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Special Story

オサムシから進化を語る

DNA が明らかにするオサムシの多様化:
蘇 智慧 + オサムシ研究

「バッハは小川(バッハ)ではなく、大海(メール)である」とベートーベンは言い、「バッハは終局である」とシュバイツァーは書いた。しかしバッハは、流れを集めて再び注ぎ出す大きな湖なのだと思う。生命誌研究館で行ったオサムシの共同研究もこれに似ている。個性も歴史も異なる個人(小川)が、1つの目的のために結集し、個人レベルではなし得ない研究(湖)を完成させ、それを糧に再び独自の河川となって流れ出る。どんな湖ができたか、なぜオサムシで、なぜ分子系統なのかを語ろう。

ミトコンドリア ND5遺伝子による分岐年代推定

ヨーロッパで古くから「歩く宝石」と讃えられ、愛好者の多いオサムシだが、日本では地味なものが多いので、あまり知られていない。ところがオサムシは、大部分の種で後翅が退化していて飛べず、地域変異に富むので、どのように分布圏が成立し、種分化が起こってきたのかを探るのに恰好の材料なのだ。

この問題を解くには、まず類縁系統関係を明らかにしなければならない。従来の系統解析は、主に形態に基づく分類群から互いの系統関係を推定してきたので、主観的な要素が入りやすかった。それに対し、DNA など分子を用いた系統解析は客観性が高く、近年その有効性が認められてきている。
我々は系統をたどる分子時計として、ミトコンドリアにある ND5 遺伝子(約 1100 塩基対を使用)を選んだ。この遺伝子は、他のミトコンドリア遺伝子と核遺伝子に比べて進化速度が速く、オサムシの進化の道筋をたどるのに最適だった。日本のオサムシがどのように分布を広げ、分化してきたのかという疑問を解くために、日本のオサムシの系統解析から出発した。

DNAの塩基配列の比較によって作った分子系統樹は、互いの類縁関係を教えてくれるが、これだけではオサムシがいつ、どのようにして日本列島にやってきたかという疑問は解けない。系統樹に「時間」を加味する必要がある。幸い、オサムシの膨大な解析情報の中に、比べたい2つの系統を生じさせる地理的隔離、すなわち、川の形成や、山脈の隆起などの年代が分かる例があった。これらの地史の年代を横軸、 ND5 遺伝子の進化距離(塩基の違い)を縦軸にしてグラフにすると、それぞれの点がほぼ直線に並んだ。これは ND5 遺伝子がほぼ一定の速度で変異を蓄積していることを意味し、1% の塩基の違いの蓄積に、約 360 万年を要すると推定できた。

ND5遺伝子の進化距離と分岐年代の関係

淀川水系の完成、日本列島の分離、アルプスの隆起、の年代を横軸に、それに伴い分岐したオサムシ間のND5遺伝子の進化距離(塩基の違い)を縦軸にとると、時間と進化距離が比例した。1% の塩基が変化するのに約 360 万年かかることがわかった。

日本のオサムシの来た道

こうして、系統関係と分岐年代が推測できるようになったので、ND5の系統樹から日本産オサムシの起源を探った。

これまで、日本のオサムシは全て氷期(約 200 万年前以後)に日本列島に進入し、多様化したと考えられていた。しかし系統樹は、列島への進入経路が大きく2つのグループに分けられることを示した。

第1グループ(オオオサムシ亜属、マイマイカブリなど)は、約 1500 万年前、日本列島が大陸から分離する際にそこに乗っていた祖先型が、列島内で分化したと考えられる。マイマイカブリは、約1500万年前にまず東西2系統に分かれ、それぞれがさらに3と5亜系統に分岐しており、それぞれの分布は列島内の特定の地域に限定されている。これは日本列島が現在の姿になるまでに、まず大陸から離れて2つの半島になり、それらがさらに8つの島になる様子を写していると考えられる。

第2グループは、ユーラシア大陸から氷期に陸橋を渡ってサハリンや千島経由で北海道に入ったもの(アカガネオサムシ、コブスジアカガネオサムシなど)と、朝鮮半島から対馬(つしま)に入ったもの(ツシマカブリモドキなど)である。これらのオサムシは、大陸やサハリンの同種や近似種と氷期直前に分岐し、日本各地で多様化したことが系統樹から推測できる。

北海道の美しいオオルリオサムシは、カラフトクビナガオサムシに最も近縁だが、その分化の時期は、第3期までさかのぼる。第1、第2ブループとはまた別の侵入経緯をたどったのだろう。

日本のオサムシの来た道

現在日本には36種類のオサムシがいるが、その由来によって2つのグループに分けることができる。第1グループ(緑色)は、1500万年前、大陸から列島が分離する時に一緒に乗ってきたオサムシ。その代表マイマイカブリは、列島が2つに分かれた時にまず2系統に分かれ、さらに多島化の時期に、現在の8系統に分かれた様子が系統樹からわかる。第2グループ(青色)のオサムシは、大陸と陸続きになった氷期に移入してきたと考えられ、大陸には近縁のオサムシがいる。

オーストラリアオサムシとチリオサムシの誕生

日本のオサムシの起源と分化は日本列島の地史と密接に関連していた。世界のオサムシの多様化が同じように世界の地史と関連づけられるだろうか。

これまで、チリオサムシとオーストラリアオサムシの系統学的位置が不明だった。我々の核 28S rRNA 遺伝子とミトコンドリアND5遺伝子による解析で、オーストラリアオサムシ、チリオサムシ、セダカオサムシ族およびオサムシ族はそれぞれ独立の系統となり、別族を形成することがわかった。ND5 遺伝子による年代推定では、オーストラリアオサムシとチリオサムシの分岐は約 6000 万年前で、これは南米大陸、南極、オーストラリア大陸が分かれた年代に重なる。オーストラリアオサムシとチリオサムシは、他のオサムシと姉妹関係を示さないため、ユーラシア大陸や北米からの進入は考えにくく、南米大陸、南極、オーストラリア大陸が陸続きの時代に生息していた祖先が、大陸移動による隔離で分化したと考えられる。

世界のオサムシ亜科の 分子系統樹と大陸移動

DNA解析によって、オサムシ亜科は4つの族に分類できた。大陸移動、分布域と重ね合わせて考えると、南半球のオーストラリアオサムシ族とチリオサムシ族は、北半球に多く生息するセダカオサムシ族やオサムシ族と、古くに分岐している。
     オーストラリアオサムシとチリオサムシが分かれた約6000万年前は、陸続きであった、南米、南極、オーストラリアが分裂した時期と一致する。大きな大陸の移動に伴って、オサムシが分岐し、分布域が確立された様子がうかがえる。

オサムシの一斉放散

ND5の系統樹から、オサムシの形態多様化の様式がいくつか見えてきた。まずオサムシ亜族の多くは、ある時期にほぼ一斉に分岐し、短期間に形態の異なる様々な種が爆発的に誕生している。我々はこれを「一斉放散」と呼んでいる。一斉放散の時期は約 5000~4000万年前と推定され、インド亜大陸がユーラシア大陸に衝突し、ヒマラヤが隆起した時期と一致する。現在その地域にはオサムシの種類が非常に多いので、チベット周辺に生息していたオサムシ亜族の祖先が、地殻変動に伴う環境変化によって、爆発的に形態多様化を起こしたのだろうと考えている。インド亜大陸北部に乗っていたオサムシ亜族の祖先が、ユーラシア大陸に到達した途端、急速に分布を拡大し、放散した可能性もある。一斉放散の後も、それぞれの系統内で、中・小規模の放散が起こっている。

不連続形態進化

韓国のオオズクビナガオサムシは、同じ場所に住むリーチホソクビナガオサムシに比べ、頭胸部が著しく大きい。巨頭化だ。ところがこの両者の mt DNA には、とくに違いは見られない。これは形態変化が急速に起きたことを示唆している。同じような不連続な形態変化が時に別系統に平行して起こることもある。

日本のオオオサムシ亜属は、交尾器の形態から4つのタイプに分けられるが、ND5遺伝子の系統樹では、地域ごとのまとまった系統の中に4つのタイプが混在している。この系統樹がコンピュータ画面に現れた時、これまでの形態による分類と余りにも違うので、解釈に苦しんだ。mt DNA の祖先での多型や交雑によるmt DNA の水平移動などの可能性が考えられるが、地域的系統が綺麗に認められ、交雑でも完全な説明にはならない。我々はこの結果を、オオオサムシ亜属の種分化の過程で、各地域で同一タイプの形態変化が独立に平行的に生じたと推定し、これを「平行放散進化」と名付けた。おそらく、オサムシのゲノムには、ある形を示す遺伝子が存在しており、その遺伝子を働かせるスイッチの役をする遺伝子が働けば、その形が現れるのだろう(タイプスイッチングと呼ぶ)。

この考え方は、今後、発生学などからの検証が必要だが、平行進化は、オオオサムシ亜属に限らず、他の分類群や上位の分類群にも見られる。

頭部が巨大化したコウガオサムシとクギヌキオオズオサムシのそれぞれが、ND5 遺伝子の系統樹で、前者はカブリモドキ、後者はクビナガオサムシと、色も形も異なるものと姉妹関係になることがわかった時は驚いた。また、中国のクロナガオサムシは、日本のキュウシュウクロナガオサムシにもっとも近縁とされていたが、ND5遺伝子の系統樹で、形の全く異なるドウガネオサムシに近かった。何かの間違いではないかと核の遺伝子で確かめたが、結果は同じだった。

平行進化──違う系統に似た者が!:ヨロイオサムシの平行進化

コウガオサムシとクギヌキオオズオサムシは、形態上はそっくりだが、それぞれ形態の著しく異なる別の系統から現れている。

オサムシの進化における「動」と「静」

形態変化がほとんど起きない時期もある。例えばマイマイカブリの近畿以西の3系統の分岐は約1300万年も前だが、形態的に区別できない。クロツヤオサムシの2系統は、約2000万年前にアルプスに隔てられて以来、ほとんど形を変えていない。不連続な形態変化を「動」とすれば、これは「静」と表現できよう。このような「静」の時期は、オサムシ亜族の歴史のじつに2分の1~3分の1の長期にわたる。これは、種形成の主因といわれる地理的隔離そのものが、顕著な形態変化の原因とならないことを示唆している。

「生きた化石」と呼ばれる生物は、まさにこの「静」の時期の長い例なのだろう。進化は静と動の組合せで行われる現象と考えられる。

7年間の研究で、客観的なオサムシの系統分類体系を構築しただけでなく、一斉放散や不連続的形態進化、地史と種分化の関連という、生物の進化、或いは多様化のメカニズムを探る上でもきわめて重要な知見が得られた。またこの研究を端として、昆虫の系統解析が日本中で広がりを見せており、平行進化や一斉放散は、他の昆虫、他の生物でも見つかるだろう。昆虫だけでなく、系統・分類学が発展し、生物進化の姿が見えてくるのが楽しみだ。

(スー・ズィフィ/JT生命誌研究館研究員)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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