SPECIAL STORY
草食動物の時間
1.反芻動物と非反芻動物
アドベンチャーワールドで飼育している草食動物の餌の量をご覧いただきたいと思います。シマウマとバイソンの体重と餌の量に注目してください。
シマウマの体重が350kgで食べる量は9kg。バイソンの体重はその倍の700kgで食べる量はシマウマよりも少ない6kgです。何故でしょうか。その理由につながるのが、それぞれの「胃」の数です。ウシ科であるバイソンやエランド、キリン科のキリンには胃が複数あり、複胃動物と呼ばれています。対するシマウマの胃は1つです。わたしたちヒトも1つで、単胃動物です。複数の胃をもつ動物は、反芻(はんすう)をする「反芻動物」とも呼ばれます。
2.反芻とは
焼肉屋さんでウシの4つの胃を注文し、写真を撮りました。1番目の胃はミノと呼ばれる部位です。2番目はハチノス、3番目はセンマイ、4番目はギアラです。
まず、反芻動物が草を食べると、1番目の胃、第一胃に入ります。胃がごちょごちょと動き、一部は第二胃へ、一部は口に戻してモグモグと咀嚼(そしゃく)します。それがまた第一胃に入ったり、口に戻ったり、といった動きを繰り返すのです。繰り返すことで、どんどん食べたものを小さくしていきます。食べては次の胃へ、食べては戻してまた次へ、と、行ったり来たりしながら、胃から胃へと流れていく。主に、胃から口の中に食べたものを戻してかみ、また胃へ入れるという繰り返しの動きを「反芻」と呼びます。第一胃の中には、内容物1gに対して100億〜1000億の細菌、10万〜100万の原生動物がいると言われています。細かくなった食べものに第一胃でこれらの微生物が混ざり、微生物が発する酵素によってさらに細かくなっていきます。それを反芻する動物は最終的に腸で吸収し、栄養にしているのです。動物自身が繊維を消化できないところを、胃の中の共生微生物が消化を助けているというわけです。反芻動物の場合は主に第一胃と腸に共生微生物がいます。反芻する時に出るたくさんの唾液、これはアルカリ性です。唾液のアルカリ性を利用し、第一胃の中を弱酸性に保つことで微生物がうまく働きます。しかし、胃で消化されたものは酸性に偏ってしまう。そこでまた、口に戻った食べものを唾液でアルカリ性に傾けていきます。
【動画】 エランドが反芻する様子
一度飲み込んだあと、しばらくしてもう一度口に戻し、咀嚼を再開する。
ウシは1分間におよそ40回から60回、モグモグと咀嚼しています。1日のうちに、6時間から10時間くらい反芻をしているようです。反芻動物は、繊維質の80%を第一胃で分解します。対して反芻しない動物では45%程度です。そして反芻動物の胃では微生物の働きにより、揮発性脂肪酸として代表的な酢酸、プロピオン酸、酪酸が産生され、ビタミンB群、ビタミンCなども合成します。第一胃の中で発生した微生物は、食べたものと一緒に、私たちと同じような胃酸が出る第四胃で消化されてしまいます。それらの微生物はタンパク質、菌体タンパクとして、菌そのものが反芻動物のエネルギーとなります。反芻動物は胃で発生した微生物をも腸で吸収し、エネルギーを得るのです。食べる量が少ないにも関わらず、複胃動物-反芻動物の体が大きい理由がここにあります。
エランド・キリン・シマウマ・ゾウ、4種類の動物それぞれの糞です。反芻をする動物と反芻をしない動物を比べてみてください。エランドとキリンが反芻動物です。反芻動物は繊維を80%消化することができるので、食べたものが糞として出てくる時には、繊維質がほとんどありません。一方で、反芻しない動物が分解するのは45%程度です。必然的に、反芻しない動物の方が繊維質が多く、また、糞の体積が大きくなります。飼育係は動物の糞を毎日注意深く観察し、健康状態を判断します。
3.草食動物の献立
草食動物の餌は主にイネ科とマメ科の牧乾草(ぼくかんそう)です。牧乾草を主な餌として利用する理由は、貯蔵に便利なためです。生の葉は乾燥した葉に比べ、4倍もの体積があります。また、腐りやすく、発酵しやすいため、保存のための冷却設備が必要です。乾かしたものは水分量が少ないため、生の葉と比較すると同量あたりの栄養価が高くなります。イネ科は繊維が多く、マメ科は繊維が少なくタンパク質とミネラルが豊富に含まれています。牧乾草は産地によって、また季節によっても栄養価が変動します。畜産の現場で利用される日本標準飼料成分表を参考に牧乾草の栄養をみてみると、例えばイネ科のチモシーという飼料は、穂が出る前と後でタンパク質の含有量が変化します。マメ科のアルファルファも、開花時期の前後で、タンパク質や繊維の量に違いがあります。
食べたものを長い時間をかけて反芻し、余すところなく栄養を吸収する反芻動物には、栄養価の高い餌を必要なだけ食べさせることが重要です。たとえ新鮮であっても、栄養価の低い草からは十分な栄養を得ることはできません。一方で反芻をしない動物は消化が早く、すぐに次の餌を食べることができるので、多少栄養価が低くてもたくさん食べることで必要な栄養量を得ることができます。反芻動物は口や胃の中に長く食べたものが入っているため、次から次に食べることはできないのです。
4.食事は楽しい
キリンなど樹の葉を主食とする動物には、牧乾草だけではなく、生の葉が必須となります。園内で育てている植物の葉や、購入した生の葉を与えています。反芻動物ではありませんが、ゾウは生葉を枝ごと渡すと、枝を振り回したり、ポキポキと折ったりして、食事の時間を楽しみます。食事というのは楽しい時間なのです。楽しい時間は、ストレスの軽減につながります。私たちも美味しいものを食べると嬉しくなるのと同じように、食事を豊かにすることも大切なことなのです。牧乾草と比べると生の葉の栄養価は低く、貯蔵の観点からも餌のメインにはなり得ませんが、生の葉も定期的に食べさせています。
5.特性を理解し、観察し、献立を考える
それぞれの動物の飼育の初期には、文献や資料を参考にしたり、他の動物園と情報共有して餌の種類や量を考えます。そこから、長い年月をかけ、日々試行錯誤を重ねていくことで、基本となる餌の構成は固定されていきます。畜産動物については研究が進んでいて、たくさんの知見やデータが蓄積されているのに対し、動物園の動物たちの情報は限定的です。そのため、鋭い観察眼をもって動物の変化に気づき、状況に応じて献立を考える判断力が、飼育員には求められます。それができないと、動物を健康に飼育することはできないのです。
山之内克紀(やまのうち・かつき)
大阪府守口市出身。1985年株式会社ワールドサファリ(現 株式会社アワーズ)に入社。28年間にわたりサファリワールドで草食動物飼育をはじめ、案内、管理業務を担当。現在は緑化業務を主体とし、園内の植物の配置や管理に携わる。
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