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ミルテの花
娘が誕生する前から、名前は「桜子」か「みるて」とつけようと思っていた。4月生まれだから桜。私がいづみこだから、桜子。
みるてのほうは、中学時代、童話を書いていたときの主人公の名前である。北ヨーロッパの詩人たちの南へのあこがれを象徴した花。シューマンの妙なる歌曲集『ミルテの花』。ゲーテが『ミニヨン』の詩で「ミルテは静かに」と歌い、アンデルセンの『即興詩人』では、盲目の少女ララが、パエストゥムの神殿のミルテの潅木の間に座っていた。匂いやかな白い花は、花嫁さんのヴェールを飾るリースになる。桃金嬢とも書く。別名天人花(てんにんか)。
生まれた赤ん坊を見たら、桜子よりみるてのほうが似合いそうな雰囲気があった。役所に届けにいくと、乱雑に書いた私の字を見て、係の人が「はい、お子さんのお名前はみるこさんですね」と言ったので、あわてて訂正した。
銀梅花とも呼ばれる。
Wikimedia Commonsより。
主人の姉が園芸の専門家で、誕生祝いにミルテの鉢をプレゼントしてくれた。それから13年。娘は童話を書いていたころの私の年齢になり、庭にうつしたミルテは、ぐんぐんのびて娘の背丈をはるかに超え、申しわけなさそうに、枝先を少し下に向けている。
娘はミルテの精ではないが、少し共感覚があるらしく、花のついた枝を折りとろうとすると、あたかもわが身が傷つけられるかのように身ぶるいする。
最近、庭先のミルテに妹ができた。小さな鉢植えの斑入りのミルテは、まだらな葉の色の薄い部分が陽の光を受けて黄金色に輝く。このミルテが潅木になるころ、甘いかおりの白い花が娘のヴェールを飾るのだろうか?
(あおやぎ・いづみこ/ピアニスト)