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レンズの向こうの生命の時間

山口進

生き物の時間で生きる写真家の、生命の糸をたどる地球大紀行……。


地面に這いつくばり、花の高さにカメラをかまえて、凝視する。どれくらい待っただろうか。ツチバチの仲間が飛んできた。ドラゴンへッドオーキッドの花にしばらく戯れ、満足げに飛んでいく。頭に黄色い花粉をつけて。僕は、何度も何度もシャッターを押す。

撮り終わって仰向けになると、春まっ盛りの青い空がひろがり、身体に満足感がわき上がってくる。「西オーストラリアにいるんだ」と自分の位置を実感するのはこの時だ。

この20年間、昆虫を中心に、生き物と生き物の関わり、あるいは生き物と環境の関わりをテーマに地球を見てきた。当然のことながら、場所によって見ることのできる種類が違うし、生き物どうしの関わり方もさまざまだ。

この果てしない地球大観光旅行のきっかけを作ったのは、生物学者だった父の話と蔵書だった。世界最大の花、砂漠の昆虫、巨大なカブトムシ……強烈な印象を残した不思議生物が、ぼくの心に住み着いた。一つのものを捜しに出かけた旅で、次の面白いものを発見する。一つの関係を観察していると、別の関係が見えてくる。この繰り返しが、いつのまにか抱えきれないほどの興味の対象を作り出した。少年時代の夢が、旅という時間によってあらたな夢に進化してきたという気がする。
 

(上)春一斉に咲く西オーストラリアのワイルドフラワー。多種多様な植物は、多種多様な生き物と関係をもち、地球上の生態系を維持する。

(下)オーストラリア西海岸で見られるピナクルズ。森林がそのまま化石化したもの。長い地史を実感する場所だ。

スマトラのラフレシアを撮影したあと、メキシコでチョウの大集団を見る……こんな生活をしていると、自分自身の時間の流れや存在に関する意識が薄れてくる。ある朝目覚めて、自分が今どこにいるのかわからないということもしばしば。自分と小さなハチとが、同じ存在であるような気がしてくることもある。虫たちと同じように、宇宙時間で過ごし宇宙空間に生きる、という習性が僕を支配しているらしいのだ。

生き物の渦の中に身をゆだねているなかで、「地球上の生き物がすべて何かの形でつながっている」という持論が出てきた。地球はまるで蹴鞠(けまり)の鞠のようにつながった生命の糸でぐるぐる巻きになっていると思えるのだ。最初はこれを単に共生と考えていたが、いつしか進化という概念が加わってきた。関わりという横の線を探るためには、時間という縦の線を見なくてはいけないということを生き物たちに教えられたのだ。

過去から現在まで、鞠の中心から巻き続けられた生命の糸をたどるぼくの地球大観光旅行は、永遠に終わりそうにない。それは自分の心をたどる楽しい旅でもあるのだ。

(左)ドラゴンヘッドオーキッドにツチバチの一種が訪れる。花はツチバチと同じフェロモンを出してハチを引きつける。

(右)花の一部をメスと間違えて連れて行こうとするツチバチのオス。その瞬間、花弁がひつくり返りハチの背に花粉がつく。

(左)スリッパー・オーキッド(メスと同じフェロモンを出してオスを誘う)をメスと間違えて交接しているハチのオス。この時、花粉がハチの腹部に付いて運ばれる。

(右)トリガープランツ。撃鉄のように動くおしべでハチの背中に花粉のパンチをくらわせる。蜜をけっしてむだにしない積極的な戦術。

地下に咲くアンダーグラウンドオーキッド。オーストラリアの生態学者との協同作業でようやく撮影にこぎつけた。アリが送粉者らしい。

オーストラリアの砂漠地帯に住むミツツボアリ。餌がとれない乾期に備え、働きアリは蜜を口移しで貯蔵アリに渡し、貯蔵アリはそれを嗉嚢(そのう)(社会胃)にため込む。提灯のように見えるのが、蜜で膨らんだ貯蔵アリの腹部。

ハイビジョン・シアター「乾燥の大地オーストラリア~ランの受粉戦略」
(山口進撮影。JT生命誌研究館制作)より

山口進(やまぐち・すすむ)

1948年三重県生まれ。昆虫写真家、自然ジャーナリスト。大分大学卒業後、システムエンジニアを経て、現在フリー。「共進化」をテーマに世界中の昆虫、植物などを取材。著書に『クロクサアリのひみつ』(アリス館)、『五麗蝶譜』(講談社)ほか多数。

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2025/1/18(土)

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