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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【話は少し逸れたような逸れないような】

2007.12.17 

中村桂子館長
 話というものは、どんどん脇へ逸れていくものです。気がついてみると、どこから始まったのかわからなくなってしまい、でも、今話していることに関心があったり、大事だったりすればそれでいいやとそのまま進んでいくことになってしまう。というわけで今回も逸れて行きます。
 先回は、医療について、技術の進歩はありがたいけれど、技術が先でなく生命を先にして欲しいという願いを書きました。その後、トヨタ環境活動助成を受けた方たちの活動を聞く会に出席し、そこで技術と生命の問題を別の側面から考えたのでそれを書いてみたいと思うのです。北海道から沖縄まで、各地から集まった17団体の方達のお話を聞いて感じたのが、どれもそれぞれの地域にある伝統を見直しているんだなあということでした。伝統は必ず、そこにあった自然と関わっています。阿蘇の野焼きとか奈良の棚田など。20世紀後半の技術の進歩はこの伝統を捨て、自然を壊してきたのです。ですから自然を見ようとすると伝統を見直すことになるわけです。とはいえ、過去に戻ることはできませんし、それは無意味とわかっていますから、自然を生かした新しい技術、新しい生き方を探ることになるわけで、今回伺った活動も多くがその方向を向いていました。小さいながら産業も生み出して。とくに少し大型のプロジェクトで海外(アジアやアフリカ)で活動しているところは、とにかく経済活動を立ち上げなければ誰もついてきません。自然の重要性についての人々の意識を高めること、つまり教育が大事なわけですが、その時に自然を守りましょうだけでは魅力がありません。そこから新しい産業−主として農林水産業を立ち上げるわけですが、最近その中でナタネ油、パーム油などを含めた油をとる産業が注目されているのも眼をひきます。経済の影響でしょう。
 つまり、先回医療のところで考えた、経済は大事だけれど、経済・技術・生命ではなく、生命・技術・経済となるとよいのだがという方向は、環境を中心にした活動の中では着実に現実になり始めているのです。社会全体から見たら小さな活動ですし、関わっている人たちの努力たるや大変なものですが、方向が見えているので、辛くても明るいのです。どうも私のおつき合いする仲間は、面倒なことを解決したり、汗を流したりと外からは苦労に見えることをやっているのに、明るい人が多いですね。自分のことより他人のこと、時には、コアジサシやナキウサギのことの方が大事に見える人もいて。でもこういう小さなところから少しづつ変っていけば、今ある面倒なことが少しづつ減っていくのではないでしょうか。ささやかですが応援をして行きたいと思っています。


 【中村桂子】


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