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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【非モデル生物の宿命】

秋山-小田康子

 研究の世界では「モデル生物」と呼ばれる生き物たちがいる。例えば動物では、ショウジョウバエ、線虫、ゼブラフィッシュ、アフリカツメガエル、ニワトリ、マウス、ラットなどがそうだ。これらのモデル生物たちは生物の普遍的な基本原理や、場合によっては人間自身を知るための非常に優れた実験系として利用されている。これまでに明らかにされた生物学上重要な発見はこれらの生き物の研究を通してなされたものも多い。では「優れた実験系」というのはどういうことなのか。もちろんこれは研究者の「知りたいこと」によって異なるのだが、遺伝学的、細胞生物学的、発生生物学的などさまざまな角度から実験を行うためのツールが充実した系である、ということもできる。例えば、私が大学院の間とその後数年間の研究で対象としてきたショウジョウバエには、高校の教科書でも少し紹介されているが、多くの突然変異体が存在する。そして、たとえそれが致死変異であったとしても、バランサーと呼ばれる染色体と組み合わせることによって組み換えなどを気にすることなく維持することができるし、突然変異の原因となる遺伝子も遺伝学とゲノムの情報を組み合わせることによって比較的容易に特定できる。ある遺伝子を過剰発現させるための系統をつくることも可能であるし、最近では反対に、注目する特定の遺伝子の働きを抑えるための系統をつくりだす技術も開発された。また個体の中の細胞を見分けるマーカーとなる分子も数多く知られており、1つ1つの細胞レベルで解析することができる。つまり「こんなことを明らかにしたい」と思った時に、それを解析するために試みることのできる方法が多数存在しているのだ。
 私はここ数年、ショウジョウバエから少し離れて、次なる目標をもってクモやその他の生物を用いて研究を行っている。しかしいざ実験をしようとしても、ショウジョウバエでは当たり前であったことが、クモやその他の「非モデル生物」たちでは全く当たり前ではないのだ。それが非モデル生物の宿命ともいえる。例えば、モデル生物で注目されている、ある現象を非モデル生物でも解析してみようと考えたとする。そして、その現象に関わっているであろう遺伝子を単離しようと考える。この時既に困難が生じる。通常、遺伝子を単離するには、細胞や組織から抽出したRNAをもとに遺伝子ライブラリーと呼ばれるものを作製する。世の中で広く解析されているモデル生物のような生き物の遺伝子ライブラリーは自分でつくらなくとも手に入れる方法はたくさんある。ライブラリーをつくるのは、最近ではよいキットが売られていて、そう難しいことではない(とはいえ、そう簡単でもない)。一番の問題は充分量のRNAを抽出するためのサンプルを集めることだったりする。しかし、なんとかサンプルを集め、運良くライブラリーが完成し、興味ある遺伝子が単離できたとする。続いて、その遺伝子の機能を解析しようと考える。そしてまたここで壁にぶつかる。その遺伝子がどこで発現しているのかを見る方法すら、なかなか確立できないのだ。多くの場合、組織の固定法が問題になる。結局、難しい技術より、その生き物を知ることが問題になっているのだ。さらに、突然変異系統を作出したり、遺伝子を導入したりなどというのは、果てしなく大きな課題。もちろん優秀な研究者の手によって、そのような実験法の確立に成功した非モデル生物も出てきている。
 いうまでもなく、明らかにしたいことに対して最も適した実験系を利用することが、研究をする上で重要だと思う。わざわざ難しい系を選ぶ必要などない。モデル生物にせよ非モデル生物にせよ、要は何が知りたいのかということにかかっている。しかし、非モデル生物を使っていてもレベル(?)の低い研究では見向きもされないのがつらいところ。それでも「こんな生き物からこんな面白いことが分かるのか。」と少しでも驚きを与えられたらいいかな、と思っている。



[ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ 派遣研究員 秋山-小田康子]

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