Special Story
オサムシから進化を語る
「バッハは小川(バッハ)ではなく、大海(メール)である」とベートーベンは言い、「バッハは終局である」とシュバイツァーは書いた。しかしバッハは、流れを集めて再び注ぎ出す大きな湖なのだと思う。生命誌研究館で行ったオサムシの共同研究もこれに似ている。個性も歴史も異なる個人(小川)が、1つの目的のために結集し、個人レベルではなし得ない研究(湖)を完成させ、それを糧に再び独自の河川となって流れ出る。どんな湖ができたか、なぜオサムシで、なぜ分子系統なのかを語ろう。
チリ、アルゼンチン特産のチリオサムシは、多種多様な形態分化を遂げて北半球に広く拡散したオサムシ族に比べ、その分布域は狭く形態も互いによく似ている。ところが色彩 にはさまざまな変異が見られ、それがチリオサムシの分類を混乱させてきた。
最新の分類(E.jiroux,1996)によると、おもに触覚の微毛の生え方を基準にして、チリオサムシは4グループ、8種に分けられている。そのうち6種を図示した。一見すると横に同じ種が並んでいるように見えるが、じつは(以降、右の図を参照)、(1)~(7)がブケットチリオサムシ、(8)~(13)がダーウィンチリオサムシグループ、(14)~(18)がチリオサムシ、(19)、(20)がセスジチリオサムシとなる。ちょっと信じがたい分類だが、柏井夫妻が採集した資料を調べる機会を得て、mtDNAから検討した結果 、分子系統樹はこうの分類を完全に支持した。つまり横に並んだ「そっくりさん」は系統上では離れた位 置にある。いわゆる平行進化だ。
チリオサムシの平行進化には興味深い特徴がある。(1)と(8)とがらお互いに色彩や上翅の模様がよく似ている。また、Aquas Calientesで採れた(3)と(9)と(16)や、Puerto Cisnesで採れた(4)と(10)と(17)も互いによく似ているが、Puconの同種のも(14)は同じ場所(Pucon周辺)で採れたもので、別 種でありなのとはずいぶん異なる。(6)と(12)と(19)、(2)と(15)、(11)と(18)はどれも同じ地域にいる別 種である。このような同所的な収斂現象はどうして起こるのだろう。同じ地域で形が似るのだから、何か環境の影響が考えられる。気候?餌?植生?土壌?実際に影響を与える要因はまだわかっていない。また、どのような遺伝的メカニズムが働いているのだろうか。
チリオサムシのみられる同所的平行進化
同所における収斂現象、そこには形態進化のメカニズムを探る一つのカギが隠されているに違いない。
(左)チリオサムシの分布域と採集地点
(右上)チリ・Pucon周辺
(右下)トラップにかかったチリオサムシ
(おかもと・むねひろ/鳥取大学農学部獣医学科助教授)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。