1. トップ
  2. 語り合う
  3. 研究館より
  4. 幸運な出会い

研究館より

表現スタッフ日記

2024.10.01

幸運な出会い

昨年から今年にかけてBRHでの出会いが、長年の疑問の答えに近づいた時間になりました。

1)大学時代、講義を聞かせて頂いた先生(京都大学カラコルム、ヒンズークシ学術探検隊のメンバーでいらした)の「小麦の祖先」のお話です。ご専門の地層、地質の講義の合間にフィールドワークの愉しさを語って下さり、その中に木原均先生が「地球の歴史は地層に、生物の歴史は染色体にある」といわれて小麦の起源を追跡され、次世代へと引き継がれていると伺っていました。そのコムギ研究のメンバーのご家族の方に京都大学農学研究科コムギジーンバンク事業紹介展示「学術探検と遺伝資源」の催しを紹介して頂き、現場を見せて頂く機会に恵まれました。

生命の設計図である遺伝情報はDNAの暗号としてゲノムに刻まれているのですが、進化の過程でこの情報に変異が入り、生物の多様性が生まれます。遺伝原理の普遍性と生物の多様性を、植物、特にコムギを材料に科学する研究分野でした。成果は作物の品種改良に役立てられることを念頭に置きつつ、農業上重要な形質、環境適応、生物間相互作用に関わる遺伝子群やゲノム・染色体のダイナミクス、さらに種分化、新たな作物種の形成、異質倍数体の進化機構について遺伝学の立場から研究されているそうでした。

例えばパンコムギは、二粒系コムギ(4倍体)と野生コムギであるタルホコムギ(2倍体)が、種間交雑し、ゲノム倍加によって成立したことが遺伝学的に明らかにされています。パンコムギだけでなく野生種の異質倍数体においても、核ゲノム提供親と細胞質提供親が同定されています。過去の探検で得られた膨大な栽培種と野生種のコレクションがあり、これらの材料を使った研究を展開することができます。こうした栽培の現場と膨大な種の資料の倉庫を見せて頂き、多様な研究課題を話して頂きました。皆さまの熱意に感動しながら、世代を引き継ぎながらのご発展を願いました。

2)ヤマトシジミという小さな蝶の放射線被ばくのお話です。実際に作業に関わられた方にお話を聞けたことがきっかけで、手に入る資料を読みました。

2011年原発の事故は昆虫たちにも影響がないのだろうか? 食草園のお世話をしながら漠然とそんなことを考えていたら、新聞の小欄の記事に琉球大学の大瀧研が、地元福島の方々の協力を得ての調査を始められたということを知りました。

昆虫には人と住環境を同じにしているヤマトシジミという小さな蝶を選ばれていました。日本では北海道以外はどこでもいるそうです。庭に生えている草の一つで、柔らかい緑の葉のカタバミがヤマトシジミの幼虫の食草です。昆虫は一般に環境への適応能力が高いので繫栄しているのだという批判のある中で、下記の大切なポイントを守りながらの作業をされたそうです。

 1)事故当初から野外個体をモニタリングすること 
 2)飼育、交配実験により、子世代・孫世代への影響をみること 
 3)外部被曝実験を行うこと 
 4)内部被曝実験を行うこと 
 5)飼育実験は、原発事故の影響を受けていない場所(沖縄)で行うこと

結果は地面の線量が高いほど、翅は小さくなる傾向がみられ、原発からの距離が近くなるにつれ、成長遅延、付属肢異常率の増加、翅の色模様の異常なども示唆されていました。外部被曝、内部被曝実験両方で生存率の低下だけでなく、矮小化と形態異常がみられたそうです。

ヤマトシジミの場合は年間6世代ほどと世代交代が早いため、自然選択が働き十分に放射線環境にも適応できるようになることも示されていますが、私達ヒトは人為的な環境に未来をゆだねるのは難しいでしょう。ヒトの安全基準は各個人の放射線耐性度や健康度によって異なるので、一律には決められないのではないでしょうか。

生物学的な影響について、いろいろ批判を受けられながらも事故当初からのデーターを集めて発表され続けてこられた大瀧研の方々に感謝しています。

渡邊喜美子 (館内案内スタッフ)

表現を通して生きものを考えるセクター