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発生生物学の静かな革命

VOL.10 長い尻尾と短い尻尾は、どのようにしてできるのか?

近藤寿人(JT生命誌研究館 顧問・表現ディレクター)

今回の「しっぽ(尻尾)の長さ」はどなたも身近に感じられるテーマだと思います。爬虫類、特に有鱗目に属する「ヘビ」や「トカゲ」の尾は際立って長い。一方、私たち「ヒト」の尻尾は極端に短いーー尾骶骨という骨塊に過ぎず、体表からは尻尾は見えません。動物種によってこんなにも異なる尻尾の長さ。それを決める結構高度な仕組みについて、最近になっていくつかのポイントが断片的ではありますが明らかになってきましたので、それについてお話しします。たかが尻尾ーーとはいえ、胚発生の根幹ともいうべきdeepな機構が関わっています。

第1課題は、Hox遺伝子群と、それらがコードするHoxタンパク質群の制御機能。第2課題は、神経・中胚葉共通前駆体(NMP, neuromesodermal progenitor)による後方への体の伸長です。これらの課題の中に埋め込まれたかのように幾度も現れる「トランスポジゾン」のゲノムへの挿入による発生過程の多様化という第3課題もあります。

数学で、定理を証明しておかないとその定理を使うことができないーーということに似た面がありますので、まずは、それらについてしっかりと説明をしておきます。発生過程を理解する基礎でもあります。

A.第1課題:Hox 遺伝子群と、それらがコードするHoxタンパク質群の制御機能

Hox遺伝子群は、最初はショウジョウバエで見出された8個の遺伝子群で、次の特徴があります。(1)ホメオボックス(homeobox)という、DNA結合ドメイン(ホメオドメイン)をコードする特徴的な、そして共通性を持った塩基配列を持つこと、(2)それぞれの発現が体の前側(頭側)から後ろ側に至る領域を決める活性を持つこと、(3)前側領域を決める遺伝子から後側領域を決める遺伝子まで、その順に、3'→5'の方向に並んでいること。(図1)

(図1) 体の前後の方向に配置される領域を決めるHox遺伝子群

染色体上で、1列に並んだ遺伝子クラスターを構成する。ショウジョウバエ を代表とする昆虫では、1つの遺伝子クラスターからなるが、多くの脊椎動物では、ゲノムの2度の倍化(2x2=4)を反映して、A、B、C、Dの、4つの遺伝子クラスターを持つ。属するクラスターが違っても、番号が同じHox遺伝子は、体節を作る縁軸中胚葉ではほぼ同じ位置から発現され、同等の制御機能をもつ。昆虫のHox遺伝子と脊椎動物のHox遺伝子は、ホメオボックス配列の特徴から明確に対応がつけられる。脊椎動物の体の後部の領域を決めるHox9からHox13までは、昆虫のAbdB遺伝子に対応している。AbdBの5倍化ののちに機能が多様化したと考えられる。それぞれのHox遺伝子は、最下段に示すように、前後方向のある場所から、後方に向けて減弱する発現パターンを持つが、HoxN(例えばHox5)とHox(N+1)(例えばHox6)がともに発現される場合では、Hox(N+1)(Hox6)の制御機能が優先され、肩の位置(つまり肋骨を持つ椎骨の前端)が決まる。

Hox遺伝子群は、脊椎動物でも、同じ性質を持ちながら体の前側(頭側)から後側(尾側)の領域を決めています。そして、それらはショウジョウバエのHox遺伝子群と良い対応を保っています(ホメオボックスの配列の特徴から、対応可能)。ただし、脊椎動物のHox遺伝子は、13個の遺伝子のセットが基本で、その数の増加には、ショウジョウバエのAbdB (AbdominalB, 昆虫腹部の後半を決める)遺伝子に対応する遺伝子が5個の類似遺伝子(Hox9からHox13まで)に増えている(遺伝子の倍化)という特徴があります。さらに、陸上で生活する脊椎動物は、その系統発生の過程でゲノムの倍化を2度経験しているので、4つの遺伝子クラスター(A, B, C, D)を持つとともに、クラスターごとに異なった遺伝子の欠失を起こして、図1に示す39個の遺伝子が基本型になっています。異なる遺伝子クラスターに属するHox遺伝子であっても、番号が同じであれば(例えばA13D13)、発現されるDNA結合転写因子A13D13は同様の調節活性を持つので、本項では、遺伝子クラスターを区別せずにHox13のように述べることにします。ただし、今回の主題である尾の長さに関してはHoxDクラスターの遺伝子が中心的な役割を果たしています。

B.第2課題:神経・中胚葉共通前駆体(NMP, neuromesodermal progenitor)による後方への体の伸長

神経・中胚葉共通前駆体 (これからNMPと呼びます) は、「VOL.2 細胞系譜の再検討」で、三胚葉説に代わるものとして紹介しましたが、その後の研究の発展もあり、体の胴部から尾に至るまでの、体の伸長を担う細胞集団であることが明確になってきました[文献1]。VOL.2では、NMPは、脊髄と体節の前駆体であると述べたのですが、腎臓の間充織(中間中胚葉、intermediate mesodermに属する)もNMPから発生することが明らかになり[文献2]、状況証拠からは、もっと多くの種類の中胚葉組織の前駆体である可能性が示唆されています。

私たちは、2000年代前半に行った研究で、胚の中枢神経系を発生させる転写因子Sox2の遺伝子が、頭部と胴部で異なった仕組みで活性化されることに気づきました。頭部はN2エンハンサーによって活性化(スイッチが入る)されるのに対して、胴部ではN1エンハンサーによって活性化されます[文献3]。図2はN2とN1の2つのエンハンサーが活性化されている状態をそれぞれ赤色蛍光タンパク質、緑色蛍光タンパク質の発現でモニターしたものです。図2Aで示すSt. 5 (孵卵21時間) の段階で、N2エンハンサーの活性は、胚の上層(エピブラスト)のノード(N)よりの前側のかなりの部分の細胞を覆い、またN1エンハンサーは、それよりも後ろ側の広範囲のエピブラスト細胞で活性化されていること、そして、エンハンサーN2とN1を活性化する細胞は、ほとんど重複しないことがわかります[文献1]。発生が進むと、図2(b)の軌跡で示すように、N2活性を持つ細胞は中心軸に向かうとともに前方に移動して脳に発生し始め(図2C・D)、N1活性を持つ細胞は中心軸に向かうとともに後方に移動して脊髄を作ることがわかります。N2活性を持つ細胞は、脳と前部脊髄の他は、頭部の表皮に発生するに過ぎませんが[文献4]、N1活性は、胚の断面で見ると、中胚葉区画に落ち込んだ細胞にも見られます[文献5]。よく調べてみると、実は、中胚葉区画に落ち込んだ細胞のほとんどは、一度N1活性を持つことーー従って神経系への発生能を獲得した後に、中胚葉区画に移動するとともにN1活性のスイッチを切ったものであることがわかりました。図2Eで、GFP蛍光が中胚葉区画でパラパラと見られるのは、N1エンハンサーのスイッチが切られた後の残光です。細胞集団としてのNMPの発見です。

(図2)ニワトリ胚での神経・中胚葉共通前駆体(NMP)の発生 (st.5〜孵卵21時間、st. 6〜孵卵25時間、st. 8〜孵卵30時間)
A, C, D:神経系に特化した前駆体でSox2遺伝子を活性化するN2エンハンサーの活性を赤色蛍光タンパク質の発現でモニター;神経・中胚葉共通前駆体でSox2を活性化するN1エンハンサーの活性を緑色蛍光タンパク質の発現でモニター。
B: st. 5からst.6にかけての、エピブラストの細胞の軌跡。N., ノードの位置。E. Dの胚のEのレベルでの横断切片の蛍光像。白い破線の下側が中胚葉区画。この区画の細胞は、神経系発生に必要なSox2遺伝子を活性化するためのエンハンサーN1に一度スイッチを入れるが、中胚葉区画に落ち込んだNMPはスイッチを切る。N1-EGFPベクターでN1の活性を見ると、エピブラストで発現されたEGFPの残像が、中胚葉区画で観察される(矢頭はその2例)。文献1 Fig. 2を改変。

2009年に、胚発生器の細胞系譜を調べていたTzouanacouたちが、体幹部では、神経系と体節(沿軸中胚葉)を含む、単一細胞から出発した細胞集団(細胞クローン)が多数見つかることを報告し、NMPと呼ぶにふさわしい、神経系にも中胚葉にも発生しうる(bipotential)細胞が実際に存在することを証明しました[文献6]。

さらに私たちは、中胚葉区画に移動したNMPがN1エンハンサーのスイッチを切らないと、体幹部の全ての体節が失われて、代わりに余分な脊髄が2本つくられることを示しました[文献7]。これによって、NMPが体幹部全体の発生に中心的な役割を持つことが示されました(データは、Vol. 2をご覧ください)。

NMPは、N1活性を持つ細胞集団の後端近くで増殖することによって、体幹部を次々と後ろ側に伸長させます。NMPは、NMP自体が分泌するWnt3aのシグナルによって増殖するのですが、そのWnt3a遺伝子は、Brachyury (Bra) 転写因子 (TbxTとも呼ばれる)によって活性化されます。そしてBra遺伝子もWnt3aシグナルによって活性化されるので、Wnt3aとBra遺伝子間の相互活性化の制御ループによってNMPは増殖し続けるということになります。言い換えれば、Bra遺伝子、Wnt3a遺伝子のいずれかが働かなければ、NMPは増殖せず、従って体幹部の後ろ側への伸長は起きないのです(図3)。

(図3)NMPの増殖を支えるWnt3a-Bra間の相互活性化ループ
文献1 Fig. 9を改変。

図4は、マウス9日胚の神経系と体節の模式図で、これらの遺伝子の欠損によって体幹部の形成がどのようになるかを示したものです。BraWnt3aいずれの欠損によっても、前肢芽(前脚の原基)の後端あたりで大切の形成がなくなり、増殖できなくなったNMPから派生する異所神経組織の塊で終わります。それより前側ではNMPではなく「古典パターン」による組織形成が起きていて、体節あるいは神経に特化した前駆体(実は、その神経系前駆体はN2エンハンサーの活性を持っている[文献8]が体節や脊髄を作ります。神経系に特化した前駆体によって、前肢芽から後方に、貧弱な脊髄が発生します。中胚葉分画でN1エンハンサーのスイッチを切ることができないTbx6変異体では、前肢芽よりも後ろ側の体節が、全て異所的な脊髄に変わります。これらのことから、「古典パターン」での組織形成が起きるのは、首から肩の位置までで、それよりも後ろ側の体幹部は、NMPによってつくられ、伸長することが結論されます。

しかし、爬虫類の一種であるヤモリは、指が中手骨のところから広がっているので、吸盤を持った指が様々な曲面にぴったりと付きます。(図3B)。

(図4)Bra, Wnt3a, Tbx6の欠損が、中枢神経系・体節の発生に及ぼす影響
マウス9日胚の模式図で示した。組織に特化した前駆体による胚の発生が、前肢芽のあたりでNMPをもとにした発生に切り替わる。 文献1 Fig. 7を改変。

となると、尾の長さは、腰よりも後ろ側でNMPがどれだけ増殖できるかにかかっているのではないか?このことを、節D以降で検討します。

C.トランスポゾン(転移因子)

トランスポゾンには様々な種類があります。(a) 細菌の薬剤耐性因子や、メダカのTol transposonに代表されるDNAトランスポゾンは、転移酵素の作用によって、ゲノムのある場所から切り出されて別の場所に挿入されます。(b) ゲノム配列が転写されたのちに、逆転写されてDNA配列となり、ゲノムの様々な場所に挿入される、レトロトランスポゾン。これにはLINE (long interspersed nuclear element)、SINE (short interspersed nuclear element)ほか多種類のものがあります。いずれのトランスポゾンも、受精直後の卵細胞から初期胚の時期――胚発生を開始するために、精子や卵が持っていたゲノム上のepigeneticな効果をリセットする時期――に際立った活性を持ち、一方細胞の方はそれらのトランスポゾンを不活化するための対抗策(PIWIタンパク質の発現など)でそれを抑えるのですが、それでも長い世代のうちに、トランスポゾン配列は、ゲノム上のさまざまな場所に挿入されていきます。ゲノム配列を詳しく調べてみると、トランスポゾンが挿入されにくい領域と、挿入されやすい領域があることがわかります。前者は、胚発生初期にその配列が凝集したクロマチン構造にあるのに対して、後者は、同時期に緩んだクロマチン構造をとっている結果、その差ができると考えられています。

D.椎骨の数で見た尾の長さの比較

表1は、椎骨の数で見た尾の長さの例を動物種間で比較したものです。ついでに、他の部分の椎骨の数も示しています。爬虫類の中の「有鱗目」に属する爬虫類であるヘビやトカゲの日骨の数が突出しています。(ヘビの体の構成は特殊で、体の大部分は胸からなっていますが、この点については表1の説明をご覧ください。)

表1 動物種間の椎骨の数の比較
ヘビの体長の3/4は、肋骨を持った胸椎で閉められる。つまり3/4は胸である。その肋骨は胸骨で閉じることがなく、大きな獲物を飲み込むことを可能にしている。ヘビにもHoxd10の遺伝子はあり、転写もされているが、トランスポゾンがHoxd10遺伝子のコード領域に挿入されえいるために、活性を持ったHoxd10タンパク質ができない。その結果、ヘビは腰椎を持たず(図1参照)。胸椎が直ちに仙椎に移行する。

いろいろな動物のゲノム配列が明らかにされてきた結果、それらを直接に比較できるようになりました。そしてDenis Dubouleのグループは、Hoxd10〜13遺伝子のゲノム領域に、有鱗目にしか見られない変化があることに気づきました[文献9](図5)。多くの動物種では、その領域にはほとんどトランスポゾンの挿入が見られない(受精後の初期発生期に、コンパクトなクロマチン構造に埋め込まれている)のに対して、有鱗目では、多数の雑多なトランスポゾンの挿入が見られ、またおそらくそのことを反映して、Hoxd13の上流(図の右側)・下流(左側)の領域(Hoxd13遺伝子の制御領域の分布が予想される)が著しく長くなり、また、トカゲとヘビではHoxd12遺伝子自体まで失われていました。トランスポゾンの挿入位置やトランスポゾンの種類は有鱗目の種によってさまざまです。つまり、有鱗目のゲノムでは共通して、Hoxd11からHoxd13までのゲノム領域がトランスポゾンの挿入を受けやすい状態にあったと考えられます。同様のことはHoxa遺伝子クラスターに見られました。

(図5) 長い尾を持つ有鱗目爬虫類の特徴的な、Hoxd13遺伝子周辺への多数のトランスポゾンの挿入
赤枠は、遺伝子の転写領域。*印は、トランスポゾンの挿入位置。緑線は、有鱗目に特徴的な、長いHox13下流の塩基配列。文献9 Fig. 1をもとに描画。

遺伝子発現を見ると、有鱗目では、Hox13クラス遺伝子全体の発現量が(トランスポゾン挿入による制御領域の破壊などによる)有意に低下していました。このことから、有鱗目でHox13クラス遺伝子の発現が低下していることが、長い尻尾を持つ(NMPの増殖がいつまでも続く)原因であることが示唆されました。

E.ヒト胚の尾では、Wnt3aの発現が急速に低下する

Andrew Coppのグループは、MRC/Wellcome Human Developmental Biology Resourceのヒト胚試料を用いて、ヒト胚尾部でのWnt3aの発現の遷移を調べました[文献10]。ヒト胚の尾の伸長は、33体節あたり、つまり尾椎を作る体節の数が4のあたり(表1)で、Wnt3aの発現の消失とともに止まっていました(図6)。NMPはWnt3aシグナルを受けて増殖するので(図3)、ヒトの33体節の段階でWnt3a活性の喪失とともにNMPの増殖が止まり、NMPが枯渇するのだと考えられます。

(図6) ヒトの胚尾部でのWNT3A遺伝子の発現の急激な低下(ヒト遺伝子名は大文字で表記する慣習がある)
ヒト胚の最初の2ヶ月の発生ステージは、汎脊椎動物ステージであるカーネギー・ステージ(CS)で表記されることが多い。CS12, 13, 14, 15は、受精30、32、33、36日に相当し、CS13での体節数は33前後である。図の点線は、胚のおの輪郭、矢印はWNT3AのmRNAを青色に染め出したもの。妊娠30日から32日までの間に、WNT3Aの発現が急激に低下する。横棒は、100 μm。文献10 Fig. 6よりデータを転載。

では、何故、ヒトの胚の尾では Wnt3aの発現がすぐに止まるのでしょうか?

F.トランスポゾンが余分に挿入された、類人猿のBra遺伝子

霊長類(Primates、サル目)は一般的に立派な尾を持っているのですが、そのなかで、類人猿(Hominoids)だけは尾が痕跡程度までに短いのです(図7A)。霊長類のゲノム配列を比較していたYanaiのグループは、Bra遺伝子の第6イントロン(イントロン6)に、類人猿だけに共通して見られる配列があることに気づきました(図7B)[文献11 ]。その配列は、SINEトランスポゾンの一つAlu配列で、類人猿の祖先の段階でAlu配列がBraイントロン6に挿入されたことを示していました。実は、霊長類全体を通して、イントロン5にも、類人猿のイントロン6のAlu配列とは逆向きにAlu配列が挿入されていたのです。その結果、類人猿のBra遺伝子が転写されると、スプライシングを受ける前の1次転写物(RNA)には、エキソン6を挟んだ逆向き反復配列が生じ、その逆向き反復配列が2重ラセン構造を取りやすいことから(図7C)、ある頻度でエキソン6配列をイントロン5、6と一緒に切り除くスプライシングが起きることが予想されました。実際、類人猿のBraのmRNAには2種類が生じていて、短い方のmRNAは、エキソン6配列を欠いた短いタンパク質(Δ6)をコードするものでした(図7CD)。エキソン6でコードされるアミノ酸配列を欠くBraタンパク質は、DNAに結合する活性は保持していますが、制御機能が異常になっていることが予想されました(図7E)。

(図7) ヒトを含む類人猿の尾は痕跡的に短いが、それには、Bra (TbxT)遺伝子イントロン6へのトランスポゾンの挿入が関わっている
A. 類人猿(hominoids)は短い尾を持つ。B. 類人猿のBra (TbxT)遺伝子のイントロン6にはAlu配列(SINEの一種)の挿入がある。C.イントロン5には、霊長類に共通のAlu配列が、逆向きに挿入されている。このため、類人猿のBra遺伝子が転写されてできるRNAでは、ある頻度でAlu配列間で2本鎖構造ができて、エキソン6を欠いた(Δ6) mRNAが合成される。D. その結果、全長のBraタンパク質とともに、エキソン6を欠いた(Δ6) Braタンパク質が細胞内で合成される。E.Δ6Braタンパク質は、DNA結合活性を持つが、制御機能が変化している。図は、文献11から転載。

正常なBraタンパク質とエキソン6配列を欠くBraタンパク質を同時に発現するヒトの胚を模するために、ゲノム編集によって、エキソン6を欠く(Δ6)マウスBra遺伝子が作られました(図8A)。この遺伝子のホモ接合体マウス(Δ6/Δ6)は生まれて来ないので、Δ6Bra遺伝子は正常なBra遺伝子としての機能は持っていないことがわかりました。一方、正常なBra遺伝子とΔ6Bra遺伝子を1本ずつ持つヘテロ接合体Bra(+/Δ6)の場合は、ヒトの尾とそっくりの短い尾を持ったマウスが生まれ(図8B)、正常なBraタンパク質とΔ6Braタンパク質が同時に発現される状況が、短い尾を持った動物を作ることが確認されました。

(図8) ヒト胚でのBraとBraΔ6の共発現を模したBra(+/Δ6) ヘテロ接合体マウスは、ヒトと同じような短い尾を持つ
A. マウスのゲノム編集で、エキソン6を欠損したalleleを作る。B. Bra(+/Δ6)とBra(+/+)(正常)マウスの新生児での比較。Bra(+/Δ6)マウスは尾が短い以外は正常である。腹部が白いのは、出生後母マウスのミルクをたっぷりと飲んで胃が白く透けて見えている。繁殖力も正常。

Δ6Braタンパク質は、正常なBraタンパク質の働き(少なくともその一部)を邪魔している(阻害している)と考えられます。というのも、正常なBra遺伝子を一本だけ持つヘテロ接合体Bra (+/-)では、胎児期にひとたび長い尾が作られるものの、その尾で出血して、出血した部分よりも先の部分が壊死するために、先がブツリと切り取られたような先端が細くない短めの尾を持ってうまれます[文献12]。これが、Brachy(短い)+ury(尾)という遺伝子名の由来なのですが、短い尾を持ったネコも、同様な機構で生まれます。

先に述べたヒト胚尾部でのWnt3a発現の急速な低下とあわせて考えると、Δ6Braタンパク質と正常Braタンパク質の共存状態は、図3に示した、Wnt3aとBra遺伝子の相互活性化による活性維持サイクルと、その結果としてのNMPの増殖維持を、「尾部に限って」阻害しているようです。もし、Δ6Braタンパク質の上記の効果が、尾部に限定されたものでなければ、Bra(+/Δ6)マウスは、体幹部の発生自体に異常(例えば貧弱な発生など)が見られるはずですが、そのようなことは起きていません。

G.Δ6Braの効果が尾部に限定されることにはHox13が関わっているようだ

Δ6Braの効果が尾部に限定される仕組みについて、明確な解答は得られていませんが、少なくとも間接的にはHox13の作用と関連している可能性があります。活性が低下することで、有鱗目爬虫類の尾が長くなったとされる(図5)、あのHox13です。

Hopi Hoekstraのグループは、森の木の上で生活するテシロマウス(deer mouse)集団が、長い尾(平均8.5 cmの長さ、27個の尾椎)を持つのに対して、草原で生活するテシロマウス集団が短めの尾(6cmの長さ、23個の尾椎)を持つことに注目しました[文献13]。尾の長さの違いには、尾椎の数と、尾椎の長さの両面が関与していますが、そのようにしてできた長い尾は、木の枝の上でバランスをとるのに役だつと考えられています。この尾の長さは、遺伝的に決まっているようで、2集団の間のF1個体の尾の長さは中間的なものになります。

Hoekstraのグループは、森のテシロマウスと草原のテシロマウスのそれぞれについて、胚の伸長中の尾の先端近くのNMPの数を推定するとともに、遺伝子発現のプロファイルを調べて比較しました。NMP集団の細胞の多くは、神経系への発生(Sox2依存)と中胚葉への発生(Bra依存)の2つの発生能を持つことを反映して、Sox2とBraの双方の転写因子遺伝子を同時に発現します。これらの遺伝子を同時に発現する細胞とNMPは厳密には1対1には対応しないのですが[文献1] NMPの多少を論ずるのには役立ちます。

Hoekstraのグループの解析結果によれば、尾の先端部に局在して、体の後端としての尾を伸長させるNMPの数は、森のテシロマウスの方が35%ほど多く、この集団の尾が長いことを説明しています。それとともに、森のテシロマウスの尾の先端でのHoxd13の発現が、草原のテシロマウスの場合よりも、57%程度まで低下していました。この状況は、有鱗目爬虫類の尾で、Hox13の発現が低下していたのとよく似ています。Hox13遺伝子は、体幹部では尾でしか発現されないので、「尾固有の現象」には深く関わっていそうです。この研究結果を、元論文の図をもとに、図9に要約します。

(図9) 文献13の研究から得られた、尾の長さを決める制御ステップの概略
文献13 Fig. 6を改変。

では、Hox13の活性の上下が、NMPの増殖の終息/持続につながるのでしょうか? Olivier Pourqué のグループがニワトリ胚を用いた実験では、Hox13をNMPに富んだ胚の伸長端(後端)で過剰発現すると、Wntシグナルが減弱することが示されました[文献14]。Hox13の発現レベルの上下は、確かにWntシグナルの制御(抑制/活性化)を介して、NMPの増殖・維持に関わっているようです。では、Δ6Braの効果が尾の伸長に限定して現れるのは何故でしょうか?おそらく体幹部部では、Δ6Braの発現という負荷(軽いブレーキ)がかかっていても正常発生には影響しないが、Hox13を発現する尾部では、Wnt3aシグナルの低下というもう一つのブレーキがかかることとの相乗効果によって、Δ6Braが急ブレーキになるーーというのが現時点での可能なモデルです。では、それぞれのステップで具体的にはどのような機構が働いているのでしょうか?それが、これからの研究に託された課題です。

今回論じたのは「たかが尻尾」の問題のように見えますが、これらの課題の解決が、Hox遺伝子の本当の働き、NMPの制御といった、胚発生過程の中心課題を解明する手がかりになる可能性があるのです。図1で、例えば「Hox6が肩の位置を決めます」などと述べていますが、では、転写因子としてHox6が何をどのように具体的に制御して肩の位置を決めているのかという問題の答えは霧の中です。NMPも、体の位置によってさまざまな制御(増殖の緩急、生み出す中胚葉組織の種類、神経系とのバランスなど)を受けているはずで、もしそれが中胚葉や中枢神経系におけるHoxの発現と深く関わっているとすれば、胚発生全体に関わる枠組み的な制御機構を語ることになります。尻尾の長さの調節から、これらの中核的な課題への糸口が与えられました。また本稿では、トランスポゾンの転移・挿入が、発生過程の調節に様々な変更を加えて、動物の形に様々な「多様性」を与える原動力の一つであることも示しました。

このように、一つ一つ、課題(大きな現象の根幹となる仕組みへの糸口)を見つけ、その課題への答えを求めながら、発生生物学の革命は静かに続いてゆきます。

引用文献

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サムネイルは、文献11Fig. 3dより。

バックナンバー

VOL.1 実験発生学とオーガナイザー

VOL.2 細胞系譜の再検討

VOL.3 「細胞分化」の意味の変遷

VOL.4 胚のいつ、どこで、何を発生させるのかには欠かせない抑制機構

VOL.5 再生専用の細胞を用いない、私たちの組織の再生

VOL.6 肺の発生にまつわる、2つの話題

VOL.7 培養皿の中の幹細胞は、発生の「時」を止めている

VOL.8 動物の形の多様性という名の変奏曲集I 目と顔と手

VOL.9 動物の形の多様性という名の変奏曲集II てのひらと指

VOL.10 長い尻尾と短い尻尾は、どのようにしてできるのか?