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RESEARCH

ART in BIOHISTORY【日本文化の中の生きもの】

観察と表現

知識人から博物学的な視点を得たうえで自然と向き合い、絵画の中に自らの観察と知識を溶け込ませた江戸時代の画家、円山応挙。一方作品を見る者は、そこに生命の美と多様性の不思議を感じとっただろう。このような人と作品を通した知識の交流が、現代の科学と芸術の間にも欲しい。
 

円山応挙(1733-95)の「写生帖」より、蝶の写生。江戸時代。東京国立博物館所蔵。

クロアゲハの尾状突起が2つに割れているのは、おそらく翅の破れた個体を写生したのだろう。この特徴的なクロアゲハの図は、応挙の作品「百蝶図」にも描かれており、書き溜めた写生を、本画の資料にしていたことが伺える。

「百鳥図」「百花図」あるいは「群虫図」「貝づくし」など、同類のものをたくさん描くという画題が古くからあります。吉祥の意味を込めることもあって、一画面に多くを集めることに意味があるので、例えば円山応挙(1733~1795)が、春の野に集う多くの蝶を描いた「百蝶図」<(財)水府明徳会 彰考館徳川博物館所蔵>の画面に、食草や活動時期の異なる蝶や蛾が描かれていることはあまり問題ではないのです。「百蝶図」には菜の花やレンゲ、ツクシなどの植物と、ナミアゲハ、クロアゲハ、モンシロチョウ、オオミズアオなど、図版で確認できる限りで91匹もの蝶(蛾)が描かれていています。このむしろ作り出された風景でありながら、こんなこともあるかもしれない…と思わせる程の現実味を出しているところに、画家の綿密な写生と画面構成の成果が見られます。またそれを異時同図(異なる時間を一画面で表したもの)とみれば、春夏を通した定点観察の結果ともとれますし、画面上の同じ種類の蝶を線で繋げば、それは花から花へ舞い飛ぶさまの軌跡だと考える事もできます。

写実でも想像でもないがゆえの魅力がそこにはあり、日々野外の蝶に目をとめ、手近に置いては形を写した画家の経験を感じさせます。応挙の残した写生帖には、特に蝶だけをまとめた帖もあり、実際「百蝶図」に登場する蝶が描かれています。蝶の動きに合わせてどちらの面も描けるように、翅の表面と裏面の両方を写生しており、そのことも生き生きとした蝶の描写を可能にしています。

擬人化も文様化もされていない自然な姿の蝶を主役に描いた絵画は珍しく、当時流行の博物学と応挙の出会い、さらに自然をよく観察することと絵画表現との結びつきによって、この貴重な「百蝶図」は生まれたと言えます。

現代生物学を基本に生命の本質を描く「21世紀の写生」はどのようなものになるでしょう。科学には表現も含まれるとする生命誌の活動の中で新しい表現を探りながら、応挙からも学ぼうと思っています。
(きたじ・なおこ)

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