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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【経済や技術が先でなく生命を先に】

2007.12.3 

中村桂子館長
 『「生きている」を見つめる医療』について、もう少し話を展開したいと思います。実は先日、早稲田大学の創立100周年を記念するシンポジウムに参加しました。早稲田は医学部を持っていません。でも、今や医療は、生物学とも工学ともつながっています。病院という現場はなく、臨床医はいないけれど、医療に関わる研究や技術開発はできるわけで、事実、理工学部では、先端医療技術の開発研究が行なわれています。
 そこでシンポジウムは「先端医療技術が導く生命の未来」というテーマだったのです。具体的には、医療ロボットとか、細胞を培養してつくったシートを再生医療に用いるという新しくしかも現場に近い、興味深い技術についての議論であり、各先生がとても情熱的である一方、人間的に幅の広い方たちだったので、それぞれのお話は魅力的でした。ここでは技術の細かい話はしませんが、たゞ、その席で私が感じたこと、そしてどうしてもそうであって欲しいと思ったことは、テーマはやはり逆ではないかということでした。つまり、「生命が導く先端医療技術の未来」です。まず、生命がある。しかも「生きている」という状態は調べれば調べるほど複雑で、なお興味深い性質であるとわかる。そこから多くを学び、それを新しい医療技術に生かすようにするのがよいのではありませんかという提案です。
 今病気で悩んでいる方をなおすという情熱はすばらしいものであり、それを否定するつもりはまったくありませんが、それでもやはり「先端医療技術が導く生命の未来」という考え方には危うさを感じます。とくに最近の社会はこれに経済が絡み、経済・技術・生命の順になる恐さがあるので気をつけなければならないと思うのです。
 これついては、小泉・竹中コンビが行なった医療改革について多田富雄先生が御自身の体験から厳しい批判をしていらっしゃいます。リハビリテーションの日数を180日以内と限定したのです。もちろん医療費削減のために。あるところまで行くと確かにめざましい回復はないけれどリハビリを続けないと機能が低下し、寝たきりになる危険性があるわけです。そして衰弱死するのだそうで、今回の改定は、リハビリに努めている人にこれ以上生きるなと言っていることだと怒りをこめて書かれたのが『わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか』(青土社)です。これはまさに「生きる」からの出発を求めていらっしゃいます。なぜこんなあたりまえのことがあたりまえにならないのか悲しくなります。
 是非御意見書きこんで下さい。


 【中村桂子】


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