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Special Story

化学物質でつながる昆虫社会

アリの標本作りから多様性を見る:橋本佳明

熱帯雨林の生態系は、さまざまな生き物の関係で維持されている。その中で、とくに重要なのがアリだ。アリは捕食者として生き物の個体数調節に大きな影響を与えているし、いろいろな動植物の共生者としても深く生態系にかかわっている。熱帯雨林での生物多様性の研究は、アリを抜きにしては考えられない。だが、研究はあまり進んでおらず、とくにアジアでは、分類すらできていないのが実状である。

そこで私は、アリ類の参照標本作りから始めることにした。実物との比較で、誰でも容易に種が判別できる標本があれば、ほかの研究も進みやすい。毎年何度もアジア各地に赴き、40mを越す大木のてっぺんから地中まで、ありとあらゆる所にいるアリを採る。土をふるいにかけて体長1mmもない糸くずのようなアリを採ったり、ハチミツを染み込ませた綿で誘い出したりするのだ。また、樹冠で一生を過ごすアリを採るために、伐採現場に入ることもある。切り倒されたばかりの木に取りつき夢中でアリを採っていると、目の前に大木が地響きをたてて倒れてきて、あわや圧死という目にも遭う。採集も命がけだ。ヒメサスライアリが餌食にしたアリを「鵜飼い」のように取りあげたりもする。

 

ふるいを使ったアリの採集風景(ボルネオ島の熱帯雨林)

日本にいるアリは約200種。熱帯雨林では、たった2本の大木から200種以上のアリが採集できる。しかもほとんどが未記載だ。

ヒメサスライアリは、放浪生活を送る軍隊アリの仲間で、出会った他種のアリを幼虫や蛹はもちろん、成虫まで根こそぎ餌食にしてしまうアリ喰いアリである。じつは、このアリの餌を取りあげて調べているのは、このアリ喰い現象が、アリの多様性保持にかかわっているとにらんだからだ。バラバラに分解された哀れなアリたちの断片から、種を同定する地道な調査の結果、餌食となるアリは、オオズアリ属やシリアゲアリ属などで、生息環境を優位に占める種であることがわかってきた。ヒメサスライアリがこれらの優占種のコロニーを適当に間引くことで、競争力の乏しいアリが繁殖できる「空き地」を作り出し、絶滅から救っている可能性が見えてきたのである。補食-被捕食関係は、生物多様性を生み出し、維持するのに必要なのだ。

生物多様性の研究には、静的な種のリストだけでなく、動的な種間関係を含んだリストも不可欠だ。アリ類のリスト作りとヒメサスライアリ亜科の餌調査の両方を進め、将来、生態学と分類学が融合した新しい多様性生物学を展開したいと思って意気込んでいる。生物多様性をより詳しく知るには、多様性を生み出した進化的背景や化学生態的な情報交換の実体も知る必要がある。そのため、DNAや生体化学物質を調べるためのアルコール漬け標本を作って専門家に送っている。このような努力が実を結び、将来はより総合的研究が進められる分野になるに違いない。

(写真=①④⑤橋本佳明、②栗林慧)

(はしもと・よしあき/姫路工業大学自然環境科学研究所, 兵庫県立人と自然の博物館系統分類研究部)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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