ラボ日記
2022.12.01
マイマイカブリの地域系統の境界と新系統の発見
我々の研究テーマの一つとして、オサムシの後翅退化の分子的メカニズムとその進化について研究を行っています。研究材料には5種の代表的なオサムシを用いています。そのうちの1種であるアカガネオサムシについて、前回のラボ日記で少し述べましたが、今回はもう1種であるマイマイカブリについても書いてみたいと思います。
マイマイカブリDamaster blaptoidesは日本固有種で、北海道から屋久島まで日本列島全域に生息しています。首が長いのが特徴で、カタツムリを食べるのに適応進化してきたと考えられています。また、首と前翅(鞘翅)の色が地域的に異なっており、北海道と東北のものは、紫や緑に輝いていますが、西日本のものは真っ黒です。なぜその色彩が地域的に異なっているのかは今の所まだ不明です。その特徴的な形から、世界中のオサムシ愛好家の憧れの的となっています。
20数年前の我々の研究(Su et al. 1998)から、マイマイカブリはおよそ1500万年前に東と西の系統に分かれ、その後、約1000万年前に東の系統は3つ、西の系統は5つの亜系統に分岐したことが判明しています。また、これらの結果からマイマイカブリの系統進化は日本列島の形成とともに起きたとも考えられています。西の5つの亜系統のうち、中部系、西日本系、紀伊系の3つの亜系統は琵琶湖を中心に分かれ、西日本系と紀伊系は琵琶湖-淀川水系がその境界になっているようですが、中部系と紀伊系の境界は大きな地質的特徴がなく、また解析地点も少ないため、詳細はまだ明らかになっていません。
マイマイカブリは後翅がもっとも退化したタイプで、二枚の前翅も背中で癒着しており、おそらく祖先段階で飛翔機能をなくしたと思われます(図1)。現在、我々が後翅退化の研究に用いているマイマイカブリは、昆虫愛好家の神吉正雄さんと石川延寛さんが野洲川の流れる方向に向かって右側の河川敷で採集してくださったものですが、その採集場所はあいにくちょうど中部系と紀伊系の境界にあたるところです。そこで、そのマイマイカブリがどの亜系統に属するかを調べるために、DNA解析を行ったところ、中部系であることが判明しました。もしかすると、野洲川は中部系と紀伊系の境界になっているのではないかと思い、石川さんに相談したところ、10年ほど前に川の左側河川敷で採集された乾燥標本を頂きました。DNAを調べた結果、まさに思った通り、その乾燥標本は見事に紀伊系に入りました。まだ、川の左右1地点ずつしか解析していないので、結論づけるのはできないが、野洲川は中部系と紀伊系の琵琶湖側の境界の障壁になっている可能性が高いようです。
この結果を受けて、他の境界についても興味が湧いてきました。まず、中部系と紀伊系の伊勢湾側の境界について、オサムシ愛好家の浅井潤治さんのご協力によって鈴鹿川と雲出川の両側のサンプルを入手することができましたので、DNA解析を実施しました。しかし、その結果は野洲川と違って、こちら2本の川とも境界の障壁になっていないことが判明しました。今後、解析地点を増やして、何が境界の障壁になっているのかについて、結論を出すことができればと思います。
次に興味が湧いたのは中部系と関東系の境界でした。フォッサマグナ西側の糸魚川―静岡構造線がその境界であると考えられています(Su et al. 1998)が、やはり解析地点が少ないため、詳細は分かっていないです。今回は糸魚川―静岡構造線沿いの20近くの地点からサンプルを追加して解析しました。その結果、これらのサンプルは1個体(中部系)を除いて全てが関東系であることが判明しました。これは構造線西側に隆起したアルプス山脈がその後の中部系と関東系の境界の障壁になっていることを強く示唆したものです。また、この解析の中で、実はさらに興味深い知見が得られました。糸魚川―静岡構造線沿いに新しい亜系統が存在していることが分かったのです。この亜系統は西の系統に含まれる5つの亜系統とほぼ同時に分岐しており、つまり、その起源はおよそ1000万年前に遡ります。その頃の古日本列島の地誌を調べると、構造線付近に陸地の島が存在していることが分かりました。それはこの新系統の起源であると考えるのは妥当ではないでしょうか。
今回の日記で書いたものは、全て未発表の結果であるため、図表など詳細なデータを示すことはできないが、いずれ論文を発表してまた詳しくご報告できればと思います。
マイマイカブリDamaster blaptoidesは日本固有種で、北海道から屋久島まで日本列島全域に生息しています。首が長いのが特徴で、カタツムリを食べるのに適応進化してきたと考えられています。また、首と前翅(鞘翅)の色が地域的に異なっており、北海道と東北のものは、紫や緑に輝いていますが、西日本のものは真っ黒です。なぜその色彩が地域的に異なっているのかは今の所まだ不明です。その特徴的な形から、世界中のオサムシ愛好家の憧れの的となっています。
20数年前の我々の研究(Su et al. 1998)から、マイマイカブリはおよそ1500万年前に東と西の系統に分かれ、その後、約1000万年前に東の系統は3つ、西の系統は5つの亜系統に分岐したことが判明しています。また、これらの結果からマイマイカブリの系統進化は日本列島の形成とともに起きたとも考えられています。西の5つの亜系統のうち、中部系、西日本系、紀伊系の3つの亜系統は琵琶湖を中心に分かれ、西日本系と紀伊系は琵琶湖-淀川水系がその境界になっているようですが、中部系と紀伊系の境界は大きな地質的特徴がなく、また解析地点も少ないため、詳細はまだ明らかになっていません。
マイマイカブリは後翅がもっとも退化したタイプで、二枚の前翅も背中で癒着しており、おそらく祖先段階で飛翔機能をなくしたと思われます(図1)。現在、我々が後翅退化の研究に用いているマイマイカブリは、昆虫愛好家の神吉正雄さんと石川延寛さんが野洲川の流れる方向に向かって右側の河川敷で採集してくださったものですが、その採集場所はあいにくちょうど中部系と紀伊系の境界にあたるところです。そこで、そのマイマイカブリがどの亜系統に属するかを調べるために、DNA解析を行ったところ、中部系であることが判明しました。もしかすると、野洲川は中部系と紀伊系の境界になっているのではないかと思い、石川さんに相談したところ、10年ほど前に川の左側河川敷で採集された乾燥標本を頂きました。DNAを調べた結果、まさに思った通り、その乾燥標本は見事に紀伊系に入りました。まだ、川の左右1地点ずつしか解析していないので、結論づけるのはできないが、野洲川は中部系と紀伊系の琵琶湖側の境界の障壁になっている可能性が高いようです。
図1. マイマイカブリとその退化翅
Imura et al. 2018より改変
この結果を受けて、他の境界についても興味が湧いてきました。まず、中部系と紀伊系の伊勢湾側の境界について、オサムシ愛好家の浅井潤治さんのご協力によって鈴鹿川と雲出川の両側のサンプルを入手することができましたので、DNA解析を実施しました。しかし、その結果は野洲川と違って、こちら2本の川とも境界の障壁になっていないことが判明しました。今後、解析地点を増やして、何が境界の障壁になっているのかについて、結論を出すことができればと思います。
次に興味が湧いたのは中部系と関東系の境界でした。フォッサマグナ西側の糸魚川―静岡構造線がその境界であると考えられています(Su et al. 1998)が、やはり解析地点が少ないため、詳細は分かっていないです。今回は糸魚川―静岡構造線沿いの20近くの地点からサンプルを追加して解析しました。その結果、これらのサンプルは1個体(中部系)を除いて全てが関東系であることが判明しました。これは構造線西側に隆起したアルプス山脈がその後の中部系と関東系の境界の障壁になっていることを強く示唆したものです。また、この解析の中で、実はさらに興味深い知見が得られました。糸魚川―静岡構造線沿いに新しい亜系統が存在していることが分かったのです。この亜系統は西の系統に含まれる5つの亜系統とほぼ同時に分岐しており、つまり、その起源はおよそ1000万年前に遡ります。その頃の古日本列島の地誌を調べると、構造線付近に陸地の島が存在していることが分かりました。それはこの新系統の起源であると考えるのは妥当ではないでしょうか。
今回の日記で書いたものは、全て未発表の結果であるため、図表など詳細なデータを示すことはできないが、いずれ論文を発表してまた詳しくご報告できればと思います。
蘇 智慧 (室長(〜2024/03))
所属: 系統進化研究室
カイコの休眠機構の研究で学位を取得しましたが、オサムシの魅力に惹かれ、進化の道へと進みました。1994年から現在に至るまで、ずっとJT生命誌研究館で研究生活を送ってきました。オサムシの系統と進化の研究から出発し、昆虫類をはじめとする節足動物の系統進化、イチジク属植物を始めとする生物の相互作用と種分化機構の研究を行っています。