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新型コロナウイルスについて吉田顧問が執筆しました

感染防御でわかってきたこと ――どうしたらコロナ禍を終息できるか――

 JT生命誌研究館 吉田賢右
 

要旨


実用的で効果のある、①ワクチン、②治療薬、③感染防御法、のどれか一つでも開発され完全に実施されればコロナ禍の終息の道がひらける(科学の勝利)。言い換えると、「科学の勝利」がない限り、コロナ禍の終息はないだろう。現在は、感染をできるだけおさえながら、科学の勝利までの時間稼ぎをしている。

ウイルスの正体や挙動の解明とともにワクチンと治療薬については世界で爆発的ともいえる研究努力が払われていて早期の開発を期待してよい状況になってきた。それにくらべると、感染防御の研究と実践は手薄である。それでも、いままでに起きたクラスター感染の分析などから、どんな状況で感染がおきるかわかってきたが、その教訓は社会に的確にフィードバックされていない。

感染防御について、論文を参照しつつ、考察し、いくつかの結論を得た。
  1. 感染が起きているのは、飲み、食い、しゃべる、歌う、激しく動く、咳・くしゃみ、で発生する唾・痰の大きな飛沫(あるいはそれが半乾きになった飛沫核)が飛び交う屋内の環境である。
  2. 空気感染(煙のような極微粒子による感染)も接触感染も、実はほとんど起きていないだろう。
  3. 呼吸では飛沫はとばない。感染者が隣にいても、静かに呼吸している限り、感染は起きないだろう。
  4. 屋外での感染例は、非常に少ない。
  5. 新型コロナウイルスに触れる前からこれに免疫を持つ人は、いるとしてもわずかである。そういう人が人口の何割か存在していると期待する集団免疫策は成立しない。
  6. マスクは、感染防御に有効である。呼気だけでなく吸気でも有効である可能性がある。
  7. 無症状感染者の特定と隔離のために、簡単迅速安価セルフの検査法の開発が求められる。

本文

A. どんな機会に感染するか


1.屋内で、複数で、飲み、食い、しゃべる、歌う、激しく動く、唾が飛ぶ、その時に感染する


第1波の間(1月15日- 4月4日)の日本国内の感染のクラスター発生61件の分析の結果、つぎのことがわかった(文献1)。
  
  • クラスターの半数は、感染者が集中する病院、マスクのできない老人など、どうしても至近距離で唾が飛びやすい介護施設などで発生。そういうところでは、市中の感染が進んでから発生している。
  • 約3分の1のクラスターは、レストラン、バー、カラオケ、合唱団、運動ジムで発生
  • 職場でのクラスター発生は全体の13%。おそらくマスクなしの会話や飲食などの時間があったのだろう
  • 交通機関内の発生は飲食の機会のある航空機内の1件だけ。
  • ちなみに、感染源がわかった例(22件)では、本人も感染に気が付かない発症前(-3, -2, -1, 0 日)の陽性者がほとんど。

クラスターの発生がなかった場所や機会にも注目する必要がある。

電車やバスなどでのクラスター発生は1件もない。東京など大都市圏では通勤等で毎日何百万人もの人が車両の中で30分から1時間も密集しているにもかかわらず、クラスターの発生の報告がまったくないのは驚くべきことである。通勤電車内の感染は感染経路不明としてクラスターとして報告されていないこともありうるが、それにしても毎日の通勤列車という膨大な密集機会にもかかわらず1件も報告がないことは注目すべきことである。

スーパーマーケットや一般商店の客と従業員の感染の報告もない。

屋外でのクラスター発生は1件もない。これは中国のクラスター分析でも同じ(318件のクラスターのうち屋外は1件だけ)(2)。

要するに、単に密集しただけでは(唾が飛びかうことがなければ)クラスター感染は発生していない。

世界のクラスター発生も同じ傾向を示している(3)。
  

2.空気(エアロゾル)感染の確認例はない。


空気感染(=エアロゾル感染、エアロゾルとは1000分の5ミリ以下の小さい粒子でタバコの煙のように長時間空気中に浮遊する)が起きた、という確かな例の報告は今までにない。たとえば、感染者が出ていってだれもいなくなった部屋(あるいはエレベーター)に誰かが入って来てその誰かが感染した、などという確認例がない。空気感染の可能性が低いのは、エアロゾル粒子にはウイルス粒子はほとんど含まれていない、という下記の計算からも示唆される。

ヒトは普通に呼吸しているだけならほとんど飛沫もエアロゾルも吐き出さないが、声だかにしゃべると1分間に1万個程度のエアロゾル唾粒子を吐き出す(4)。1000分の5 ミリのエアロゾル唾粒子の体積は約10-10 ml, 唾に含まれるウイルスの濃度は多くても108 /ml, するとウイルスを含んでいるエアロゾル唾粒子は100個に1つである。

感染に必要な最少のウイルス粒子の数(minimum dose)はまだ知られていない(大事なことなのに研究は手薄である)。かりに前に流行したSARS1ウイルスと同じとすると(数百)、数万個のエアロゾル唾粒子を吸い込まないと感染しない。感染者の吐き出す1分間に1万個のエアロゾル唾粒子の1/10を吸い込んでも、数万個を吸い込むには数十分かかる。実験で検証が必要だが、この計算の限りでは空気感染はありえない。

さらに、エアロゾル唾粒子はすぐに乾燥する。インクジェットプリンターと同じである。完全に乾燥すれば、ウイルスは死んで(感染性を失う)しまうだろう(これも実験で確認されていないが)。

唾粒子の飛散のようすをスーパーコンピューターで計算した動画は印象的であるが、ミスーリーディングである。細かい粒子がまるで煙のように遠くまで広がり、大変な脅威を感じるが、上記のように細かい粒子にはほとんどウイルス粒子は含まれていないはずである。

 

3.感染は、唾の飛沫、飛沫核による


ほとんどの感染は唾・痰の大きい飛沫、あるいは飛沫核を吸い込むことで説明がつく。

大きな飛沫による感染
しゃべる時に口から出る唾の粒子のほとんどはエアロゾルである。しかし、数はごく少ないが、ウイルスをたっぷり含んだ大きい飛沫粒子も発生する。感染者が大声や早口でしゃべり、あるいはくしゃみをしたときに撒き散らす唾や痰のしぶき(目に見えるような飛沫粒子)を直接吸い込めば簡単に感染するだろう。しかし、そのような飛沫粒子はすぐに地面に落下してしまうので、感染者と顔をくっつけるように接近して会話する場合に限って感染は起きるだろう。

飛沫核による感染
目に見えるか見えないかの中間的な大きさの飛沫粒子が問題である。それらは、空中に放出されると急速に大部分の水分を失い、ウイルスを含む不揮発性の成分が濃縮されて飛沫核粒子として残る。例えば 0.1ミリの飛沫(体積は10-6 ml, 約100 個のウイルスを含む)が95%の水分を失って約0.03 ミリの粒子となれば少しの間だが空中をただようだろう(5)。そうすると、少し離れた人にも感染する機会が生じる。飛沫核の半乾きのゲルの中のウイルスは、元の水溶液の中のウイルスよりも感染効率がいいことが知られている(マウスの鼻の中にぬりつける実験がある)。実際に起きている感染のほとんどは、多数のウイルスを含んでいて空気中にちょっとの間ただよう飛沫核による感染である可能性がある。湿度が低いと唾飛沫は早く乾き、飛沫核が多くできるので感染性は大きくなるだろう。実際にそういう報告がある。湿度が低いと唾飛沫は早く乾き、飛沫核が多くできるので感染性は大きくなるだろう。実際にそういう報告がある。

 

4.接触感染(ドアのノブなど器物を介した感染)の確認例はない。


インフルエンザでは、感染者の泊まったホテルの部屋を掃除した雑巾で他のいくつかの部屋も掃除したらその部屋の宿泊者たちが感染した、という例があるそうだ。私の知る限り、新型コロナの場合にはそのような明らかな接触感染の報告は今までにない。

金属表面などで感染性の新型コロナウイルスが長時間(3-7 時間)生き残る、という報告があり、ウイルスの恐ろしさを示すものとしてしばしば紹介される(6)。しかし、その実験では金属などの表面に塗り付けた濃いウイルス液(0.05ml)を1mlの液でよく洗浄して回収している。手指→器物→手指へとウイルスが移るとする接触感染では、こんな念入りの回収は起こるはずがない。また、この論文では生体ではなく培養細胞を使って感染性を評価している。それは人への感染性よりもおそらくけた違いに効率が良い(ファージと大腸菌ではminimum dose = 1)ので、実際の接触感染を反映していない。

手に塗った蛍光色素が何かに触れるたび移ってゆく例が良く示されるが、これも間違った印象を与える悪い例示である。ドアノブなどに手指から付着するウイルス粒子の数は、蛍光色素の分子の数と比べたら、それこそ何千万分の1以下だろう。

もう一つ、たとえウイルスが手指についたとしても、感染は非常に起こりにくい。指をなめればウイルスは胃に下るが、消化管からの感染は報告がない。指で鼻の穴の(粘膜ではない)入口に触っても感染は起きない。感染は鼻の奥(PCR検査で鼻の奥に突っ込む綿棒の届く位置)で起こる。

要するに、新型コロナについては、手洗い、器物の消毒は感染防御にあまり役立っていない。神経質になってこれに多くの努力を注いでも感染防御はできない。  

 

5.無症状、軽症の潜在感染者が多い。


新規感染者として確認された人は、隔離されるのでもう他人を感染させることはない。もし、社会の新規感染者が残らずすべて特定されて隔離されれば、数日のうちに社会全体の新規感染者はゼロになる。ではなぜ毎日毎日新規感染が起きているのか。検査を受けていない、終始無症状の感染者あるいは発症1,2日前の無症状感染者が社会に多数存在し、動き回っているからである。

ランダムな抗体検査から、市中の隠れた無症状あるいは軽症感染者数は検査で陽性と判明した感染者よりもずっと多いと推測されている。軽症のまま入院して退院した感染者が入院後1週間ほど活発にウイルスを排出していたことは確認されている(7)。イタリーのVo’という自治体の全人口(3275人)の7-8割の人を、2週間のロックダウンの前後の2回PCR検査したところ、陽性者の43%はずっと無症状だった。その無症状の人も有症者と同じくらいのウイルスを生産しているので感染源となる(8)。また、武漢では、感染者の87%は無症状のままだった(したがって蔓延している時は陽性者として捕捉されなかった)(9)。無症状感染者が87%もいると、新規に陽性と診断される有症感染者がゼロの日が2週間つづいたのでもう終息したと思ってロックアウトを解除すると、32%の確率で第2波が襲ってくる。

 

B.どんな施策が有効だったか

  

1.マスクの感染防御効果は大きい


以前、多くの感染症学者やWHOは、マスクはあまり効果がない、と言っていた。これは、エアロゾルはマスクの網目よりも小さく簡単に通過するはずだという思い込みである。しかし、マスクを通過するさいに小さな唾の粒子はブラウン運動(1/1000ミリの粒子は0.1秒で2/1000ミリの範囲を動く)と空気の乱流でマスクの繊維にぶつかる。ぶつかったところで、飛沫、飛沫核、エアロゾルはマスクの繊維に吸着されると考えられる。確かに、コロナウイルスについては、網目よりもずっと小さいエアロゾルまでマスクで阻止できるという実験がある(10)。普通、マスクは感染している者が吐く息の唾粒子をブロックするので感染防止に役立つと言われる。しかし、吸着であれば、マスクは感染者の呼気だけでなく非感染者の吸気でも有効に働くはずである。

吸着のよいマスクの開発
吸着はマスク繊維の物理的化学的な性質に大きく依存する。静電的吸着とすれば、荷電した繊維によるマスク、あるいは飛沫中の水による吸着(毛管現象など)ならば親水性で細い繊維によるマスク、分子間力ならそれに適した繊維、など、新型コロナに適した高機能マスクを開発できる可能性がある。誰か、研究して開発してほしい。



2.都市封鎖や外出自粛(制限)は、それだけでは効果は限定的だったらしい。


都市封鎖や外出自粛によって新規感染者の急速な(2倍、4倍、8倍と増える)増加はとまるが、そのまま高止まりで、減少しなかった。マスク着用で初めて減少にむかった(イタリアとニューヨーク市の例、文献11)。ドイツでも、都市封鎖や外出自粛では新規感染者は減らず、生活の維持にどうしても必要な食料品店などを除く一般商店の義務的休店と少人数の集まりも禁止することによって初めて減少にむかったと推測された(12)。人の動きを抑えるだけでなく、お互いの唾が飛ぶ状況を最少にすることが有効だったのだと思われる。



3.集団免疫は難しい。


集団免疫策とは、感染が広がり免疫を持つ既感染者が増えていって、ウイルスが感染できる残りの人口が減りつづけ、最後にはウイルスが生きている(感染性を持っている)期間に次の感染者を見つけることができずに消滅する、ことを期待する政策である。新型コロナについては、人口の数十%(数字は計算の前提によって異なるが少なくとも40%と言っていいだろう)が感染してしまえば、集団免疫が成立すると言われている。しかし、第1波の感染の程度では、集団免疫の成立にはほど遠いことがわかった。集団免疫を政策としていると言われているスウェーデンのストックホルムでも、既感染者(抗体陽性者)は人口の7%(5.22現在)である。日本(東京)は0.1-0.5%くらい。フランス0.7%、ドイツ0.85%、スペイン5.5%、英国5.1%など。そうすると、集団免疫が成立するまでに今の10倍以上の死者がでることを覚悟しなければならない。単純な計算でも、集団免疫の成立は困難である。日本では5千万人ほどが感染すると集団免疫が成立すると仮定する。5千万人が短期に爆発的感染すれば、医療は完全に崩壊し病院に行くこともできず数百万人が死亡する。では、新規感染を1日5千人に抑えたとすると、今度は感染者が5千万人に到達するのに1万日(27年)かかる。

集団免疫に関しては何人かの専門家は楽観的である。理由は、もともと新型コロナに感染しない抵抗性の人が相当たくさんいるからそれも集団免疫に必要な人口に含めれば、もっと少ない感染者数で集団免疫が成立する、というのである。抵抗性の由縁は、自然免疫(感染経験の有無にかかわりなく初めから備わっている免疫システム)で新型コロナウイルスを撃退できる人々がいる、今年初めの流行初期には実は弱毒性新コロナというものがいてこれに知らぬ間に感染している人が多くその免疫記憶を持っていて感染抵抗性の人々がいる、普通の風邪のコロナウイルスの免疫記憶で新コロナの感染を防いでいる人たちがいる、などである。いづれも可能性としてはありうるが(13)、これを支持するデータがない。

一方、はじめから抵抗性のある人がいるにしてもごく少数である、という強力なデータがある。たとえば、米国の教会コーラス団で61名中53人(87%)が感染(14)、フランスの介護施設で109人中86人(79%)が感染、アムステルダムの教会コーラス団で130人中102人が感染(78%)など(3)。日本ではその場にいた集団のほとんどが感染したクラスターの確認例の報告はなかった。しかし、最近の第3波の感染では、いくつかの例が報告されている。飲食店の72人のクラスター感染、養護施設の100人以上のクラスター感染、7人の着席会食で感染源からもっとも遠い席の1人を除いて6人が感染、同じく6人の会食で5人が感染など。日本でも、初めから新型コロナに免疫を持っている人はほとんどいない、と言っていいだろう。



4.学級閉鎖それ自体の効果はあまりないようだ(19)。


感染のピークの到来を遅らせる効果はあるという(中国武漢の経験、文献15)。  
 


5.皮膚の体温検査と質問だけの空港のチェックはほとんど役立たなかった


中国→米国 4.6万人しらべて感染者発見は1人、イタリア→中国 8人の感染者を見逃し(16)。  



6.人によって警戒心(したがって感染防御行動)が違う。


過剰はまだいいが、警戒心がたらない(あるいは感染は仕方ないと思っている)人々が問題となる。日本人の20%が感染防御に消極的(若い外交的な男が多い)という報告がある (17)。 第2波、第3波の感染も、唾がさかんに飛びかう環境(夜の接待店)にどうしても行ってしまう人たちの制御に失敗しているうちに、市中に地方に感染が広がってしまった。人口の1割でも感染防御行動をとらなかったら、感染は止まることがないだろう。実はこれが最大の問題かもしれない。行政的な規制あるいはそれと同等の効果のある施策が必要である。

 

C.ロックダウンなしの感染制御は可能か


第1波の時は、ロックダウンによって、全国で1日の新規感染者が14人というところまで感染を押さえ込んだ。現在はそれが2000人を超えている。第1波の時のような厳しいロックダウンをやれば鎮静化するのは明らかであるが、やろう、とは誰も言わない。その理由は、第1波の時のロックダウンによる社会経済の甚大なダメージの経験、医療崩壊が起きる前になんとかなるのではないかという期待、重症化し死亡するのは年寄りだけであるという若者や壮年のひそかな安心、などからである。しかし、ロックダウンなしに感染抑制はできるのだろうか。 以下のように、検査の劇的な拡大、唾のとびかう環境の強力な管理、および防御マナーの順守で、通常に近い社会経済生活を営みながら、感染を(ゼロにはできないが)抑制することはできるのではないか。



1.感染者の特定と隔離の劇的な広範化


日本の行政は無症状感染者の特定に取り組むことはなかったし、今でも非常に不熱心である(厚労省「検査体制の基本的な考え戦略」2020.10.29)。これを改めて、広範に検査を行い、無症状感染者を検出し、感染源とならないように隔離する(必ずしも入院でなく、自宅隔離・経過監視でいい)必要がある。

PCR検査の信頼性;現在の政府系の感染症対策の人たちと一部の専門家は、PCR検査を広く行うことに対して一貫して不熱心だった。その理由については、「厚生省の医系技官、感染症研究所などが感染症コミュニテイーをつくっていて、検査を広範にすればするほど偽陽性者が増えるからあまり意味がない。これがコミュニテイーの常識となっていて理屈とか数字で補強されている」(小林慶一郎(経済学者)、7月23日テレビ朝日で、新型コロナウイルス対策分科会のメンバーに加わった感想)。しかし、島根県の例(734人のPCR検査、真陽性者1名のみ陽性の結果)が示すように、偽陽性は全くと言っていいほど無い。他の国でも、偽陽性はほとんど問題になっていない(中国では、偽陽性は10万人の検査で3人だけだったという)。偽陽性を理由に広範なPCR検査の実施をしぶるのは、日本だけである。

厚労省は偽陰性(本当は感染しているのに「感染なし」の結果がでるケース)も問題としている。無症状感染者が、自分は非感染者と思い込み周りに感染を広げるだろう、というのである。しかし、偽陰性の原因は、感染直後でまだウイルスが繁殖していないか、検査試料の採取の失敗か、である。前者は、排出ウイルスもごく少ないので他者に感染させる危険性は少ないし、後者は再検査をすればいい。そもそも検査なしでも、どっちみち無症状感染者は自分は非感染者と思って、動き回るのである。



2.簡単、迅速、安価、セルフの検査の開発


PCR検査は正確だが、専門家による検査、専用の機器が必要、遅い、高価、である点で広範な検査にあまり向いていないのは事実である。簡単、迅速、安価な検査が望まれる。それには、唾液に含まれるウイルスタンパク質を抗原として検出する反応が向いている。すでに15分あるいは30分で結果が分かり確定診断に使える抗原検査が実用化されている(ただし1回の検査が6000円で高い)。抗原抗体反応の検出感度をさらにあげるとともに、妊娠検査薬(1回~400円、数分で結果が目視でわかる)なみに、もっと安価で、自分でできる抗原検査が開発されれば感染制御は劇的に改善されるだろう。これができれば、だれでもどこでも何度でも自分で検査できる。新コロナウイルスが社会のどこに潜んでいるか、ほとんどリアルタイムでわかる。



3. どうしても唾がとぶ環境の強力な管理


飲食業や接待業、宿泊業、介護施設などの一連の感染防御の強化(立食禁止、座席の一人一人の透明間仕切り、マスクなしの店内歩きの禁止、大声や唱歌の禁止、換気、など)。感染が生じた場合の追跡と封じ込めのために、客の氏名と連絡先の記帳を義務付ける(宿屋の宿帳と同じ)。などなど。



4.唾・痰飛沫の飛ばない環境の注意深い自由化


マスク着用など適当な対策をとったうえで、大学や小中高校は普通どおり開校する(講義中は学生同士の会話を禁止すれば席を離す必要はない)。外出・旅行は自由、都市の閉鎖なし、一般店舗への休業要請なし。飲食や大声を禁止したうえで、スポーツ大会などの屋外の集会は自由とする。



5.完全終息には科学の勝利が必要


上記のような政策によって感染を低いレベルに押さえ込むことはできるだろう。しかし、新コロナ禍を終息させることはできないだろう。感染防御に不熱心な人はかならずいるし、ふだんは感染防御の方策をしている人でも油断する機会はだれでもありうるからである(17、20)。社会(世界)全体の動きを完全に止める封鎖を1ヶ月やれば、あるいは犠牲を顧みず集団免疫策を採用すれば、コロナ禍は終息するだろう。しかし、それは採用不可能である(18)。終息は、科学の勝利にかかっている。私は、特に、簡単、迅速、安価、自分でできる検査法の開発の重要性を訴えたい。 

 

文献

  • 1.Furuse et al., Clusters of Coronavirus Disease in Communities, Japan, January–April 2020. https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/26/9/20-2272_article
  • 2. Kai Kupferschmidt, Case clustering emerges as key pandemic puzzle. Science, May 22, 2020, 368, 808-809 DOI: 10.1126/science.368.6493.808
  • 3. Q. J. Leclerc et al., What settings have been linked to SARS-CoV-2 transmission clusters? Welcome Open Research 2020, 5:83 Last updated: 15 JUL 2020; Helen Thompson. June 18, 2020 at 9:00 am. Science News; https://www.sciencenews.org/article/coronavirus-covid-19-case-clusters-lessons- warnings-reopening
  • 4. S. Asadi, et al., Aerosol emission and superemission during human speech increase with voice loudness. Scientific Reports (2019) 9:2348 https://doi.org/10.1038/s41598-019-38808-z
  • 5. V. Stadnytskyi et al., The airborne lifetime of small speech droplets and their potential importance in SARS-CoV-2 transmission. PNAS, 117, 11785, June 2, 2020
  • 6. N. van Doremalen et al., Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1. N Engl J Med, June 22, (2020) 382, 16
  • 7. R Wolfel, et al., Virological assessment of hospitalized patients with COVID-2019, Nature, May 28 (2020) 581, 465-469
  • 8. E. Lavezzo, et al., Suppression of a SARS-CoV-2 outbreak in the Italian municipality of Vo’ Nature 20 Aug 2020, 584, 425-429
  • 9. H. Xingjie, et al., Reconstruction of the full transmission dynamics of COVID-19 in Wuhan. Nature, 20 Aug 2020, 584, 421-424
  • 10. N. H. L. Leung et al., Respiratory virus shedding in exhaled breath and efficacy of face masks. Nature Medicine 26, 676–680, 2020
  • 11. R. Zhang et al., Identifying airborne transmission as the dominant route for the spread of COVID-19. PNAS June 11 (2020) https://www.pnas.org/content/early/2020/06/10/2009637117
  • 12. J. Dehning et al., Inferring change points in the spread of COVID-19 reveals the effectiveness of interventions. Science, July 10 (2020) 369, 160
  • 13. A. Grifoni et al., Targets of T Cell Responses to SARS-CoV-2 Coronavirus in Humans with COVID-19 Disease and Unexposed Individuals. Cell, June 25 2020, 181, 1489–1501
  • 14. K. Kupferschmidt et al., Case clustering emerges as key pandemic puzzle. Science, May 22, 2020 : 808-809
  • 15. K. A. Prather et al., Reducing transmission of SARS-CoV-2. Science, 26 June 2020, 368, 1422-1424; DOI: 10.1126/science.abc6197
  • 16. D. Normile et al., Airport screening is largely futile, research shows. Science, 13 Mar 2020: 367, 1177-1178  DOI: 10.1126/science.367.6483.1177
  • 17. K. Muto et al., Japanese citizens' behavioral changes and preparedness against COVID-19: An online survey during the early phase of the pandemic. Pros One, 11 June 2020 https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0234292
  • 18. 17世紀のペスト流行の時に、イギリスのイーム村の牧師モンパッソンはペストが村に入り込んだ時に(村人が村から逃げ出してよその村に感染を広げることがないように)村の完全封鎖を村人たちに説得し、数ヵ月の外界からの完全遮断の後、ペストはよそに感染を広げることなく終息した、しかしその時までに村人の40%はペストで亡くなっていた。
  • 19. D. Lewis, why schools are probably not COVID hotspots. Nature, 5 Nov 2020, 582, 17 参照
  • 20. 米国のイリノイ大学(Urbana Chanpaign)では1500万ドル(20億円)をかけて、全学生全職員6万人に義務的にPCR検査を週2回やって陽性者を早く見出して隔離し、大学キャンパスを感染の危険のない安全な場所にすると発表した(Science , 7 Aug 2020, 369, 608-609)。 キャンパスに20の検査用のテントを設置し、200人のアルバイトを雇い、25人のプロがかかりきりで1日1-1.5万人の唾液によるPCR検査を実施(日本の1日の検査総数の3~5割!)、検査を受けない学生は成績がつかない、検査結果は24時間以内にi-phoneで学生に通知、学生は講義室の入り口でi-phoneをかざして陰性であれば入室できる、陽性判明した学生は30分以内に適当な隔離行動を要請、と万全の方策だったが・・・・・では実際にやってみてキャンパスは安全になったか、というと、さにあらず、思わぬ結果が出た (Nature Q & A. 11 Sep. 2020   G. Guglielmi, We didn’t model that people would go to a party if they tested positive. 「テストで陽性とでたのにパーティーに出かける学生がいるとは想定外だった」). この検査を始めて最初の検査では、過去最も多い1日230人の陽性者が出た。その原因は、陽性を知らせるi-phone callを受け取らない学生がいる、あるいは陽性と判明してもパーティーに出かける学生がいることだった。大学は、それに気がついて対策をとりつつあり、10日後には1日あたり陽性者は81人に減少した。

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