ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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最初の一歩を見つけたい

2017年10月16日

尾崎 克久

アゲハチョウの仲間は、食草が変わったことをきっかけにして種分化(進化)が起きたと考えられています。種分化が起きたといった場合、異なる特徴を持った集団間で交配が起こらない仕組みが完成したことを意味します。専門用語でいうと、「生殖的隔離機構が確立した」となります。ある蝶の仲間から、異なる植物を食べるものが現れた時、元々の植物を食べている集団と交配が続いていたら、それは種分化ではありません。食性が変わった後もずっと交雑が続いている場合、それは種内の多型ということになります。種分化が起きるためには、なんからの方法で食草が同じ雌雄が選択的に交尾する必要があるのです。

例えば、ナミアゲハとキアゲハは成虫の色や模様がよく似ていますが、別種です。翅の模様をよく観察してみると、ナミアゲハの前翅付け根付近の模様はスジがあって黄色と黒のストライプになっていますが、キアゲハは同じ場所が黒のベタ塗り模様になっています。成虫の見た目が似てはいますが、幼虫の食草は大きく異なります。ナミアゲハはミカン科、キアゲハはセリ科です。キアゲハの仲間はアゲハチョウ科の中では比較的新しく進化したグループであると考えられていて、ナミアゲハとの共通の祖先から種分化したとされています。おそらく、ミカン科からセリ科へと食性が変化したことが種分化のきっかけになったのでしょう。


産卵中のナミアゲハ(左)とキアゲハ(右)

こんなにも似ている2種は、間違えて交尾してしまうことはないのでしょうか。異種間の雑種が野外で見つかることもごく稀にあるとのことなので、自然界でも極めて低頻度ではあるものの雑種交雑が起きていることは知られていますが、基本的には交尾相手を間違うことはありません。

それでは、ナミアゲハとキアゲハは、お互いにどのような方法で見分けているのでしょう。その答えは、視覚にあります。キアゲハの雌成虫は人には見えない波長の紫外線を反射しています。人の目にはよく似た色に見える両種ですが、紫外線の色を見ることができる蝶たちには、キアゲハの雌成虫とナミアゲハの雌成虫は全く違う色に見えているのです。交尾相手を見分けるということ一つ取っても、なかなか複雑なことをしているのですね。

食性の変化による種分化が起こるには、もっといろんな条件をクリアする必要があります。

  • ・成虫による産卵場所の選択が変わる
  • ・幼虫がその植物を食べられるようになる
  • ・植物の生育時期に生活史を合わせて、発生時期を調節する
  • ・同じ食性の異性を見分け、交尾相手として選択する

上記のそれぞれの条件に複数の遺伝子が関わっていますので、それら全てが同時に好都合な突然変異を起こしたという可能性は極めて低いだろうと考えられます。ということは、進化の最初の一歩となる小さな変化があって、それ以外は後から起きた最適化だったのではないでしょうか。

これまで行ってきた研究成果を総合的に判断すると、元々の食草をメス成虫が嫌いになるという変化が最初ではないかと考えています。それでは、食草が嫌いになるという変化はどうやって起きるのか?その答えを、ミヤマカラスアゲハに聞いてみようと思います。ミヤマカラスアゲハとクロアゲハは、メス成虫の植物に対する好みがちょっとだけ違うということが知られていて、種分化の初期段階の特徴を残しているだろうと期待できるのです。この結果について、いつか報告できる日が来るのを楽しみにしていただければと思います。

先人たちの努力によって、アゲハチョウの仲間は様々な角度から研究に取り組める入り口をたくさん用意してくれています。なんとも素晴らしい"モデル生物"ではありませんか。


ミヤマカラスアゲハ

[ チョウが食草を見分けるしくみを探るラボ 尾崎 克久 ]

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