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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【“貴重”なミス】

蘇 智慧

 暑い夏が過ぎて涼しい秋が訪れています。今年の夏には例年通り、BRHサマースクールが開催されました。私たちのラボは4名の参加者を受け入れ、4種類の身近な昆虫の系統関係を調べるのががテーマでした。ここでは参加者がしてくれた一つ“貴重”な実験ミスを紹介したいと思います。
 サマースクールの実験過程には昆虫胸部筋肉の摘出、筋肉からのDNA抽出、PCR法によるDNA断片の増幅、塩基配列の決定、系統樹作成など多くの実験作業が盛り込まれています。その“貴重”なミスが起きたのはPCR反応の作業の時でした。少し細かくなりますが、PCR法がどんなものか、簡単に説明してみたいと思います。筋肉から抽出したDNA溶液にはその昆虫が持っているすべてのDNAが含まれています。しかし、私たちが調べたいのはその中のごく一部、ある特定の領域だけです。その特定領域を取り出せるのはPCR法です。取り出すと言ってもその部分を切り取るのではなく、その特定領域を大量に増幅合成するのです。この増幅合成反応には筋肉から抽出したDNAが鋳型として必要で、他にもDNA合成するための部品としてのヌクレオチドや、その特定領域を認識させるプライマーおよびDNA合成酵素などが必要となります。これらの試薬を一つ一つ反応チューブに入れてもらうのは時間がかかりすぎるため、鋳型DNA以外のものは事前に混ぜて混合液を作っておきました。そこで参加者に鋳型DNA 5μl、混合液20μlを反応チューブに入れてくださいと指示しました。溶液を吸い取るマイクロピペットの使用に全く慣れていないため、1人の参加者は200μlのマイクロピペットを20μlのものに間違えて、20μlの混合液を入れるところで200μlを入れてしまいました。その後、混合液が足りなくなったため、その間違いに気づき、やり直しましたが、せっかく入れてくれましたので実験してみようということで、10倍も多い混合液を入れた反応チューブも同時にPCR機にかけてみました。その結果は見事で、どちらのチューブでも目的のDNA断片が綺麗に増幅されました。PCR反応は如何に大まかであることが分かりましたが、私たちプロの研究者は普段このような実験は絶対するはずがないでしょう。しかし、大きな発見が初歩かつ単純的なミスから生まれる例は少なくありません。初心に戻って今の生物学の複雑さから抜け出し、初歩且つ単純な実験を試みる必要があるのではないでしょうか。



[DNAから共進化を探るラボ 研究員 蘇 智慧]

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