ラボ日記
ラボ日記
研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。
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【May I?】
 
橋本主税

May I?(してよろしいですか?)
Yes, you may.(していいですよ)

という英語の言い回しがある。
しかしこれはかなり形式張った
あるいは格上の人に対する質問の仕方である。

また答えるにもYes, you may.は
してもいい(けどあまり望ましくない)という
ニュアンスが含まれる場合も多く
普通に許可する場合には上から目線の物言いであろう。
だから普通はCertainly. とかSure.とかを用いる。
でも、Certainlyもある意味で堅苦しい感覚はある。

というようなことを参考書や辞書で読む。
だからMayは・・・ってことなのだが、
この文の意味をmayという助動詞が決めていると考えるのは
間違っていると言わざるを得ない。
むしろ、これらの文章がmayの意味を規定している。
これら1つ1つの文章と、その文章が表す事象との対応関係が
Mayの意味を規定するのである。

May I?と聞く状況があり
その状況はCan I?と聞くときとは異なる。
またYes, you may.といわれる場合と
Certainlyと言われる場合の雰囲気の違いが明確にある。
これら全てによって潜在するMayの意味が切り出されるのである。
少なくとも赤ちゃんが言葉を覚える過程はこの通りであって、
単語を覚え、文法を覚えてから言葉を覚えるのではない。
全ての単語がア・プリオリに意味を持つことはあり得ないのだ。

その単語が成立するためには、
その単語以外との違いが必要であり、
また、その単語が意味付けされるためには
その単語が他の単語と織りなす関係性の存在が必要なのである。
この見方はある程度理解されやすいと思う。
これが大きな意味での構造論の考え方であろう。

物理学には数学という論理体系が存在する。
化学には化学式と言う論理体系が存在する。
これら論理体系は言語には翻訳できない。
言語にすると本質は霧散する。
しかし、生物学を説明する論理はいまのところ言語しかない。
もちろん言語はそれ自体が純粋論理体系であるのだが、
その論理体系で生物を語れるのかはなはだ心許ない。
そこに生物学の抱える限界を感じる。

では生物の論理とは何か?
私はそれをゲノムだと考えている。
ゲノムは遺伝子の集合ではなく、ましてやDNAなどではない。
遺伝子そのものには意味はなく
遺伝子の関係性こそがゲノムなのではないだろうか。
この意味において構造論的思考法は重要だと考える。
私は、単語を遺伝子と置き換え
文章やその他のものとの関係性全体をゲノムと置き換えて
生きものの論理を見いだしたいと思っている。
そして、このような思考には議論が必要なのである。

いま、小さな議論の場を設けたいと考えている。
学生さんのレベルでの議論を聞きたい。
進化や発生を勉強している学生さんが構造論の立場に立った時
どのように考えるのかを議論して頂きたい。
土曜日の午後にでも皆で議論して、
その後にビールでも飲みに出るのも良いかもしれない。
もちろん研究館以外の方々のご意見も聞いてみたいのだが、
それを言い始めたら集まり自体が動かせなくなるのでむずかしい。

何でもありの議論から何か見いだせたらしめたものなのだが。



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