RESEARCH
ウズラで見えた脊椎動物が季節をよみとるしくみ
生きものはどのように季節を知るのだろう? そのしくみを調べると、一つのホルモンがまったく異なる役割を担っていることがわかりました。生きものによく見られる使いまわしの面白い例です。
1.季節を予知する動物たち
私たちの棲む地球には、汐の干満や昼夜、季節など環境の変化に周期性が存在する。生きものはこのようなくり返しおこる環境の変化に適応し、さまざまな生命現象に積極的にリズムをもたらしてたくみに暮らしている。特に温帯よりも高緯度の地域では季節によって環境が劇的に変化するので、ほとんどの動物は秋になると脂肪を蓄積したり、冬毛に換えるなどの冬支度をする。なかには渡りで温暖な地へ移動するもの、冬眠によって厳しい冬をやりすごすものもある。
このような季節変化の中での種の維持は、どのように行われているのだろう。私たちヒトやヒトの生活に依存するマウスやラットなどは一年を通して繁殖できるが、多くの動物は特定の季節だけに繁殖活動をする「季節繁殖」という戦略をとっており、いずれも食べものが豊富で温暖な春に出産ラッシュを迎え、春から夏に子育てをする。小型のほ乳類や鳥類は、なわばりをはって異性を惹きつけ、交尾行動を行い、出産あるいは産卵するという一連の作業の完結に数ヶ月を要するので、実際には春に先駆けて繁殖の準備を始める。また、妊娠期間が約半年のヤギやヒツジは季節を逆算して秋に交尾行動を行うことで、春に出産を迎える。つまり、動物たちは季節の変化を予知して行動しているのである(図1)。動物のもつこの不思議な能力は、紀元前300年代にアリストテレスが著した『動物誌(Historia Animalium)』にも詳述されている。以来、2300年以上にわたって人類はこの能力に魅了されてきたが、現在もそのしくみは謎に包まれている。
(図1) 季節繁殖する生きものたち
2.生きものの暦は日長
季節に適応する戦略を持つ生きものは動物だけではない。多くの植物が特定の季節に花を咲かせることは誰もが気づいている。では、生きものはどんなカレンダーを持っているのだろう。
年間を通して変化する環境要因としては日長(昼の長さ)、気温、降水量などがあげられるが、これらの中で日長が最も重要であることが、1920年代に植物、動物、昆虫において相次いで発見された(註1)。気温や降水量は暖冬、冷夏、空梅雨など年によって大きく変動するが、春分、夏至、秋分、冬至は毎年きまった時期に訪れる。日長はきわめて正確な情報を提供しており、生きものが日長を暦として利用するのは理にかなっている。このように日長の変化によってさまざまな生理機能が変化する性質を光周性(photoperiodism)と呼ぶ。
(註1)
1920年にGarner,Allardがタバコの変種の研究から、開花の制御には日長が重要な因子であることを発見した。さらに、1925年にRowanが冬期にユキヒメドリを長日条件で飼育して繁殖に成功させ、動物の繁殖においても日長が重要であることを示した。
3.なぜウズラなのか?
最先端の研究に憧れて生物研究を始めた私は、どんな研究にも、遺伝子改変などの技術が充実しているマウスこそが最高の研究対象と信じて疑わなかった。しかし、ある日目にとまった小西正一先生(カリフォルニア工科大学教授)のエレガントな論文でこの考えは一蹴された。それは、聴覚の発達したメンフクロウが全暗黒条件下においても音だけで獲物を捕獲する能力を持つことに着目し、音源定位のしくみを明らかにされた研究だった(註2)。ヒトを含めて耳からの情報を空間認識に役立てている動物は多いが、その中でメンフクロウを選びみごとな結果を出されたのである。この仕事を知り、生きものがそれぞれに持つ秀でた能力をよく観察し、それを上手く引き出すことの重要性を痛感した。私たちのまわりには多様な生きものがいるが、ある生命現象のしくみを解き明かすには、多様な生きものの中からその研究に最適な種を選ぶことが成功への近道なのである。そこで、光周性を理解するのに最もすぐれた動物は何かを必死で考えた。
マウスやショウジョウバエは生物学の発展に多大な貢献をしてきたが、季節の変化には反応しないとされていた。一方で、鳥類は脊椎動物の中でも洗練された光周性を示す。鳥類は空を飛ぶために身体を極限まで軽くする必要があるので、繁殖活動の時にしかいらない精巣や卵巣など生殖腺は通年は小さく、ごく短い繁殖期にだけ発達するのである。その重量はたった2週間で100倍以上にもなる。(図2)鳥類を選択することがきまった。
(図2) 日長で変化するウズラの精巣
研究対象を選ぶ上で、もう一つ大切なことがある。いくら優れた特性を有する生きものであっても、研究に必要な数を比較的容易に用意できなければ意味をなさない。私にとってこの条件を満たす動物はウズラだった。(写真1)愛知県の豊橋地方は日本一のウズラの生産地であり、いつでも必要な数を確保できる。それもあって、わが名古屋大学では伝統的にニワトリ、ウズラなどの家禽の研究が盛んである。モデル生物を使わずとも、生きものの能力と研究環境を活かして独自の研究ができるはずであると考え、ウズラを選んだ。
(写真1) ウズラ
ウズラは室町時代から武士の間で「鳴き鶉」として飼い馴らされており、Japanese quail (Coturnix japonica)の名のとおり、我が国で家畜化された唯一の動物種とされる。
(註2)
メンフクロウは両耳間に入ってくる音の時間差によって音源の水平位置を、両耳間の音の強度差から垂直位置を知る。二つの情報は異なる神経経路を介して、中脳に存在する聴覚空間を反映した細胞の地図に統合される。
4.光周性を制御する鍵遺伝子、DIO2
1960年代後半に英国のSir Brian Follettがウズラを用いて光周性の制御に関する先駆的な研究を行っていた。まず、脳の色々な部位の破壊実験で、視床下部内側基底部(MBH)に光周性を制御する中枢が存在することを明らかにしたのである。また、長日刺激(12時間以上の光の照射)によって生殖腺の発達を促すには、必ずしも連続した明期は必要なく、真夜中の「光感受相」と呼ばれる特定の時間帯に光を浴びることが重要であることを報告した。
ここから私は、光感受相ではMBHに何らかの変化が起きているに違いないと考えた。そこで、光感受相に光を照射したウズラと無処理のウズラからそれぞれMBHを採取して2群間で発現量の異なる遺伝子をディファレンシャル解析(註3)で同定した。その結果、甲状腺ホルモンを局所的に活性化する2型脱ヨウ素酵素(DIO2)をコードするDIO2遺伝子が光周性を制御する鍵遺伝子であることが明らかとなった。まず、長日刺激によってDIO2が発現すると甲状腺から分泌される低活性型の甲状腺ホルモン、T4(サイロキシン)がMBHにおいて局所的に活性型のT3(トリヨードサイロニン)に変換される。これが脳の形態変化をもたらし、その影響で性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)が分泌され、繁殖活動が開始されるのである。(図3)こうして、光の刺激から行動までが初めてつながった。
(図3) DIO2の発現から生殖腺の発達までの流れ
(註3) ディファレンシャル解析
目標となる組織(または細胞)と、比較する組織から特定の塩基配列を選び、ハイブリダゼーションをくり返して、目標となる組織だけに特有に発現している遺伝子のみを見つける方法。
5.春を告げる甲状腺刺激ホルモンTSH
2004年12月になってニワトリゲノムが解読され、鳥類で生命現象に関わるすべての要素を網羅的に調べ、システムを捉えるシステム生物学の手法が可能となった。ウズラはニワトリと同じキジ目の仲間の中でも非常に近縁であり、ニワトリゲノムの情報がほぼ活用できる。そこで、ウズラを短日条件から長日条件に移した際に、発現量が変化する遺伝子群をゲノム全体にわたり時系列を追って解析した。結果、意外なことがわかった。これまで機能不明として注目されていなかった下垂体隆起葉で、長日刺激によって甲状腺刺激ホルモン(TSH)が合成され、それが上衣細胞に作用し、DIO2 を介して季節繁殖を制御することが明らかとなったのである。(図4)
(図4) 日長の変化で変動する2つの遺伝子
長日条件に移したウズラのMBHの遺伝子群のはたらきを4時間ごとに解析した
従来の内分泌学や生理学の常識ではTSHはその名の示すとおり、下垂体前葉から血中への分泌によって甲状腺を刺激し、甲状腺ホルモンの合成と分泌を促して代謝や発達を制御するホルモンとして知られている。当初は私たち自身も、恒常性の維持に関わるTSHに、脳に春の情報を伝える「春ホルモン」という全く異なる機能があるとはなかなか考えられなかった。しかし、事実は明らかにそれを示している。この研究を通して私たちは、教科書の常識にとらわれずに生きものの生き方を素直に見ることがいかに難しいかを知った。それと同時に、有限なゲノムの中で、一つの遺伝子、つまり一つのホルモンに複数の働きを授けることで、巧みに環境の変化に適応している生きもののしたたかさに驚かされた。
今回の研究では、MBHという目標は定めながらも、先入観を持たずに研究を展開する発見主導型(discovery driven)のシステム生物学のアプローチを採ったために誰も予想しなかった結果が出た。もし従来の知見に立脚して研究を展開する仮説主導型(hypothesis driven)のアプローチを採用していたら、何年経っても今回の結論には到達できなかっただろう。生きものは人間の想像以上に巧みにできており、これを理解するには人間は自然に対して常に謙虚でなくてはならないと思う。
6.脊椎動物が季節をよみとるしくみ
小西先生の論文に出会ってから、生きものの特徴を上手に引き出すにはどうするか問い続けてきた。ウズラの研究で鳥類が季節を感じるしくみを明らかにしたが、鳥類では遺伝子ノックアウトの実験ができないので、DIO2やTSHがなくなると季節を感じなくなるという逆の証明ができず、私の中でこれが課題として残ることになった。マウスは季節の変化に反応しないというのが従来の常識だったが、10年余りにわたってマウスを飼育した経験から、室温と光条件が一定であっても冬になると仔が産まれにくいという実感があり、マウスも潜在的には季節に応答する能力があると確信していた。そこでマウスの脳を調べたところ、ウズラと同様にTSHやDIO2が日長の変化に反応していることが明らかになった。そこで、TSH受容体を欠損するノックアウトマウスを用いて実験を行ったところ、TSH受容体を欠くと日長の情報が伝達されないことが示せた。これらの結果から、ほ乳類においてもTSHが光周性を制御するマスターコントロール因子であることが証明された。(図5)
(図1) 鳥類とほ乳類の光周性の制御機構
光周性の研究は年単位の時間がかかるため、常に先を見通して研究を展開する必要がある。昨今は大型プロジェクト、短期間での成果、応用への直結が奨励される傾向にある。脊椎動物が季節をよみとるしくみはSir Follettの研究からおよそ40年かけて解明された。多様な生きものの営みを理解するには、数十年先を見据えた研究を許容する大らかさも大切だと思う。
<参考文献>
Yoshimura et al., Nature 426, 178-181 (2003)
Nakao et al., Nature 452, 317-322 (2008)
Ono et al., PNAS 105, 18238-18242 (2008)
吉村 崇(よしむら・たかし)
1996年名古屋大学大学院農学研究科博士課程中退。博士(農学)。名古屋大学大学院生命農学研究科助手、同助教授、同准教授を経て2008年より同教授、生命農学研究科附属鳥類バイオサイエンス研究センター長(兼務)。