Special Story
骨と形 骨ってこんなに変わるもの?
JT生命誌研究館では、1999年10月から2001年3月まで「生き物を透かしてみたら・・・・・・・骨と形---骨ってこんなに変わるもの?」展を行っています。これは、BRHの青山裕彦研究員の研究(肋骨はどうして胸にだけあるのか?という問題を中心に、ニワトリとウズラを使って調べています)を基本として企画しました。
骨は人間を含む脊椎動物の体を支えるものとして古くから研究されてきました。でも今回は、骨を「形を決めるもの」という切り口で見て、脊椎動物の進化と個体発生を関係づけながら整理し、展示を作りました。
この展示の面白さをみなさんに伝えたいと思い、『生命誌』誌上で展示見学ツアーを試みます。展示を眺めるように、ページをめくって、脊椎動物の骨格の進化と個体発生をたどってみてください。さまざまな生物の実物の骨格標本や発生標本を比べると面白い。このあとはぜひ、生命誌研究館にお越しくださって、実際の展示をお楽しみください。専門家も小さなお子さんも楽しめます。
ヤツメウナギはウナギの親戚ではない。それどころか、いわゆる「サカナ」ですらない。じつはこの動物、普通の脊椎動物なら必ずもっている「アゴ」がない。あって当たり前のように見えるアゴも、じつはちょっとした進化の発明であった。化石の系譜をみると、最初はアゴのない脊椎動物しかおらず、時代が下るとともに除々にアゴをもった脊椎動物、つまり「顎口類(顎=アゴ)」の比率が増えてくるのがわかる。いまでは、アゴのない「無顎類」にはヤツメウナギ類とメクラウナギ類の、わずか2グループが数えられるだけだ(最新の発見によると、両者ともカンブリア紀の初期にはすでに存在していたらしい)。
比較形態学から、我々の祖先は、繰り返しパターンで並んでいたエラに相当する器官のひとつを極度に変形させて、上下に開く関節をもつアゴを作ったことがわかってきた。ヤツメウナギでは、アゴの代わりに見事な吸盤ができたのである。つまり、ヤツメウナギの口は、原始的で単純な構造なのではなく、エラ相当の器官から見事な進化の結果としてできたものなのだ。
私の研究室では、ヤツメウナギ類のうち、カワヤツメ(Lampetra japonica)という種を用いて、アゴの進化を追っている。本当はメクラウナギの仲間も観察したいのだが、それは大変難しい作業である。じつは、ヤツメウナギもメクラウナギも、顎口類の祖先が出現した遙か以前に分岐したらしい。ヤツメウナギのほうが比較的顎口類に近いらしいが、彼らと袂を分かったのち、我々の祖先はかなり長い間、アゴのない状態のままで暮らしていたようだ。だからわれわれ生物学者がアゴの進化を知る手がかりは「ヤツメウナギしか残っていない」という情けない状態なのである。ならばなおさらのこと、ヤツメウナギを深く理解する必要があるわけだ。
アゴの進化を追っていくと、脊椎動物の初期の進化について大きなヒントを与えてくれるだろう。とりわけ、顎口類と無顎類の発生過程で、何がどのように違って「アゴの有無」が決まるのかという視点は重要だ。進化的変化は、つまるところ、発生過程の変更の歴史にほかならないからである。いったい何がどのように変化しアゴが作られるはめになったのだろう。遺伝子の重複だろうか、細胞群の移動様式の変化だろうか。それが何であれ、その発生のプログラムの変更は、ヤツメウナギと顎口類の祖先の分岐と深く関わっているに違いない。
(くらたに・しげる/岡山大学理学部生物学科教授)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。