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Special Story

「翅」が語る生命誌

遺伝子が決める翅の形:多羽田哲也

形をつくるには、受精卵が分裂をして体をつくっていく初期の段階で、それぞれの細胞が将来体のどこになっていくかを決めておく必要がある。胚発生の初期に、胚はまず、大きくいくつかの領域に区分けされる。区分けされた各領域はコンパートメントと呼ばれ、それぞれの未来は厳密に決められている。

キイロショウジョウバエの翅で見ていこう。翅は前後2つのコンパートメントに分かれている。前部の細胞集団は後部のそれと混じることがなく、直線的な境界を作る。これは後部で発現する一個の遺伝子(engrailed)の働きによる。engrailedが発現すると後部、発現しないと前部になるわけだ。

engrailedはもう1つ重要な働きをしている。前後の境界にシグナル分子を発現させることだ。シグナル分子は、境界でもっとも濃度が高く、離れるに従い低くなる勾配をつくる。ショウジョウバエの翅はこのengrailedの2つの機能の二重焼きを青写真としてできていく。個々の細胞はengrailedの発現の有無で自分は前か後ろかを知り、シグナル分子の濃度で相対位 置(境界からの距離)を知るのだ。ここから先、写真と説明図を見ながらパズルを考えていただきたい。

翅形成の時期にengrailedの活性を完全に欠いた細胞を後部の一部に人工的につくってみた。その細胞集団は色で識別 できるようにした。engrailedを欠く細胞集団が後部の一番後ろに形成されると、そこは前部の構造をとり(翅脈でわかる)、しかも、隣の正常な細胞との境界で、シグナル分子の発現を促し、2つめの後部の形成を誘導した。その結果、2つの翅が鏡像対称をなす構造ができた。後部の中間部分に前部をつくった例が、図の2、3の翅だ。この場合、engrailedを欠く細胞集団の両側が後部と接してシグナル分子が発現するので、後、前、前、後となる。シグナル分子が少なくなると翅の端になること、人工の翅では向きの逆転が起きていること(翅脈でわかる)もパズルの一つとして見てほしい。

現在では、関係する多くの遺伝子が見つけられ、より詳細な事実が明らかとなってきている。得られた結果は、脊椎動物など他の生物にも当てはまることがわかってきており、今後の展開が楽しみである。

翅の形づくりの仕組み

一番上は正常翅、翅1~3はengrailedの活性を欠いた細胞を後部コンパートメントに導入してできた翅。左列は写真で、右列はそのでき方を示す模式図。
模式図では、engrailedの働く部分(後部の構造をとる)が青色で、働かない部分(前部の構造をとる)は黄色で表されている。実験的にengrailedの活性をなくした部分(前部の構造をとる)は緑色で表されており、この部分がどこにできるかによって、境界が2つになったり(翅1)、3つになったり(翅2、3)する。
右の帯に示された赤色の濃淡はシグナル分子の濃度を表している。シグナル分子が発現するコンパートメントの境界付近(濃い赤色の部分)が翅の中央部の構造となることが翅脈(数字で示している)からわかる。翅の構造はシグナル分子の濃度と属するコンパートメントの違いによって決定される。
(写真=多羽田哲也)

(たばた・てつや/東京大学分子細胞生物学研究所 染色体分子構造解析分野助教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。
 

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