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Special Story

揺れる藻(も)の世界

揺れる藻の世界 :井上勲

私たち人間を含む多細胞生物を産み出した真核細胞の誕生は、生命誌の中で、もっとも大きなできごとのひとつだった。十数億年前に起きたそのことを教えてくれる現存生物。
――今、藻がとても面白い。

真核生物の世界を見直してみると……

動物・植物・菌類は、真核生物の中ではほんの一部である。一方、藻類の系統は、一次共生で生まれた3系統、二次共生で生まれた6系統がある。二次共生で生まれた藻類は動物と植物くらい違うので、お互いに似ていないのは当然だ。
(藻類の写真は、「生命誌」通巻10号18ページに載っています。)

藻類(そうるい)とは

海でとれるコンブやノリ、池にいるミドリムシやミカズキモといった生物は皆、藻類という仲間に属する。藻類には、なじみのものも多いが、ほとんど知られていないものもたくさんいる。大きさも色も、じつにさまざまな生物の集まりだ。

藻類とは何かと尋ねられたら、どう答えればよいだろう。専門書には、「光合成(厳密には酸素発生型の光合成)を行なう生物から陸上植物を除いた多様な生物の総称」とある。大ざっぱな言い方をすると、「水の中にいて光合成をする生物」とでもいえるだろうか。

藻類には原核生物である藍藻(らんそう)や、原核緑色藻類も含まれているが、私たちは、多様な藻類の中で、真核藻類(真核=細胞内に核をもつということ)、それも、主に単細胞の真核藻類に注目して研究を進めている。そこから見えてきた真核細胞の新しい姿を、ここでは紹介したい。


藻類の葉緑体はどこから来たか

多様な藻類はどのようにして生まれたのだろう。比較のために、藻類と同じように光合成をする陸上植物を見てみよう。陸上植物には、コケ、シダ、裸子植物、被子植物などたくさんの種があるが、皆、緑色の藻類のグループから進化したことがわかっている。これは核のDNAや葉緑体の性質、電子顕微鏡レベルでの細胞の微細構造など、いくつものデータで示されている。つまり、陸上植物は、皆同じ祖先から生じた細胞でできているのだ。

では、真核藻類はどうだろう。陸上植物が緑色の藻類から進化したのと同じように、真核藻類も一つの生き物から進化したのだろうか。様々な藻類のDNA解析からは、核そのものはお互い似ていないという結果 が出た。ところが面白いことに、葉緑体のDNAは皆お互いによく似ており、しかも陸上植物のものとも似ていることがわかった。

葉緑体の起源は一つであって、核はバラバラ。これをどうやって説明すればよいのだろう。

 

同じ祖先から寄生虫も菌類も藻類も生まれる

二次共生で生まれた藻類には、葉緑体を取り込む以前の生物の仲間がいるはずである。調べていくと、いくつかの藻類は寄生虫や菌類に非常に近いことがわかった。近いものをまとめて、それぞれアルベオラータ、ユーグレノゾア、ストラメノパイルと名付けられた。個々の生物群は異なった栄養様式を包含しており、分類に重要な指標とされていた栄養様式さえも飛び越えることのできる真核細胞の柔軟性をみることができる。

 真核”藻類”を真核”細胞”が食べる

この謎はクリプト藻やクロララクニオン藻という藻類を調べることで解けてきた。

クリプト藻とクロララクニオン藻と言っても、なじみが薄いだろうが、専門家の間では、いくつかの変わった特徴を持っていることでよく知られている。たとえば、細胞の中を見ると、もう一つの細胞があるように見える。そして、その中に葉緑体と核のような構造がある。核のような構造の中には、真核細胞の核にあるようなDNAがあり、ヌクレオモルフ(核様体)と呼ばれている。注目すべきことは、葉緑体が「もう一つの細胞」の中にだけ存在し、その外側にはないということだ。

これらの事実は、クリプト藻とクロララクニオン藻の祖先は、葉緑体を持たない真核細胞であり、それが葉緑体をもつ藻類を細胞内に取り込んで、葉緑体を二次的に獲得し、現在のような状態になった、と考えるとうまく説明できる。ヌクレオモルフは取り込まれた藻類の核の名残なのだ。

このように、真核生物が別の真核生物を取り込んで共生させることを「二次共生」と呼ぶ。真核細胞の中にあるミトコンドリアや葉緑体は、もともとは独立していた原核細胞が取り込まれて共生したのだということはよく知られている。これを「一次共生」とし、真核細胞が真核細胞を取り込むのを「二次共生」と呼ぶわけだ。今述べた以外にも多くの藻類が、二次共生で葉緑体を獲得したことがわかっている。核のDNAが似ていなかったのは、取り込んだ側の細胞が多様な起源をもっているためだったのだ。

葉緑体を獲得した方法がわかることで、真核藻類の世界はさまざまな起源の細胞で構成されていることが明らかになった。だからこそ、真核藻類といってもじつにさまざまな形や構造をもっているのだ。

藻類という枠組みが消える?

真核藻類を整理すると、一次共生によって葉緑体を獲得した仲間3系統と、そのいずれかの藻類を取り込んだ二次共生で生まれた6系統になる。この多様性をみると、真核藻類は9つの異なる植物門として認識したほうがよいのではないかと思える。

動物、植物、菌類は肉眼で見えるので、ついそちらに目が向き、小さな藻の世界は簡単にひとまとめにされてきたが、そこにこそ多様な世界があったのだ。こうしてみると、逆に私たちの属する動物界は、多くのグループのうちの一部にすぎないともいえ、生物の見方が変わってくる(ページ上部、図参照)。

ところで、真核藻類の多くが二次共生によって葉緑体を獲得したのならば、それぞれに対応する、葉緑体をもたない生き物が存在するはずだ。つまり、食べた側の細胞の仲間がいるはずである。そう考えて藻類以外の生き物を調べてみると、ミドリムシに似ているグループ、黄色植物に似ているグループ、渦鞭毛藻に似ているグループという新たな3つの生物群が見えてくる。これらのグループには光合成をする藻類のほかに、捕食や寄生によって生活する原生動物や、分解・吸収によって生活する菌類という、異なる栄養様式の生き物が含まれている。つまり、「光合成をするのが植物で、捕食をするのが動物で、分解吸収は菌が行なう」と栄養様式によって分けてきた常識は成り立たないのである。

栄養様式の転換をも含めて、真核細胞は柔軟に変化し、数百万種ともいわれる現在の多様性を生み出してきた。その経緯が、藻類を通してかなりはっきりと見えてくる。多細胞への道を辿らなかった真核単細胞藻類は、細胞のもつ可能性や柔軟性をわれわれに教えてくれるじつに貴重な生き物なのだ。

(いのうえ・いさお/筑波大学生物科学系教授 )

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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