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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2022.09.01

30周年が来ます

 生命誌研究館が来年30周年です。「生命誌の扉を拓くー科学に拠って科学を超える」(哲学書房)の出版が1990年、準備室開設が1991年ですから、生命誌が生まれてからはすでに30年経っています。そこで、「生命誌研究館」って何だっけということを再確認します。

 生命科学が人間を生きものの一つと位置付け、しかもDNAを遺伝子としてだけでなくゲノムとしても見ることになりました。ここで初めて可能になった、「分析可能な実体から得られる事実を基盤に置きながら人間を全体として理解する総合知」を構築しようと生命誌研究館を創設しました。岡田節人初代館長、大沢省三顧問をはじめ、館員皆の力で生命誌の具現化に努め、他にはどこにもないユニークな場ができました。「研究館でしかできないこと、研究館だからできることをやろうね」を合言葉に、楽しく苦労しました。
 もちろん、どれだけ多くの人に支えられてきたことか。館のホームページ、展示、さまざまな作品などに見えています。研究館の基本は「オープン」、すべてに開かれています。
 「ここに来ると、他にはない豊かな知と心を感じる空気が流れている」。最も嬉しい評価です。

 コロナウイルス・パンデミック、異常気象、戦争など、人間を生きものとして見ていないために社会は混乱状態と言えるでしょう。多くの人が、ここから抜け出すには科学・科学技術に期待するしかないと考えているようです。しかし、機械論的世界観を持ち、進歩しか考えずに新自由主義経済の中で動いている科学・科学技術に期待できるでしょうか。学問にとって大事なのは「世界観」の提示です。生命誌は、「生命誌的世界観」(従来の生命論的世界観と基本を同じくしますが、ゲノムという実体を通しているところが特徴)を持っています。
 小さな生きものたちを見つめる研究館での活動は、「生命誌絵巻」に描かれた生きものたちが語る歴史物語を読み解き、その中にいる人間(ヒト)の生き方を呈示できます。それは、一律な開発で一様な進歩を求める競争社会ではなく、内発的な発展(生物の場合発生)によりそれぞれが特徴ある進化を遂げ多様な存在が複雑系を作る社会の構築を求めます。40億年続いた生態系に含まれた知恵を活かす社会です。

 30年を迎える生命誌研究館は、これまでの実績を踏まえてもう一歩踏み出し、誰もが思い切り生きることのできる社会を支える総合知を確実なものにしていく役割があります。
他のどこにもない、今の社会が必要とする場であることを忘れずに。

 ますます様々の方の応援が必要になります。これからも研究館の活動に参加して下しますようよろしくお願いいたします。

 追伸:9月に、中・高校生向けにこんな本を出します。科学は大事だけれど、考えることがあるねと一緒に考えます。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶