Nature と Science のトランプ批判 ――政治家による科学攻撃への反撃――
吉田賢右
科学論文の国際ジャーナルの中でもっとも広く読まれていて影響力のあるものの一つ「Nature」10月8日号に「Science and politics are inseparable (科学と政治は切り離すことはできない)」という論説が掲載されている。内容は、学問の自由・科学の自律をゆがめようとする政治に対して、Nature 誌はこれからもっと政治的な論説やニュースを掲載して対抗する、という宣言である。そして述べる。
学問の自由・科学の自律は何世紀も前から近代科学の成立に必須の要件として認められてきた。しかし、最近、政治家がこれを攻撃することが目立つ(politicians are pushing back against the principle of protecting scholarly autonomy, or academic freedom)、ブラジルのボルソナロ大統領の森林破壊を警告する研究所所長の解任、インドのモディ首相の公式経済統計の改ざん強制、英国政府の新コロナ検査数を多く見せかける操作、そして先週の日本の菅首相の政策批判をした学術会議会員任命拒否、こういうことについて、Nature は黙っていられない(Nature cannot stand by in silence)。
科学に対してもっともあからさまな攻撃をしているのは、いうまでもなく米国のトランプ大統領である。Nature は同じ10月8日号で、「How Trump damaged science(いかにトランプはサイエンスに害をくわえたか)」というタイトルで長い論説を載せている。新コロナについて科学者を馬鹿にして間違った情報を流し対策を怠り世界人口のうち4%の人口の米国でコロナ死者は世界の20%を占める、温室ガス排出規制に反対し、大気汚染などの規制に反対する、外国からの留学や研究者の招へいを全面的に遮断する、そして科学を軽侮し混乱をもたらし、かれの政治的な意見に合わないサイエンスはことごとく拒否し(this is the rejection of any science that does not fit their political views)、真実とエビデンスを重視するサイエンスに対する公衆の信頼を弱め、よって民主主義の基礎を掘り崩した、と述べる。
そして、次の週の Nature は驚くほど直截な主張を載せた。「Why Nature supports Joe Biden for US president(なぜ Nature はバイデンを米国大統領として支持するか)」。それによると、米国の新コロナ対策の中心となるべき組織CDCには、ペンス副大統領とトランプの娘婿が送り込まれ十分に活躍できないようにされてしまったという。政権に忠実な、しかし医学・医療にまったくの素人が医学関係の重要な機関のトップに送り込まれて困ったことになるのは、日本でもどこかで(日本医療研究開発機構)見た風景だ。
英国の Nature と並んで広い読者をもつ米国の科学ジャーナル Science も、10月16日号で大統領選挙にむけて旗幟鮮明の反トランプの論説を載せている。その中で、トランプ大統領の科学への攻撃を9項目にわけて詳細に述べている。国立食物・農業研究所をワシントン州からミズリー州に移転させてその結果75%の職員が農業省をやめることとなったとか、いろいろあるが、私が驚いたのは、2019年夏のハリケーンの進路予想の一件である。米国気象庁はフロリダ州に向かう進路予想地図を発表していたが、トランプはその地図に自分のペンで勝手に加筆してアラバマ州が危ない、とテレビで発表した。それを後で気象庁の職員が訂正したところ、大統領はその職員を戒告処分しろ、と要求し、さらに気候変動の警告を冷笑している2人の上級職員を気象庁に送り込んできたという。
米国科学アカデミーと米国医学アカデミーも、名指しはしないものの、明らかにトランプ批判を意図した宣言を9月24日に発表している。政治が科学的な証拠や勧告をあざ笑ってくつがえし、ゆがめているという報告や出来事があり、われわれは憂慮している、と述べる。
科学は事実と証拠によって(その表現はいろいろであるが)法則を見出す営みである。法則は目の前の現実の由来を説明し、これから生起する出来事を予測する手がかりを与える。気に入らない事実・法則を無視したところで、それによって現実が意のままに変更できるわけでなく、いずれは生起してくる次の現実に裏切られる。時の政治家が時の都合によって政治的な圧力で科学を歪めるならば、それは結局、社会に損害を与えることになる。