RESEARCH
細胞分裂もいろいろ
細胞分裂の多様性を生み出す
トレボキシア藻綱の細胞壁
生物の基本単位は細胞であり、38億年前に誕生した最初の生命体から現在まで生きものが絶えることなく続いているのは、細胞が分裂し続けているからである。細胞分裂の多様さが、生物の多様さとどうつながるのか。単細胞生物が多細胞化する時にどんな工夫があり得たかという切り口で見てみた。
1.細胞壁と細胞分裂の多様性
地球上には少なくとも300万種、おそらくは1400万種もの多様な生物が生存している。全ての生物は細胞からできており、38億年の間絶えることなく細胞は分裂して自分と同じものを増やしてきた。分裂様式も多様だと思われがちだが、動物細胞の分裂は一様で、分裂面にアクチンという繊維でできた収縮環が形成され、これが収縮して細胞は2つにくびれ切れる。一方、菌類や植物の細胞分裂は多様で、二分裂、出芽、内生胞子、細胞板形成などがある(図1)。菌類と植物に共通するのは細胞壁である。壁は細胞に一定の大きさと形を与え、障害や乾燥にも一定の抵抗力を与える。しかし分裂の際には面倒なことになる。壁で囲まれた空間内に娘細胞を生み出さなければならないし、娘細胞それぞれが細胞壁に包まれなければならない。動物細胞と違って工夫が必要になる。その工夫から多様性は生まれたのだろう。
(図1) さまざまな細胞分裂
動物細胞は二分裂のみだが、菌類、植物は他にも出芽、内生胞子形成、細胞板形成など多様な様式がある。
2.トレボキシア藻綱の細胞分裂
アリストテレス(BC384~BC322)の時代から20世紀ごろまでは,二元論的世界観が支配的で、生物を植物と動物に二分するのが普通だった。この分類法(二界説)では菌類は植物に分類される。細胞壁があるからだ。この観点からもう一度図1を見ると興味深い。確かに分裂の多様性は植物のみで見られる。Whitaker(1924~1980)によって最初に提案された五界説では、生物をモネラ(原核生物)、原生生物、菌類、植物、動物に分類する。これによって、細菌や菌類を無理やり植物に分類する必要もなくなり、生物の系統をより自然に理解することが可能になった。私たちの生物観はほぼこの五界説に沿ったものになっている。現在の五界説では、植物界は、胚発生を行い胞子体と配偶体(註1)の世代交代をする多細胞の光合成生物と定義されている。胚発生がないことから、紅藻、緑藻、褐藻などの藻類は、原生生物に分類されている。原生生物は体制が単純で原始的な分裂を行う真核生物として認識されている。
原生生物界は多様な生物で大きく膨れ上がっており、動物や植物あるいは菌類への進化の実験場の観がある。原生生物界に分類された緑藻はプラシノ藻綱、アオサ藻綱、トレボキシア藻綱、狭義の緑藻綱、シャジク藻綱の5つに分類されるが、そのうち植物へと進化したのはシャジク藻綱だとされている(図2)。陸上植物と同じ鞭毛装置をもっているからだ。トレボキシア藻綱は、緑藻の中のひとつのグループであり、主に分子系統の結果に基づいて1994年に提案された。なじみ深いものとしてはクロレラがあるが、地衣類の共生藻であるトレボキシアが代表格である。その生息域は広く、河川、湖沼、海などの水生環境の他、土壌中や街路樹の樹皮上、ブロック塀やガードレールの表面など、身近な気生環境にも多くの種類が生息している。トレボキシア藻綱も含め、多くの緑藻は陸上植物に進化できなかったという意味では、進化の袋小路にある。
(図2) 緑色植物の系統樹
緑藻は大きくシャジク藻綱、プラシノ藻綱、アオサ藻綱、トレボキシア藻綱、狭義の緑藻綱の5つに分類できる。
陸上植物はシャジク藻綱から分岐した。(藻類の多様性と系統 図3-8より改変)
トレボキシア藻の中には、二分裂や出芽で増殖するものもあるが、ほとんどが内生胞子形成で、2細胞性から4細胞性、8細胞性、32細胞性のものなどが存在する (図3)。細胞壁成分を染めることのできる蛍光試薬(Fluostain I)で染色すると、内生胞子形成では母細胞壁と娘細胞壁とがはっきりと区別できる(図4)。内生胞子形成を観察すると、細胞壁の内側で、細胞の中身である細胞質が分裂し、それぞれの娘細胞質は娘細胞壁に包まれる。新しい細胞が完成すると母細胞壁が開裂して娘細胞が放出される。母細胞壁の内側に母細胞と同じ形態の娘細胞(胞子)が形成されるので、これを内生胞子形成と呼ぶ。
内生胞子形成型は陸上植物の行う細胞板形成に比べて効率が悪い。多細胞化した陸上植物の分裂では細胞は細胞板によって仕切られ、細胞壁はそのままなので、新しい細胞壁は分裂面につくるだけで足りるが、内生胞子形成型では分裂するたびに前回の分裂時に合成した細胞壁を全て脱ぎ捨ててしまう。そのため、母細胞と娘細胞とが繋がることができず、多細胞化することができない。
(図3) トレボキシア藻綱の分裂様式を示す光学顕微鏡写真
(図4) クロレラ(Chlorella vulgaris)の内生胞子形成の様子
クロレラ(Chlorella vulgaris)の細胞壁を Fluostain I(青)で染めて観察すると、母細胞壁が開裂してから娘細胞が飛び出すのがわかる。黄色はSYBR Green Iで染めた核、赤は葉緑体がもつ蛍光を示す。
(Yamamoto et al. J. Plant Res. 2004より改変)
一方、二分裂型は分裂するバクテリアのようだし、出芽型は出芽するパン酵母のように見える。トレボキシア藻は大半が内生胞子形成をするが、二分裂や出芽の様式はどうやって生じたのだろう。3つの分裂様式の関係を分子系統解析で調べた。内生胞子形成型のクロレラやパラクロレラ、二分裂型のナノクロリス、出芽型のマルバニアなどから、分裂時に働くアクチンを単離し、その塩基配列をもとに分子系統樹を作製した(図5)。二分裂と出芽はお互いに最も近縁な関係にあり、系統樹の中でも末端部に位置していた。トレボキシア藻綱の中では、内生胞子形成が祖先的で、原始的と思われた二分裂型と出芽型は、実は内生胞子形成から分岐したことになる。
(図5) トレボキシア藻綱の系統関係
二分裂型のナノクロリスや出芽型のマルバニアは、内生胞子形成をするものから出現したことが分かった。細胞分裂に関わるアクチン遺伝子をもとに、クラミドモナスやボルボックス(狭義の緑藻綱)を外群として分子系統樹を作製した。(註1) 胞子体と配偶体
胞子体は減数分裂を行なって胞子をつくる植物体である。胞子が発芽すると配偶体となり、卵と精子がつくられる。
3.三つの分裂様式と母細胞壁のふるまい
Fluostain Iで細胞壁を蛍光染色すると、内生胞子形成では脱ぎ捨てられる母細胞壁と新たに合成された娘細胞壁とを明瞭に区別できるが、二分裂型と出芽型では母細胞壁が脱ぎ捨てられる様子は観察できなかった。3つの分裂様式は母細胞壁の在り方に大きな違いがあるようだ。そこで、内生胞子形成の代表としてクロレラを急速凍結固定して電子顕微鏡で観察したところ、成長期の間に母細胞壁の内側の細胞質表面に新しい娘細胞壁が合成されていた。細胞質分裂が始まると、新しい娘細胞壁も細胞膜と一緒にアクチンリングに引っ張られて分裂面に陥入し(図6)、最終的には母細胞壁が開裂して娘細胞が外へ放出される。
(図6) 内生胞子型クロレラ(Chlorella vulgaris)の分裂と細胞壁の様子
母細胞壁と細胞膜の間に娘細胞壁ができると、娘細胞壁は細胞膜と一緒にアクチンリングに引っ張られて陥入し、二つの細胞へとくびれ切れるのが電子顕微鏡で観察できる。
(Yamamoto et al. J. Plant Res. 2004より改変)
一方、二分裂するナノクロリスを電子顕微鏡で観察すると、母細胞壁の内側でまず細胞質が分裂し、それぞれの娘細胞質の表面上で新しい娘細胞壁が合成されていた。分裂面で母細胞壁が開裂すると娘細胞は解離して2つになる。ここまでは内生胞子形成型と変わらないが、その後すぐには母細胞壁が脱ぎ捨てられないことがわかった(図7)。
(図7) トレボキシア藻綱の分裂と母細胞壁
一見、多様なトレボキシア藻綱分裂様式も母細胞壁を脱ぐか脱がないかで説明することができる。
出芽するマルバニアでは、成長初期は球形をしているが、この細胞の外側には前回の分裂のときの母細胞壁、つまり現段階の祖母細胞壁が密着したまま残っている。細胞が徐々に成長して細胞容積が増加するにつれて、祖母細胞壁で囲まれる空間に収まりきらなかった成長中の細胞質が、母細胞壁にしか覆われていない柔らかな分裂面から押し出されるように膨らんでいく。これが、光学顕微鏡ではあたかも出芽しているように見えるのだ。容積が元の細胞の二倍になると出芽部位で細胞質がくびれ切れ、それぞれの娘細胞質の細胞膜上で娘細胞壁合成が起こる。当代の母細胞壁が開裂すると娘細胞は解離する。分裂後の一方の娘細胞には母細胞壁と祖母細胞壁が残っており、他方の娘細胞は母細胞壁が残存していることになる。このまま成長期に入るので再び祖母細胞壁が残っていない部分だけが膨らみ始め出芽のようになる。
4.母細胞壁が分裂の多様性の鍵
トレボキシア藻綱は進化の袋小路にあるのかもしれない。内生胞子形成の場合のように母細胞壁を脱ぐことを義務付けられている限り、分裂後の細胞はバラバラになり、多細胞にはなれないからだ。一方で、トレボキシア藻綱を探ると二分裂や出芽で増える種があることがわかった。進化の袋小路にあるような藻綱にも細胞分裂に多様性があることが興味深い。
二分裂と出芽は一見すると内生胞子形成とは異なるように見受けられるが、一連の電子顕微鏡観察の結果から、実は細胞質分裂、娘細胞壁合成、母細胞壁の開裂など、内生胞子形成と全く同様に起こっていることがわかった。内生胞子形成から二分裂・出芽への転換は母細胞壁が開裂後も娘細胞に密着したままであることがきっかけで起こったと考えられる(図7)。多細胞化では母細胞、娘細胞、孫細胞が世代を超えて連結していく。ここで見えてきたのは、二分裂であれば多細胞化も可能となるということである。実際に、形態がナノクロリスによく似ており、同じトレボキシア藻綱に属する二分裂型のスチココッカスでは時々細胞が縦一列につながって多細胞のように見えることがある(図8)。ナノクロリスやマルバニアの二分裂や出芽の分裂様式はトレボキシア藻の中でも多細胞化へ一歩踏み出しつつある種が存在する可能性を示しているのかもしれない。
(図8) 多細胞化するスチココッカス
二分裂型のスチココッカスでは、細胞分裂後に母細胞壁が脱ぎ捨てられないまま、母細胞、娘細胞、孫細胞が一列につながっている。
参考文献
バイオディバーシティ・シリーズ3 藻類の多様性と系統
岩槻邦男・馬渡峻輔 監修 千原光雄 編集 裳華房、pp30-49 図2
オルガネラの起源とその進化.朝倉植物生理学講座第4巻「植物細胞」 河野重行、高原学 朝倉書店、pp.160-174 (2002)
藻類30億年の自然史-藻類から見る生物進化 井上勲 東海大学出版会、pp1-472 (2006)
山本真紀(やまもと・まき)
2003年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、博士(理学)。東京大学大学院新領域創成科学研究科助手、日本学術振興会特別研究員を経て、2006年より専修大学講師。
河野重行(かわの・しげゆき)
1975年岡山大学理学部卒業、基礎生物学研究所技官、助手を経て、1988年東京大学理学部助手、助教授を経て、1999年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。