1. トップ
  2. 季刊「生命誌」
  3. 季刊「生命誌」40号
  4. Research 環境が生んだあいまいな形態-カワゴケソウ科

RESEARCH

「環境の時」

環境が生んだあいまいな形態
-カワゴケソウ科

加藤雅啓東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻

過酷な環境に生息するカワゴケソウ科の植物。これは根・茎・葉の形態や配置が一般の被子植物とは全く異なるものになってしまった風変わりな水生被子植物である。生きものはさまざまな環境に適応、進化するが、その実態を解く鍵をこの変わりものから探っていこう。

1.コケに見えてもオトギリソウの仲間

現在、植物の世界が多様であるのは、植物の誕生以来の長い間に生物であれ、無機的なものであれ遭遇した環境に絶えず適応した結果だろう。さまざまな環境変動、更には植物自体の分布変動から進化の過程を追うことはできるが、植物が環境に対してどのように適応進化したかはまだ明らかになっていない。そこで我々は過酷な環境に生息し、根・茎・葉の形態や配置が一般の被子植物とは全く異なる風変わりな水生被子植物のカワゴケソウ科に注目し、適応進化の過程を探っている。

カワゴケソウ科は1775年仏領ガイアナで発見され、以来そのユニークな生育環境と姿・形が植物学者を魅了し続けてきた植物である。カワゴケソウ科は渓流沿い植物とも呼ばれ、川の中の岩、それも雨期には急流中に水没し、乾期には水上に出る岩の上でしか生えない。川の中は、植物体に傷がつきやすく、そこから腐敗しやすいため、植物にとって大変過酷な環境である。そんな環境にカワゴケソウ科は適応し、雨期には水生植物として、乾期には枯れるまでの短い期間に小さな花をさかせる陸上植物としてくらす。

その名のとおり、川に生えるコケのような草(被子植物)で、カワゴケソウ科を日本で最初に発見した今村駿一郎によると、地元(鹿児島県山崎)ではカワゴケと呼ばれていたらしい。その形態は科の中でさまざまであり、カワゴケソウの根は細い紐状であるのに、カワゴロモの根は葉のような姿をしている。多様で変わった形態をもつこの科はどのような植物から進化したのだろうか。過去には形態上の違いが大きいところから、被子植物のなかでも双子葉類と単子葉類に並ぶ新たなグループとして分類されたこともあったが、最近の分子系統解析により、真正双子葉類のキントラノオ目に属するオトギリソウ科と近縁であることがわかった。つまりカワゴケソウ科はごく普通の双子葉植物の形態をしたオトギリソウ科との共通祖先から分かれた後、急激な形態進化をとげたと思われるのである。

(図1)バラやオトギリソウの仲間だったカワゴケソウ

カワゴケソウ科はその形態がコケ植物に似ているが、分子系統解析によると被子植物の中でもオトギリソウ科(双子葉植物)に近いことがわかった。

2.例外ばかりの個体発生

カワゴケソウ科のちょっと変わった形態はどのような発生過程でつくられるのだろうか。近年、種子(0.1-0.3mmと小さい)からの培養方法が確立し、発生を追えるようになったので、通常の双子葉植物と対比しながら見ていこう。

(図2) 同じ仲間の双子葉植物とこんなに違うカワゴケソウ科の胚発生

双子葉植物は胚軸の両端に幼芽と幼根があるが、カワゴケソウ科では幼根はなく、胚軸の横から新たな根が生える。

双子葉植物の場合、種子の中にある胚は胚軸とその両端の子葉・幼根からできている。種子が発芽し、胚が芽生えになると、2枚の子葉の間に幼芽(シュート)(*註1)が発達する。一方、カワゴケソウ科の場合、多くが小さな子葉2枚と短い胚軸だけしかつくらず、幼芽はできてもほとんど成長しない。つまり、双子葉植物の発生の出発点として重要な幼根と幼芽ができないのである。この状態は興味深いことにシロイヌナズナのshootmeristemless (*註2)やmonopteros (*註3)変異体の表現型に似ている。ただし、カワゴケソウ科では、幼根のかわりの2次根が胚軸の横側にでき、それが成植物の主要器官へと成長する。そして、この根の上に葉の束やシュートができ、さらに乾期には花芽ができる。

これまで見てきたとおり、カワゴケソウ科は一般的な双子葉植物とは全く異なる独自のボディプランを生みだしている。これは、硬い岩に固着して急流に耐える必要がある環境に適応した結果といえるだろう。予備的な研究ではあるが、カワゴケソウ科の中でも原始的なトリスティカ亜科は、短命ながら幼芽と幼根をつくるので、両器官の欠失がカワゴケソウ科の中で起きた可能性がある。今後、トリスティカ亜科の発生を詳しく調べることで、カワゴケソウ科の独特な姿がどのように進化したかを解く手がかりが得られるだろう。

(註1) シュート

茎とそのまわりに規則的に配列する葉から成る単位。つまり葉や茎の集まりのこと。ふつう、シュートの先端には茎頂分裂組織があり、無限に成長する軸状器官である。

(註2) shootmeristemless

シュート頂端分裂組織ができないシロイヌナズナの変異体

(註3) monoptero

胚軸と幼根をもたないシロイヌナズナの変異体

3.根とは思えない根

カワゴケソウ科の根は糸状、紐状、帯状、葉状などさまざまである。葉状の根では、本来もつ固着機能に加えて、葉緑体による光合成機能まで備えているものもある。さらに根にじかに花がつくなど生殖にも関わっており、実に多機能である。このような特別な根ができたのはふつう根の先端にあるはずの根端分裂組織が、根の周囲に沿った長い周縁分裂組織へと大幅に変化したためである。この周縁分裂組織は、胚の性質を失っ て特定の組織へと分化してしまうという分裂組織らしからぬ性質を示す。

(図3) 同じ仲間の双子葉植物とこんなに違うカワゴケソウ科の生殖成長

双子葉植物では茎に花がつくのに対し、カワゴケソウ科では根からじかに花ができる。根は葉緑体をもち、光合成をするので緑に見える。

カワゴケソウ科の根の特徴は他にもある。通常の双子葉植物では根の先端に保護組織である根冠が存在し、屈地性にもかかわっているが、カワゴケソウ科には根冠をなくした種がある。また、側根は主根の内部組織(内鞘、内皮)からできるものだが、カワゴケソウ科のなかには外部組織から発生するものがある。このようにカワゴケソウ科の根には、根の範疇を逸脱しているように見えるものがあり、なかには根そのものを失ったものまでさまざまである。

4.分裂組織のない茎

カワゴケソウ科のシュート(幼芽)は糸状の葉が束になったにすぎないものから大型のものまでさまざまだ。研究者の間では、このシュートに茎頂分裂組織があるのかどうかで見解が分かれていた。茎や葉をつくる茎頂分裂組織がない双子葉植物など常識では考えられないのだが、詳細な観察により、カワゴケソウ科の茎頂には分裂組織がなく、新しい葉が若い葉原基の基部に生じることがわかった。なかには葉が生じる組織に隣接する細胞が液胞化し、やがて葉から脱離するという珍しい現象も見られた。つまり、葉の上に葉が重なることで茎のように見えていたのである。また、葉の裏側に葉が生じるという変わったものもある。植物の成長や分化にとって大変重要な茎頂分裂組織がなくても器官形成が起きるのはなぜか。このしくみは今後の課題である。

(図4) 同じ仲間の双子葉植物とこんなに違うカワゴケソウ科の栄養成長

双子葉植物は茎頂に分裂組織があり、茎から葉が生えるのに対し、カワゴケソウ科では古い葉の基部から新しい葉が生える。

5.過酷な環境から生まれたあいまいさ

今まで述べてきたことをまとめると、カワゴケソウ科は、ごく一般的な植物の形態をしたオトギリソウ科に近縁であるのに、川の中の岩の上という生育環境に適応するため、独自のボディプランを急激に進化させてきたことになる。その形態は“あいまいな形態fuzzy morphology”と呼ばれたり、“異常形態misfit”として扱われることもある。根が葉状化し、茎頂分裂組織がないために葉が葉をつくるようになった「コケ」化は、どのような遺伝的変化によってもたらされたのだろうか。また“異常形態(misfit)”が許容される自然環境下で進化はどのように起きたのだろうか。このような大きな変化が起きていることを植物の進化全般を知る入り口として捉えていきたいと考えている。

加藤雅啓(かとう・まさひろ)

1975年京都大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。京都大学理学部の助手、東京大学理学部の講師、助教授を経て現在東京大学大学院理学系研究科教授。

季刊「生命誌」をもっとみる

オンライン開催 催しのご案内

レクチャー

2025/1/18(土)

『肉食動物の時間』