもイチジク寄生コバチの様々な試行錯誤の中で見つかった1つの生きる道でしょう。
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[DNAから共進化を探るラボ 蘇 智慧]
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