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Experiment

ジュウシマツの歌の〈文法〉

岡ノ谷一夫

どこでもみかける可愛い小鳥。その歌は意外にもかごの中で複雑化した。
かごの中で,一体どんなことが起こったのか。


ジュウシマツは,ペットとしておなじみのかわいらしい小鳥である。ペット屋さんで見かけたら,しばらく観察してみてほしい。オスはお気に入りのメスに向かって,からだ全体をむくむくにふくらませて,ぴょんぴょんとダンスをしながら歌いかける。その歌は,単純なようでいてなかなか奥が深く,驚いたことに〈文法〉まであることがわかってきた。

①ジュウシマツ(左)とコシジロキンパラ(右)の歌のソナグラム。ソナグラムは,横軸に時間を,縦軸に周波数をとって音声信号を視覚化したもの。ジュウシマツの歌のほうが,その祖先であるコシジロキンパラの歌より要素の種類が豊富で流れも複雑である。

ソナグラムで音の周波数の時間変化を見てみると,ジュウシマツの歌にはいろいろな要素が含まれ,複雑な流れをもっていることがわかる。そこで,歌の構成要素を分類し,形の似たものに同じアルファベットをつけ,録音した歌をアルファベット列で表現してみた。たとえば,図(③)の歌は
 dddefghidddefghidddefhiabcdddefghiabcdddefghidddefghidddef……
 という記号列で書き表わせるわけだ(図③のソナグラムはこの記号列のごく一部)。文字の並びを見ていただきたい。なんとなくあるかたまりが見えてこないだろうか。dddef,ghi,abcなどだ。これに注目し,それぞれのかたまりを,
 dddef→A ghi→B abc→Cと書き換えると,上の記号列は,
 ABABAhiCABCABABAとなる(hiが1つ残るが,このような「拾いもれ」はごくわずかだ)。

③ ジュウシマツの歌のソナグラム(1.6秒分)(上)と,この歌120秒分のデータにもとづく文法構造(下)。

このようにして記号列を作ってみると,このジュウシマツの歌に固有の構造が導ける。S0は歌う前の状態。歌いはじめは必ずAが現れ状態S1になる。S1からは必ずBが登場し,S2に移る。ここからはAが歌われS1に戻ることもあれば,Cが歌われS3に移ることもある。S3からは必ずAが歌われ,S1に戻る。このジュウシマツは常にこの規則に従って歌っているのだ。人間の言葉でいう〈文法〉が存在すると言ってもよかろう。

鷲尾絖一郎氏(飼い鳥研究家)によれば,ジュウシマツは,東南アジア一帯に分布するコシジロキンパラという野鳥を日本人が200年以上にわたって飼い慣らし,ペット化したものだそうだ。ところが,祖先であるコシジロキンパラの歌は単純で決まりきったパターンを繰り返すだけだ。

ジュウシマツの複雑な歌はどのようにして生まれてきたのだろう。私たちは,あるジュウシマツの歌を編集し,要素は同じだけれど,文法をもたない単純な歌と〈文法〉をもつ複雑な歌とを作った。これらをメスに聞かせた後で,彼女たちが卵を産む時期を比べ,歌の効果を知ろうとしたのだ。興味深いことに,〈文法〉をもつ歌を聞いたグループのほうが産卵が早いことがわかった。

野生の小鳥たちには悠長に歌など歌っていられない事情がある。餌をとる時間が減るし,敵にも見つけられやすい。だが,かごの中のジュウシマツには時間はたっぷりある。あれこれ歌っているうちに,だんだん複雑になり,そのほうがメスに好かれ,子孫を残す確率が高いという事態になった。こうして複雑な歌を歌う個体が選択されたのではなかろうか。私はそう考えている。

ところで,〈文法〉は歌い手であるオスの脳の中でどう構成されているのか。次に生まれる疑問だ。大脳に電極を入れて調べたところ,歌の要素が特定の配列で並んだ時にだけ反応する神経細胞がHVcと呼ばれる部位にあることがわかった。また,HVcの下位にあるRAという部位には,歌の個々の要素に反応する神経細胞があることもわかってきた。一方,HVcの上位にあるNifという部位を壊すと,歌が単純になることが明らかになった。たとえば図の場合,S2からはS1またはS3に移るのだが,Nifを壊すと,このうちの一方にしか移らなくなる。このように,歌の〈文法〉の階層構造がジュウシマツの大脳に解剖学的な階層構造として存在しているという面白いことになってきた。

ジュウシマツのオスの脳にある歌の制御回路。は歌を直接制御するのに必要な神経核(神経細胞の集まっているところ)。他にも,歌の学習に必要な神経核()なども明らかになってきている。

動物の行動は進化の産物であり,行動は脳に制御されている。したがって,行動の研究には,脳科学と進化学両者の視点が不可欠である。コシジロキンパラから始まったジュウシマツの歌が複雑化を遂げるのに,たった200年程度しか要していない。したがって,二つの鳥の間にある神経レベルの違いはきわめて小さいはずである。その差が直接行動(歌)の違いに結びついているだろうという私たちの推測が正しければ,この系は,「階層的な規則をもった複雑な行動がどのように進化し,その裏にどのような脳の変化があるのか」という疑問の解明に適していると言える。このような研究から,ヒトの言語の起源に迫る手がかりが得られるのではないかと思い,研究を進めている。
 

(おかのや・かずお/千葉大学文学部行動科学科助教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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