1. トップ
  2. 季刊「生命誌」
  3. 季刊「生命誌」26号
  4. Experiment カンブリア大爆発のころの地球 地質学と地球化学が描きだす生物進化

Experiment

カンブリア大爆発のころの地球

地質学と地球化学が描きだす生物進化:松本良

生物史の中で最大の出来事、カンブリア大爆発。
その背景には、どんな環境変動があったのか。
地質学と地球化学を融合することで、過去の地球環境と生物進化の関係を探ります。


今から約5億4000万年前に起きたカンブリア大爆発は、46億年に及ぶ地球の歴史を二分する出来事だったといってよいと思う。わずか100万年前ほどの、地質学的にはきわめて短い間に、生物が爆発的に多様化し、現生生物の直接的な祖先が誕生したからだ。大爆発以降を顕生代と呼ぶのは、文字どおり、生物が顕われた時代だからであり、カンブリア紀は顕生代の最初に当たる。

大爆発以前(先カンブリア時代)にもエディアカラ動物群と呼ばれる多様な生物がいた。バクテリアやエアマットレスのようなふわふわした風船状のものが主で、海水中を漂いながら栄養塩類を直接摂り込んでいたらしい。これらは大爆発の前に絶滅し、代わって大型で硬い殻をもった顕生代の生物が出現したのだ。

当時、陸上にはまだ生物はいなかったので、爆発の理由を知るには海洋環境の変化を明らかにしなければならない。そこで、現在の地球環境での物質収支の解明に威力を発揮している安定同位体組成や微量元素含有量の比較を古い時代に応用し、当時の動きを捉えてみようと考えた。

地球化学の応用から太古をのぞく

海水に溶けた炭素の同位体組成比(δ13C)とセリウム濃度の変動。δ13Cの変動から少なくとも3回(黄色部分)の生物の爆発があったとわかる。帯のA~Iは写真の化石の生物種が存在した年代を示している。

炭素同位体組成比(δ13C)は、物質に含まれている軽い炭素(12C)と重い炭素(13C)の量比を示し、値が大きいほど13Cの含有率が高いことを示す(『生命誌』通巻21号、南川雅男「安定同位体で古代人の食生態変化を読む」参照)。カンブリア大爆発の前後に堆積した石灰岩δ13C値を調べると、先カンブリア時代末期(ペンディアン紀)には大きくマイナスに振れ、カンブリア紀初期には大きくプラスに反転することがわかった。石灰岩は海水から沈殿したものであり、堆積当時の海洋の表層に溶けていた炭素の同位体組成を反映する。絶滅と大爆発に時を同じくする海中の炭素組成の大きな変動は、いったい何を意味するのだろうか。

ペンディアン紀からオルドビス紀の地層に見られる化石。図は復元予想図。
A~C エディアカラ動物群。Cはエアマットレスのような生物の化石の半分が表面に出ていると考えられている。(イラン・ケルマン)
D ペンディアン紀を代表する球形の植物プランクトン、アクリタークの化石。(イラン・エルブールズ)
E 小型有殻動物群。カンブリア紀初期には硬い殻をもつ小さな生物が栄えた。(イラン・エルブールズ)
F~H チェンジャン動物群。Fはゴカイのような生物と考えられている。Hは化石の凹面と凸面。(中国雲南省)
I 三葉虫。カンブリア紀を中心に大変栄えた。(中国雲南省)
(写真=坂本政十賜、資料提供=角和善隆・松本良)

イラン・エルブールズ山脈の大パノラマ

カンブリア紀からトリアス紀の3億年間にできた地層が左右に広がっており、右のほうなど地質年代が新しい。中央左に見える赤い砂岩の層は、カンブリア紀中期の生物生産性が低下した時期のもの。

光合成によって取り込まれる炭素には12Cが多いため、生物体には12Cが多量に含まれており、δ13C値は極めて低い。したがって、光合成が盛んで生物生産量が大きい階層の表面では、海水に残された炭素中の13Cの割合が増し、δ13C値は高くなる。カンブリア紀初期のδ13C値の上昇は、生物が多様化し生物生産量が増えたためと説明できる。カンブリア紀の間に同じ現象が少なくとも3回認められるので、生物の爆発は一度ではなく断続的に起こったと推定される。

一方、δ13C値が低下するペンディアン紀末期は、エディアカラ動物群の絶滅とほぼ同時期だ。当時の海洋では、現在のような海水の大循環による水の混合がなく、海水が表層と深層で分離していた考えられている。これは希土類と呼ばれる一群の元素の解析からの予測だ。希土類の一つであるCe(セリウム)は、酸素があると難溶性の塩となって溶液から除去される。したがって、海洋大循環があれば、中・深層にも酸素が供給され、Ceの量が減少するはずだ。一方、循環がなければ、酸素は海全体に行き渡らず、Ceは減少しない。ペンディアン紀末期の地層のCe量には減少が認められないので、海洋が層を成していたのだろうとなるわけだ。このように混合のない海洋表層で生物体内に取り込まれた12Cは、遺骸とともに沈んで中層、深層で溶け出すので、そこでのδ13C値は低下しただろう。これと並行して、遺骸に含まれる有機物炭素の酸化も進むため、大量の酸素が消費され、中・深層では酸素濃度も低下したに違いない。このような状態が長く続いた後、何らかの理由で中・深層の水塊が浅海に進入すると、表層の生物群は酸素欠乏のために死滅するだろう。13Cが少なく、酸素に乏しい中・深層の海水が上昇(湧昇)したと考えると、ペンディアン紀末期のδ13C値の低下と絶滅がうまく結びつくのだ。

海洋変化から描く生物の爆発・絶滅のシナリオ

 ①海洋表層で生物生産性が上昇する。生物が取り込む炭素には12Cが多く、そのため海洋表層ではδ13C値がだんだん高くなっていく。
 ②生物遺骸が沈み、そこから12Cと栄養塩類が溶け出すため、中・深層ではδ13C値が徐々に低下し、栄養塩類は豊富になっていく。また、遺骸の酸化のために酸素が消費され、中・深層では酸素も欠乏する。
 ③ここで、中・深層の海水が上昇(湧昇)すると、表層の栄養塩類は増えるが、酸素欠乏のために生物が絶滅する。
 ④大気から海洋表層に酸素が溶け込むと豊富な栄養塩類を利用して再び生物生産性が増大する。

では、湧昇の原因はなにか。その一つに熱塩循環が考えられる。熱塩循環は、海面からの水の蒸発で、塩分濃度が上昇し比重が増した海洋表層の水が沈むことで生じる。現在でも、死海のように、循環の少ない温暖な地域の海では熱塩循環が起こっている。温暖だったペンディアン紀の海に熱塩循環が起こっても不思議ではない。ほかの原因としては、海底火成活動や陸海の分布の変化、一時的にできた氷床が溶けて海に流入した可能性なども考えられる。

それにしても、なぜ顕生代の生物の多くが硬い殻をもつに至ったのだろうか。殻の多くは炭酸カルシウムでできている。おそらく、海底火成活動や陸上の化学風化によって、海水にカルシウムやマグネシウムが多量に溶け出たのであろう。多量のカルシウムは細胞にとって有毒である。硬い殻は、この有毒なカルシウムを体外に排泄することでできたのかもしれない。地球環境の変化と生物の進化は密接に関係している。地層に刻み込まれた地球の歴史と生物の歴史の関係を考えるのは、ここで紹介したようにさまざまな要素に目配りし、想像力を駆使する総合的な学問なのである。

松本 良(まつもと・りょう)

1947年東京都生まれ。70年東京大学理学部地学科卒業後、同大学助手、助教授を経て、現在東京大学大学院理学系研究科教授。87年から1年間カナダ・ダルハウジー大学に留学。堆積学をを専門とし、イランや中国、カナダなど世界各地を飛び回り、カンブリア紀の地球環境から生物の変遷の歴史を描き出そうとしている。著書に『メタンハイドレード 21世紀の巨大天然ガス資源』(日経サイエンス社)などがある。

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

季刊「生命誌」をもっとみる

オンライン開催 催しのご案内

レクチャー

2025/1/18(土)

『肉食動物の時間』