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Experiment

グリベットモンキーが辿ってきた道

嶋田誠

進化を考える時、時間的な把握はもちろんだが、空間的な把握を忘れてはならない。
グリベットモンキーを通して進化の実体を探る。


近年、遺伝子の配列の違いに基づく分子系統研究がさかんになったが、実際の生き物の集団の分岐と遺伝子の分岐のパターンが一致しない場合がある(下図)。そこで、アフリカ大陸で、現在ヒト以外の霊長類でもっとも広い分布域を占めるアフリカミドリザルの野生の繁殖集団を手がかりに、この問題に取り組んだ。繁殖集団の中での遺伝子の空間的・時間的流れを追うことで、野生での繁殖を進化の枠組みで捉えようという試みだ。

グリベットモンキーのオス。

遺伝子に変異が生じても、それが、すぐ集団の分岐につながるとは限らない。

調査地域はエチオピアの中央部。そこに生息するのはアフリカミドリザルの亜種、グリベットモンキーである。エチオピア中央部を流れるアワッシュ川とその延長線上に沿う形で約600kmの間の10地点に罠を仕掛け、9ヵ月かけて約20頭ずつを捕らえ、血液を採集した。

まず、空間的把握を行なった。通常、グリベットモンキーの群れは、20~100匹くらいの集団で行動している。その群れと群れの間で、30種類の血中タンパク質のタイプに注目し、それぞれのタイプが群れ内でどのような割合で見られるかを比較した。その結果、観察されるタイプとその割合は、どの地域の群れでも似ていた。これは地域が異なると異なったタイプが見られるニホンザルと対照的な結果である。ニホンザルはそれぞれの地域ごとにいくつかの群れで繁殖集団を構成し、繁殖集団内の比較的狭い範囲での交配が多いと考えられている。一方のグリベットモンキーは群れから群れにオス個体が頻繁に移動して、遺伝子の交換が広い範囲で行なわれているのだろう。

罠をしかけて、かかるのを待つ。

群れを大きく超えて繁殖するグリベットモンキー(概念図)。

ニホンザルは群れによって血中タンパク質のタイプが片寄っており、繁殖集団がいくつかに分かれていることがわかる。一方、グリベットモンキーはタイプが一様なので、一つの繁殖集団を構成していると考えられる。

次に、各々の群れの歴史を考察するために、ミトコンドリアDNA(mtDNA)を比較した。時間的な把握である。mtDNAは母系遺伝、つまり、代々母系に受け継がれていくことがわかっている。そのため、オスだけが群れ間を移動するグリベットモンキーでは別のmtDNAが群れの外から入ることなく母系に受け継がれるので、群れの歴史を調べるのに好都合である。

mtDNAの変異を調べると、大きく5グループに分類できたので、群れとの関係を見た。

個体を捕獲した場所と、mtDNA変異を照らし合わせたところ、変異のグループは、地理的にまとまった。つまり、mtDNAの変異は、調べた10地点にばらばらには分布せず、地図上でまとまったのだ。オスのデータを除くと局在の傾向が一層増した。

この結果から、この地域のグリベットモンキーの過去を次のように考えてみた。エチオピアの昔の気候は、一時期サルが生息できないような低温乾燥の時期があったことがわかっている。詳細は省くが、それらを総合すると、過去に一度、低温乾燥の時期に分布域が縮小して、互いに孤立した小集団になった。そこで、生き延びたいくつかの母系は、それぞれ別々にmtDNA変異を蓄積し、その後生息に適した気候に戻った時に、もう一度分布域を拡大して隣り合う集団と再び接触し、現在に至ったというストーリーが推測できる。

野生のグリベットモンキーが辿ってきた道は、過去の気候や生態も含めた自然界の進化の様子を教えてくれた。進化の研究は遺伝子だけ、生態だけ、形態だけではなく、それらすべてを総合して行なう時代になっているのだ。

mtDNAでグリベットモンキーの歴史が見える?

繁殖集団が複数あることから、過去に群れが孤立したことがわかる。また、(a)の?では、孤立していたものが分布域を拡大することで、現在は一つの繁殖集団になりつつあることがわかる。
(写真=嶋田誠、図=編集部)

(しまだ・まこと/京都大学霊長類研究所非常勤研究員)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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