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BRHニュース

研究を表現する

1998年8月11日、BRHで新しい試みをした。研究を表現につなげるためのセミナーだ。99年10月開催予定の「骨」をテーマにした展示に向け、「進化と発生」という見地から骨に関心をもっている研究者に自分の研究の中で多くの人に伝えたいことを伺い、SICP 註)スタッフと展示制作者も一緒に討論した。


ニワトリとウズラの移植実験で骨のできる仕組みを研究している高橋淑子博士。「学会発表ではないので、思いきった仮説を紹介しよう」という嬉しい言葉から始まった。内容は、表層の骨(触ってコツンとぶつかるところ)と深層の骨(筋肉が周りについているところ)で、でき方が違うという話。触ってコツンなら、誰でもわかるし、しかも形づくりの本質とつながっていそうで面 白い!なんとか展示に生かしたいものだ。

 

BRHの青山裕彦研究員。同じく移植実験で肋骨のでき方を調べている。細胞や組織がコミュニケーションしながら役割を決め、肋骨になっていくという発生の基本だ。古関明彦博士は、同じ発生過程の裏で働いている遺伝子を研究している。

さて、ここで、受精卵から骨ができるまでをどう説明するかという議論をした。パネルではなく、できる限り実物を使うということで皆の意見が一致した。その中で骨をつくる遺伝子の働きをどう表現するかについては大いに議論が盛り上がった。遺伝子抜きでは語れないので、色をつけて遺伝子を表現しようということに始まり、意見が出る出る。結局、遺伝子というより、細胞と細胞がどこでどういう話し合いをしているかが伝わることが大事だということに落ち着いた。
 

オーウェンの考えた脊椎動物の概念上の原型 (『かたちの進化の設計図』より改変)

次は進化の話。倉谷滋博士の脊椎動物における顎の進化。私たちの顎はえらが変化してできたもので、えらの一部は耳の中の耳小骨にまでなっているという。カンブリア紀から現在までに登場した様々な生き物の顎の図を見ていくと、えらから顎へ、顎から耳小骨へと変化した様子が見えてくる。和田洋博士は脊椎動物にもっとも近いホヤやナメクジウオの研究者。脊椎動物という名前の通り、この生き物の最大の特徴は脊椎をもつことである。だから、進化的位置がもっとも近く、背骨がないナメクジウオの発生過程に興味を向けたのだが、背骨の進化と一つの遺伝子の発現場所が変わることが結びつくかもしれないという仮説が出てきて面白かった。

ここまでは、硬い骨(リン酸カルシウムでできた骨)の話。では、無脊椎動物は骨を持たないのだろうか。この疑問に答えてくれたのは、「どうして私が骨の会に呼ばれたの?」と言う団まりな博士。無脊椎動物がもつ小さな骨片はリン酸カルシウムではなく、ケイ酸カルシウムや炭酸カルシウムであり、顕微鏡でしか見えない。その他二枚貝の貝殻や昆虫の外骨格もあるが、すべての無脊椎動物が体を支える硬いものをもつわけではなく、進化の系統樹では飛び飛びになり、つながりは見えないということだ。しかし、海綿にも骨があるのを見せるのは面白いから、大きくした骨片模型を展示してはどうかという提案があった。

発生と進化をどうつなげるかという最後の討論。遺伝子をどう表現するかということや、進化を考える時に研究者は原型という概念をもっているが、それをどう示せばよいかという話が出た。そして、「骨の展示」で絶対に抜かしてはいけないことを話し合った。骨は2種類、つまり、軟骨ができてそれが置き換わって骨化してできるものと、いきなりパッと骨になるものがある。これは忘れてはいけないね…などと言いながら、長く、楽しいセミナーが終わった。
 

脊椎動物の祖先は5cmくらいなのに?
(BRH側スタッフ)

これまでの展示では、私たち(SICPスタッフ)をはさんでいる研究者と制作者が同じ場で話し合う機会がもてなかった。今回は皆が一堂に会して、お互いの領域を知ってから展示企画をスタートしようという新しい試みだ。具体的な展示が決まるところまではいかなかったが、楽しい話し合いだった。研究を表現するということに一緒に興味をもち、討論する時間を共有すること。この第一歩は踏み出せた。

とにかく「骨から見た進化と発生の研究」というタイトルにふさわしい、新しいチャレンジが始まった。骨の展示といえば、骨格を見せたり、医学的アプローチがほとんどだが、今度の展示では生物の研究者の出した結果だけでなく、考え方をうまく組み込むことで新しいものを出したい。このセミナーを通して、「研究者も表現したがっている」というメッセージをたくさん受け取った。たくさんの研究成果を皆のエネルギーにのせて空間に配置していこうと思う。ますます、展示企画が面白くなってきた。

 

(註) SICP=Science Communication and Production

SICP部門は、生物の実験研究をしている研究部門とともに生命誌研究館の活動の大きな柱。科学を社会に伝えるために、雑誌・展示・舞台・映像・コンピュータなど、さまざまなメディアを使った創作をし、科学を表現している。季刊『生命誌』の発行もその活動の一つ。

(工藤光子/本誌)(写真 = 外賀嘉起)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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