RESEARCH
エコロケーション能の発達に見る
コウモリの環境との対話
コウモリは、自分が出す音(超音波)の反射(エコー)を聞き取って、環境における自分の位置、事物の相対速度や特性などを認知(エコーロケーションと呼ぶ)している。これは、空間を決める方法としても感覚という視点からもかなり特異である。エコーロケーションは自ら声を出して、環境への積極的な働きかけをする点で、能動情報系(active information system)であり、コウモリは音声で環境と対話していると言える。
このような能力はどのように進化したのだろうか?
また、個体の中で、どのような発達過程をたどるのだろうか?
話を先に進める前にコウモリがエコーロケーション用に発する音声の特性を簡単に説明しておこう。コウモリのエコーロケーション・サウンドは横軸に時間、縦軸に周波数をとったパターン(ソナグラム)を基に、CF型とFM型に2分される(図1)。
(図1)日本産翼手類2科エコーロケーション・サウンドのソナグラム
A コキクガシラコウモリ、
B キクガシラコウモリ(以上キクガシラコウモリ科CFコウモリ)、
C モモジロコウモリ、
D イエコウモリ、
E ナミエビナコウモリ、
F ユビナガコウモリ(以上ヒナコウモリ科FMコウモリ)
CF型は数十ミリ秒の強い超音波純音(Constant Frequency)の主部と端部に短いFM(周波数変調)部を持つ超音波音声である。一方FM型は数ミリ秒の間に数十キロヘルツも周波数が下降するFM音である。CFコウモリは自分が出したCF音のエコー周波数のドップラー変換(註1)で事物と自分との相対速度を検出している。
私は、CF型のキクガシラコウモリの音声の発達過程を詳細に追跡した。このコウモリの新生児は、産み落とされると、すぐに声を出し始める。母親は羊水で濡れた子の体表をなめながら、子の声に同期させた声を繰り返し出す。すると子は、母親の声に反応して発声を始める。新生児には超音波は聞こえないはずだが、母コウモリが新生児に対して出すのは、特別な音声、つまり「母親語」であり、これは超音波の純音が変調され、子に聞こえる(人間にも聞こえる)ようになったものであることがわかった。
子コウモリの発声と行動を観察すると、音で環境に働きかけてゆく過程をたどることができる。2週間ほど経つと子は、母親が別にいなくても自発的に超音波CF音を出すようになり、3週齢(開眼)に達するころには、CF音を発しながら飛ぶ(エコーロケーションだ)ようになる。3週までの、飛ぶことも見ることもできない幼獣にとって、「母親語」は重要な刺激に違いない。またキクガシラコウモリが産室とする洞窟は、他の幼獣の声や保育集団全体が発声する超音波騒音に溢れている。これらはいずれも、反響を生じやすい洞窟内にコウモリによって作られた音環境であり、これらに対して子コウモリは声で応答し、自らも音環境を作りながら環境認知能力を獲得して行くのである。
CFコウモリのエコーロケーションはCF音に同期した音の情報を読みとる(註2)ことが基本となっている。彼らの聴覚系にはCF音を中心としたシャープな音響フイルターがあり、CF音と他の音(側帯波)に分類し、事物の相対速度や、CF音に同期した虫の羽音などを検出できる。これは視覚動物の中心視を可能とする構造である網膜の黄斑になぞらえて聴覚斑(Acoustic Fovea)と呼ばれている。
キクガシラコウモリの母-子の音声コミュニケーションを他種のコウモリや、他の動物と比べると、頻繁な発声と、音声の同期に特徴がある。母―子の識別にはこんなに頻繁に声を出す必要はないはずだし、音声の同期にいたっては識別を困難にするようなことをなぜするのか説明できない。実は、毎日交わされる母―子の膨大な発声の同期した部分に注目すると、複雑な変調波が観測される(図2)。おそらくこれは、聴覚系のシャープな音響フイルターをつくり上げるために必要な刺激音を、母―子が声を出し合ってつくり出しているのだろう。図3に見られるように、子が飛べるようになる頃、母-子の同期したCF音(エコーロケーション・サウンド)にはわずかな周波数幅の側帯波が観測できる。これは母―子のCF音が極めて近い周波数に達したためで、このあたりで子コウモリのCF音周波数が決まってくると考えてよかろう。これをCF音周波数割り当てとか、個人化と呼ぶ。こうして環境と対話できる一つの個体ができあがっていくわけだ。
洞窟という場所は外界に比べるとはるかにノイズが少なく、反響を生じやすい。コウモリはこうした場で、自ら発声するという積極的な方法で反射音を手がかりに環境を認知する能力を獲得して来たようだ。生き物はすべて、このようにして、自らの生活の場に合った環境との対話を通して自分の住む世界の意味を抽出しているのである。
(図2)
(図3)
(註1) ドップラー効果
音波や電磁波などを出している物体(波源)と観測者が相対的に運動している時、観測者が測定する波の周波数が波源の周波数と異なる現象を言う。ドップラーが1842年に初めて研究した。たとえば、向かってくる救急車のサイレンは、救急車が止まっている時の音(波源の音)より高い音(周波数が増えている)として聞こえ、逆に去っていく救急車のサイレンは、低い音として聞こえる。
コウモリが目標物の動きを捕えるために出す音の反射波は、このドップラー効果によって周波数を変えている。この変化量をもとに、目標物の移動状態を知ることができると考えられている。
(註2)「CF音に同期した音の情報を読みとる」とは?
コウモリは自分の出したCF音に同期した音の情報を読みとる。遠くの虫の小さな羽音など(信号波)は、そのままでは耳に達しないので、自分が出す超音波CF音を搬送波として利用している(beat note 説)。搬送波に信号波が重なった変調波がコウモリの耳に入るが、その波は聴覚系で復調される。
通信工学の用語で理化学事典(岩波)には、以下の用に説明されています。
変調 [modulation]
通信用の搬送波に信号を対応する変化を与えて、信号をはこぶ形にすること。最も一般的なものは振幅変調であるが、マイクロ波の場合や雑音の少ない通信を目的とするときには周波数変調が用いられ、ほかに位相変調の方式もある。パルスを中間変調波とする場合の変調をパルス変調という。真空管を用いる方式には、信号を格子に加える格子変調(grid modulation)と、陽極に加える陽極変調(anode modulation)とがある。
周波数変調 [frequency modulation]
搬送波の周波数を変える変調で、FMと略称する。搬送波の周波数は変調周波数 の刻々の振幅み比例する周波数 だけ中心周波数 から変化する。 の絶対値の最大値を周波数偏移、を変調指数という。信号雑音比がよく、フェーディングの影響がなく、ひずみの少ない良質の通信が可能である。信号雑音比をよくするためには、変調指数したがってを大きくする必要がある。側帯波はを正の整数として一般に を生ずるので、非常な広帯域を必要とし、実用上は2.6 にとるが、 を30MHzの超短波以上にしなければならない。受信には、スーパーヘテロダインなどで増幅してから、振幅制限器と周波数弁別器とを用いて、周波数偏移に比例した低周波出力をとる。放送、警察無線、テレビジョン中継などに広く採用され、とくにマイクロ波領域の連続波通信では、ほとんどすべての場合FM方式が用いられる。また、テレビジョン放送の音声部分もFMである。加速器の加速電圧の周波数を変化させることも周波数変調とよばれ、シンクロサイクロトロンをFMサイクロトロンということがある。
振幅変調 [amplitude modulation]
搬送波の振幅を変調波の振幅に応じて変化させる変調で、AMと略称し、最も一般的な変調法である。搬送波を、変調信号の角周波数をとすれば、変調波は
となり、角周波数の側帯波を生ずる。を変調度(modulation degree)と呼び、変調の程度を表わす。最大振幅を、最小振幅をとすれば、である。の場合を過変調といい、波形がいちじるしくひずむ。
搬送波 [carrier wave]
通信用の信号は可聴周波数あるいは特殊な波形であるため、そのままの送信には適しないものが多く、ふつうは周波数一定の高周波を信号波によって変調したものを送信する。この信号をのせる高周波を搬送波という。変調波は周波数の異なる側帯波と搬送波からなる。
側帯波 [sideband wave]
周波数が一定の搬送波を変調した場合、変調波に含まれる周波数が以外の波。変調する信号の周波数を とすれば、振幅変調では、また周波数変調ではを正の整数としての周波数の側帯波を生ずる。変調波は搬送波と側帯波から成り、信号をはこぶのは側帯波の方である。