JT生命誌研究館は1993年の創立より「科学のコンサートホール」 として、生きもの研究を美しく楽しく表現してきました。その基盤を築いたのが、初代館長の岡田節人先生(1927-2017)です。目先の競争には眼を向けず、本質を見る本物の発生生物学者であり、学問には厳しい方でした。けれどもその底には昆虫や音楽やゲーテを愛でる優しい気持ちが流れていました。岡田先生が醸し出す独特の空気が今も研究館には流れています。多くの方が、ここにしかないと言ってくださる豊かで静かな時間が流れるこの空間をこれからも大切にしていきます。
科学技術の人間社会に占める役割が、とてつもなく巨大なものになっている今日ですが、おかしなことに科学の評判は一般的にはあまり高くはないように思われます。つまり、科学は人間からロマンと心を奪う方向のものととられることが多いのです。人間にも直接に訴えるような、心ある科学はあるはずですし、それなしには科学技術の進歩を私たちは安心して享受できないでしょう。わがBRHは、いかに微力であっても、どなたとも一緒に楽しめる科学を呈示することへのチャレンジを試みています。科学はむずかしい、という前提、思いこみをしばらく忘れてみてください。だって、かなり難解としか思えない、藝術作品も私たちの心にふれて、接し方によっては私たちに喜び(ときには深い悲しみも)を与えてくれているではありませんか。そこには理屈を越えた心情への訴えがあればこそです。科学にはこうした境地はないことになっています。恥ずかしいことです。本当にそうなのでしょうか。
是非共、一度わが研究館を訪れてください。また、当館の展示だけでなく、当館の主催するトーク、見学、それにコンサートのようなイベントものぞいてみてください。いうまでもないことですが、当館は原則として一般に公開しています。
2001年10月
JT生命誌研究館名誉顧問 岡田節人(おかだ ときんど)
プロフィール
JT生命誌研究館名誉顧問
兵庫県出身、1927年生。
生物学者・理学博士。京都大学理学部卒。
京都大学教授、岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所所長、同機構長、国際生物科学連合副総裁等を歴任。
1989年に国際発生生物学会からハリソン賞を日本人として初めて受賞。
1995年度文化功労者の顕彰、
1998年勲二等旭日重光章を受けた。
京都大学、基礎生物学研究所、総合研究大学院大学それぞれの名誉教授。
1993年から2002年3月までJT生命誌研究館館長。
2017年1月17日永眠
著書リスト
- 『細胞の社会』(講談社ブルーバックス)
- 『生命科学の現場から』(新潮社)
- 『生命体の科学-テクノロジーと文化』(人文書院)
- 『からだの設計図』(岩波新書)
- 『生物学個人授業』(南伸坊と共著)(新潮社)
- 『生物学の旅-始まりは昆虫採集!-』(新潮社)
- 『アルマ・マーラーに恋した生物学者-生命の響き』(哲学書房)
岡田節人先生の言葉 − 季刊「生命誌」より
30号サイエンティスト・ライブラリー
ルイセンコの時代があった-生物学のイデオロギーの時代に
岡田先生が自身の人生と研究について語ったインタビュー記事です。生物学の世界で生きてきた半世紀の歴史と人間的なかかわり、そのなかでの時代への感受性の変化が語られています。
2号〜23号コラム
岡田節人の音楽放談(連載)
生物学に詳しい音楽家とまで言われた岡田先生が19回にわたり、思いのままに音楽を語った名エッセイです。音楽も科学も優れた知であることが浮かび上がります。
1号レクチャー
生き物のしなやかさ
JT生命誌研究館の準備室時代、季刊「生命誌」創刊号に寄せた生物講談です。
5号トーク
生物学が豊かだったころ-18世紀フランスに実験生物学の萌芽を見る-
フランス文学者である中川久定さんと岡田先生の対談です。
8号サイエンスオペラ
脳が失わせたもの
イモリのレンズ再生の物語を岡田先生はハイドンの交響曲にのせサイエンスオペラとして上演しました。岡田先生が舞台上で語ったお話を記事にまとめたものです。
22号トーク
教養の中の科学
社会学者であり教養をテーマに長年研究されてきた筒井清忠さんと岡田先生の対談です。
24号〜32号コラム
岡田節人の歴史放談(連載)
2つの大戦がおこり世界的な悲劇の時代であった20世紀前半の生物学者に注目し、その人となりと研究を紹介する連載です。
28号トーク
自然を見る目と文化
フランス文学、日本の王朝文学、フランス近代音楽と広い分野で多くの著作のある杉本秀太郎さんと岡田先生の対談です。
38号トーク
生物学のロマンとこころ
「愛づる」をテーマに語り合った中村桂子館長と岡田先生の対談です。
50号トーク
[知と美の融合を求めて] 生命誌という作品づくり
2008年に季刊「生命誌」50号で行われた中村桂子館長と岡田先生の対談です。岡田先生は「啓蒙や解説ではなく作品ですぞ」と念を押されました。岡田先生の言葉を大切に私たちは生命誌の作品づくりを続けます。
サロンコンサート - 音楽と生命誌
岡田先生はJT生命誌研究館の創立当初からさまざまなサロンコンサートを開催し「科学のコンサートホール」の具体を示してくださいました。
サロンコンサートの開催記録はこちら