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Experiment

植物の器官を分ける遺伝子

相田光宏

双葉のはずが、丸いカップのようだった。
そんな芽生えをするシロイヌナズナの変異体の研究から、植物の形づくりの新しい一面が見えてきた。
盛り上がる力と抑える力の絶妙のバランス・・・。


小学校の授業で育てたアサガオを思い出してほしい。1粒の種から芽生えた幼植物は小さくて形も単純だが、成長すると、たくさんの葉ときれいな花をつけた大きな植物体になる。アサガオの芽生えは、上から順に子葉、胚軸、幼根のたった3つの部分しかない。2枚の子葉の間と幼根にはそれぞれ活発な分裂をする細胞の集団からなる特別な分裂組織がある。子葉と子葉の間にある分裂組織からは葉や茎、花など地上部の器官が、幼根にある分裂組織からは根の組織が次々とつくられる。こうして植物は上下方向に成長し、大きくなっていく。一生を通じて新しい器官をつくり続ける植物の発生・成長は、我々人間を含む動物の場合と大きく異なっており、植物の大事な特徴となっている。その鍵を握っているのが、芽生えの両端にある分裂組織なのだ。つまり小さな芽生えに、植物のほとんど無限ともいえる成長の可能性が秘められているといえる。
 

cuc 変異体の芽生え。

 2枚の子葉がくっついてカップ状になっている。

では芽生えの形はどのようにつくられるのだろう。

我々は正常な形の芽生えができないシロイヌナズナの変異体の性質を調べることで、芽生えを形づくる遺伝的メカニズムを解き明かそうとしている。

シロイヌナズナの芽生えももちろん2枚の子葉をもち、その間に分裂組織がある。ところが、cup-shaped cotyledonという変異体は、2枚の子葉の縁どうしがくっついてカップ状の子葉をもった芽生えができ、その後は地上部の器官を一切つくらずに枯れてしまう。この変異体の芽生えには地上部をつくる分裂組織がないのだ。このような芽生えの異常はCUC1・CUC2 と名付けられた2つの遺伝子の両方に変異がある場合に起こることがわかった。片方だけの変異ではほぼ正常な芽生えになる。つまり、この2つの遺伝子のはたらきは重複していて、一方に異常が生じてももう一方がはたらいていれば正常な芽生えができるのだ。

なぜ子葉が融合するのだろうか。

芽生えの形づくり(胚発生)は種の中で進む。雌しべの中の卵細胞と花粉の中の精核が受精してできた受精卵は、細胞分裂を繰り返して球状の未分化な細胞のかたまり(球状胚)をつくる。やがてその上部2ヵ所で細胞分裂が特に活発になり、将来子葉になる細胞集団(子葉原基)が盛り上がる。この部分では、その後も活発な分裂が続いて全体が伸長し、子葉ができる。

 cuc 変異体の場合、球状胚まではまったく正常に発生してくるが、その後盛り上がってきた子葉原基は2つに分かれておらず、リング状につながっていた。つまり、本来盛り上がってこないはずの2つの子葉原基の間の領域が一緒に盛り上がってしまったのだ。こうして芽生えの時にはカップ状の子葉になってしまう。2つの子葉がきちんと分かれるためには、原基の間の盛り上がりが抑えられることが必要であり、これにCUC1・CUC2 遺伝子が関係しているらしい。

このように、CUC1・CUC2 遺伝子は胚発生において子葉を分けるのに重要な役割をすることがわかった。
 

上段:野生型、下段:cuc 変異体。ともに左から、芽生え・がく片・おしべ。
(イラスト=相田光宏)

シロイヌナズナ野生型とcuc 変異体の芽生えの形づくり

ところで、これらの遺伝子は胚発生の後も植物の形づくりに関係しているのだろうか。それを知るためにはcuc 変異体の葉や花などを調べればよいのだが、困ったことにこの変異体の芽生えは地上部をつくる分裂組織を持たないので、そのまま地上部の発生が止まってしまう。そこで、ちょっとした工夫をした。

植物細胞の場合、特殊な培養条件下におくと、いったん分化した細胞からでも分裂組織を人為的に誘導することができ、そこから完全な植物体を再生することもできる。この性質を利用して、地上部の成長が止まってしまうcuc 変異体の芽生えから植物体の再生を試みたところ、うまくいった。こうして得られた植物体を調べてみると、葉や茎は正常だったが、花の器官に異常が見られた。正常なシロイヌナズナの花では4枚のがく片、4枚の花びら、6本の雄しべがそれぞれ分かれている。ところが、驚いたことにcuc 変異体の花ではがく片どうし、雄しべどうしがくっついていた。CUC1・CUC2 遺伝子は子葉だけでなく、がく片や雄しべを一つ一つに分けることにも関係していたのだ。

花の各器官も花芽の先端の分裂組織から生じる。この場合も分裂組織の特定の領域で細胞分裂が活発になり、がく片や花びらや雄しべの原基が一つ一つ分かれた状態で盛り上がる。そしてそれらが成長して各器官がつくられるのだから、それぞれの器官原基の間は盛り上がらないように抑えておかないと器官がくっついてしまう。子葉も花の各器官も、その原基が同心円状にできてくる。

シロイヌナズナではこれらの器官のうち雌しべ以外(雌しべは2枚の心皮がくっついてできている)すべてが分かれている。そこで、器官を分けるメカニズムが雌しべ以外の各同心円ではたらいていて、雌しべのできる同心円でははたらいていないと考えると、シロイヌナズナの花の形をうまく説明できる。CUC1・CUC2 遺伝子は子葉、がく片、雄しべの各同心円ではたらき、花びらを分けるのにはたらく遺伝子は別にあるのではないかと考えればよい。

様々な花の中にはがく片や雄しべが筒状に合着したものがある。また、合弁花と呼ばれる、花びらが筒状に合着した花もある。器官を分けていくメカニズムは、多様な形をつくり出し、花に個性を与えている重要な要素の一つに違いない。現在、CUC 遺伝子のはたらきを分子レベルで解折中である。

① 野生型のおしべの電子顕微鏡写真。がく片と花びらはとってある。
cuc 変異体のおしべ。おしべどうしがくっついている。
cuc 変異体の花。がく片どうしがくっついている。
(写真=すべて相田光宏。Plant Cell Vol. 9, No. 6より)

 

(あいだ・みつひろ/京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程在籍)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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