RESEARCH
ART in BIOHISTORY【日本文化の中の生きもの】
描かれた生きものを探る
自然を数学で描くのが科学とされてきたが、生きものは言葉や絵画で描き出してこそ本質が見えることもある。「語る」は、生きものを見つめ、考え、愛した時に生れる表現であり、そこには数学・言葉・絵画の区別はない。日本文化の中に「語る」を探っていく。
写生画の祖、円山応挙(1733-95)の写生帖。東京国立博物館蔵。
生命誌が注目している大和言葉「愛づる」(2003年度ジャーナルの年間テーマにもなった)を、日本文化の中に探っていく“Art in BIOHISTORY”。文学や音楽など、生きもの愛づる心を語る表現は様々ありますが、今年度はまず、生きものが描かれた絵画について3回にわたって考えていきます。
生きものの描写に注目して日本美術の歴史を見ると、江戸時代に大変興味深い転機があります。本草学や博物学の流行、西洋絵画の影響などを背景にした写生画の登場です。
本草学、博物学において、薬として有効な動植物を図示したり、諸国物産調査の報告書として各地の動植物を記載したり、あるいは腑分けの記録としての解剖図を残すために、ものを正確に写すという要求が生まれ、西洋絵画の遠近法や陰影法は、蘭学書物の挿絵を通して伝わっていました。
そんな中、それまで中国絵画や師の手本を模倣することによって描写の技法を習得していくことが主であった画家たちは、それに加えて、実際に生きものを見ながら実物に則して描く「写生」を行うようになり、新たな表現を目指しました。
そうして生きものをよく観察することとなり、描かれる対象は、松や鶴など伝統的な限られた画題から、身近な生きものたちや珍しい生きものへと広がっていきました。対象を丁寧に見つめ、その生きた美しさを引き出す写生は、生命誌が基本とする“よく見つめて愛づる”の一つの現れと言えます。
日本画制作の流れと写生。
写生は、画家が対象(生きものや自然など)をじかに見つめて描く。
また、ここで大切なのは、写生の役割と、本画の作意です。画家にとって写生は本画制作の過程であり、それを基本に本画に込められる作意があります。日本画は、写生、小下絵(構想)、大下絵(原寸の下絵)、本画、という過程で制作されます。写生は、描く動植物に実際に接しながら、色や形、季節の把握のために行うもので、様々な表現を実現するための訓練でもあり、重要な資料となります。
そこで、写生の科学的視点と、本画に託された生きものへの想いを、生きものの観察という画家の行為を追体験することで探っていきたいと思います。そして、写生画登場の前後で生きものの描写がどう変化したのか、写生と本画との間でどんな違いがあるのか比較しながら、日本人の“生命”への視点やその表現を見て行きます。まずは何が描かれているのか、種名を知るために野外へ出かけました。そして、文学の勉強も。
(きたじ・なおこ)
(図1) キャプションが入ります。キャプションが入ります。キャプションが入ります。キャプションが入ります。
1. 根だけ見ても植物がわかる!中国で幻のクリスマスローズも発見したプランツマン、荻巣樹徳さん(写真右)に植物の見方を教わる。
2. 松(アカマツ、クロマツ、ゴヨウマツ)のさまざまな園芸品種。一鉢一鉢異なり、200種類ほど…。伝統植物研究所にて。
3. ギボウシ、オモト、カンアオイ、マンリョウなどの、数々の品種が丁寧に育てられ保存されている、手入れの行き届いた温室。日本の伝統が生み出した誇るべき園芸文化が生きている。
4. 花菖蒲の交配授粉、花びら(本当はシベ)の中間あたりの面白いところに花粉をつけます。播州花菖蒲園にて。
5.6. 外部研究者セミナー「日本文化の中の生きもの」開催。国文学の田中貴子さん(京都精華大学)、西洋史の黒川正剛さん(太成学院大学)…蟲愛づる姫君はファザコン?西洋近代科学と魔女裁判!…それぞれの視点からのお話を伺う。まだまだ「本地尋ね」なければ。