中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子がその時思うことを書き込みます。月二回のペースで、1995年5月から更新を続けています。

2018年5月15日

先回の図の説明と「ふつうのおんなの子」

中村桂子

連休はいかがお過しでしたか。私は例年通り、衣替えなど夏の準備と庭の手入れ(主として草取り)、近所のお散歩と日常を楽しむ時間でした。今年は世田谷城趾(吉良家)と豪徳寺(井伊家の菩提寺、近年招き猫で人気)へ行きましたら、外国からの方も含めて思いがけず大勢の人が訪れていてびっくりです。

7月出版予定の「ふつうのおんなの子」の本の最終校正もうまくこの時期に合わせていただき幸いでした。ハイジやアンなど物語りの中の女の子たちが登場する本です。でき上ったら是非読んで下さい。

ところで、先回の図の説明をお約束しましたので、入り口を語ります。

私は20世紀の後半を生きてきました。出発点は戦争です。終戦が数え年10歳でしたから「敗戦」という意識はそれほどありませんでしたが、家が焼かれ、何もないところからのスタートでしたから、家族や友だちと普通に楽しく暮らせることが一番大切と思い、そのような社会を求めました。実際には、20世紀の眞中(正確には1953年)に発見されたDNAの二重らせん構造に惹かれて、そこから「生命とはなにか」を問いながら生きるという人生を送ることになったのです。

私が生きてきた時代は、経済成長と科学技術の進歩を求め、それが人々によい暮らしを提供するという信念で動いてきたと言えます。そこにはもちろんさまざまな問題がありましたが押しなべて言うなら悪くない時代だったと思います。そして今、その流れを次の世代に渡す時になりました。21世紀はどんな時代になるのか。私にはそれを予測する能力はありませんが、少し気になることがあります。

科学技術が急速に人間に近づきつつあることです。AI(人工知能)、ロボット、合成生物学の三つの分野が機械に人間と同じようなことをさせようとしています。時には人間を超えるなどととんでもないことを言う人も出てきています。一方で、人間を機械のように見て、完全をめざして手を加えようとする動きもあります。「狭い視野で進歩を求めることしか考えない」、しかもお金が一番大事という社会の中でこのような科学技術を進めるのは恐いと思うようになりました。狭い視野とは、図の眞中にある農業革命に始まり科学革命の線をそのまま続けていくことです。ここで考え方を変え、宇宙の中に生れた地球という星に誕生した生命体の一つとしての人間という位置づけをする、つまり、視野を広げて、生き方を考える社会に変えなければいけないと思います。人間であると同時にヒトでもあるという見方を基本に「生命誌」と書いた広がりを求めようと考えています。これまで考えてきたことと大きく変わってはいませんが、一つ変わったことがあります。社会を構成する一人一人が狭い視野での進歩観への疑問を持たなければ、この変化は起きないので、今生命誌にとって大事なのは、知識の伝達ではなく、共に考える方がいて下さることだと強く思い始めたことです。皆さまお願いしますという気持です。

実は「ふつうのおんなの子」という切り口も、今のままではいけないのではないかという気持で書いたもので、この図を描いた思いと重なっています。

みなさんからのご意見生命誌の広場より

争いの原因を探る

投稿日:2018.05.19 / ニックネーム:ユリア


サイエンズ研究所から、最近「次の社会ー人知革命」を出版したい知らせです。一部、紹介します。
争いの原因
「人が人を動かそうとする」「やらせる、やらせない」「強制と束縛」人は、誰でも、じぶんの意志に反して行うことを好まない。動物の性質と同じ。
争いになるのは、争いたくないが、相手が押し込んできたら、自分の立場がなくなるので、やむなく自分を主張し、護ろうとする。
国と国の争い、民族と民族、宗教の争い、目に映る世界は、じぶんの身を護るためでほとんど動いているように見える。
身近では、夫婦、周囲の人の間柄、それも、言動に現れてこないことでも、内面世界では「人は何をするか分からない、危険な存在という、人を危険視する」認識、人間にたいする捉えかたが、なんの疑問も起こらず、当たり前化している。
ここのところ、そういう人と人の間がらについて、焦点をあててきてきたけど、日常のささいな心の動きにもはびこっていると思った。社会のなかに、自分のなかに。
「人が人を危険視するのは異常だ」
これは、本来の人と人の間、一人で生きているわけでなく、
お互いの切っても切れないつながりにあることを知ったら、
わけなく、争いの原因が解決するとおもった。
ただし、目の前の現れは、「やらせる、やらせない」「大事なことだからやらなければならない」「しつけは必要ようだ」・・・など、相手を縛り、自分も内面で抑えるような、ふつうでない認識が人びとの間で根付いていて、それに気づくのは容易でない。
ここを解いていくのがサイエンズであり、サイエンズメソッドであり、一人ではなく、有志の人とともに観察し合うことが欠かせないだろうなあと思った。一つの視点として。

語り合いの続きは「生命誌の広場」へ

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