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Special Story

オサムシから進化を語る

形態とDNAの間で:井村有希

「バッハは小川(バッハ)ではなく、大海(メール)である」とベートーベンは言い、「バッハは終局である」とシュバイツァーは書いた。しかしバッハは、流れを集めて再び注ぎ出す大きな湖なのだと思う。生命誌研究館で行ったオサムシの共同研究もこれに似ている。個性も歴史も異なる個人(小川)が、1つの目的のために結集し、個人レベルではなし得ない研究(湖)を完成させ、それを糧に再び独自の河川となって流れ出る。どんな湖ができたか、なぜオサムシで、なぜ分子系統なのかを語ろう。


オサムシの分類に関する研究史は古く、19世紀末にはライターが世界の種の上位 分類体系をまとめ、20世紀前半になるとラブージュ、ブロイニングといった大家が独自の分類体系を発表した。これら初期の分類は、頭の形や口器の剛毛数といった外部形態の特徴に基づいて構築されており、ブロイニングの体系がもっとも多くの支持を集めた。

1970年代に石川が提唱した♂交尾器内袋の形態に基づく新たな分類案を踏襲して、90年代にダーヴが全世界の種を再編した。私はこれに改変を加え、オサムシ亜族を2郡8亜群に分類し、『世界のオサムシ大図鑑』(1966)を出版した。生命誌研究館でのmtDNAを用いた分子系統学的研究と並行して仕事が進んだことになる。

形態学に準拠したこれまでの体系に共通する欠陥のひとつは、研究者によって重視する形質が異なり、主観が入ってしまうため、いわば"ものがたり"的類型分類の域を出なかったことである。私も図鑑の作成にあたり、形態だけで分類をおこなうことの困難さを痛感した。これに対し、DNAの塩基配列による系統樹はきわめて客観的で、しかもこれまでの憶測の域を出なかった分岐の順序やその絶対年代の推定という時間的要素を盛り込めるため、体系上の分類単位 間の相対的位置が明確になり、真の系統関係を論じられるようになったのである。

分子系統樹から再構築した世界のオサムシの分類は、上位部分では基本的に私の体系を支持していたが、群レベルではより細分すべきであることが判明した。また、形態と分子双方の結論の間に生じる乖離によって、形態学者が見落としていた点が浮き彫りになり、私も目から鱗が落ちる思いを何度も経験した。平行放散進化や不連続な形態変化、静の進化などの現象は、おそらく種より上位 の分類階級でも生じているのだろう。得られた分子系統樹、世界のオサムシのほぼすべての属・亜属を網羅しているとはいえ、現行のリンネ式階層分類体系にそのまま持ち込むには、なお多くの問題がある。両者を十分擦り合わせたうえで、よりよい分類体系の完成に向け、さらに研究を進めていきたいと思う。

(左)プラハで行われた世界昆虫デーの催し。世界中の昆虫マニアが集まる。

(右)『世界のオサムシ大図鑑』(むし社) (写真=田中耕二)

(いむら・ゆうき/東急病院婦人科医長)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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