中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子がその時思うことを書き込みます。月二回のペースで、1995年5月から更新を続けています。

2017年2月15日

ポスト・トゥルースを勝手に体験

中村桂子

全豪オープンテニスでは、本命だったジョコヴィッチとマレーが早々と敗退。結局錦織を破ったフェデラーとナダルという予想外の決勝戦でした。もちろん二人共長い間トップに位置してきたヴェテランですから、古い人間にとっては却って魅力ある組み合せです。どちらかと言えばフェデラー派、でもナダルも嫌いではありません。

混合ダブルスの後で放映と聞いて、まず混合を見ました。アメリカとコロンビアのペアがみごとな協同作業で優勝。そしてフェデラー、ナダルが始まりました。タイブレークの末にまずフェデラーが勝ち、続いてナダルが2勝・・・5セット目まで闘ってナダルが勝ち。ところが、翌日のニュースでフェデラーが優勝と言うのです。これを聞いて、アナウンサーが間違っている、きっと抗議が来て訂正されると思ったのですが、何事も起こらず・・・そこで新聞を開いたら優勝カップにキスしているフェデラーの写真が大きく載っています。それでもまだ・・・ウェアが違うことに気づきました。私が見たのはブルー。やっとここで、試合が始まるまでの時間、以前(実際には2009年)の二人の決勝戦を放映し、それを本物と思ってハラハラしながら見ていたのだということがわかりました。

ここまで分ってもまだおかしな気持なのです。その気になって実際に映像を見たという事実が頭から抜けず、落ち着きません。ふしぎな体験です。「ポスト・トゥルース」と言われますが、思い込みって本当に恐いものだと実感しました。今回は勝手に自分でしてしまったことですが、意図的に誰かに誤った情報を伝えられることが少なくない時代になったというのですから気をつけなければなりません。とくに映像を信じてしまうことの恐さを感じます。

全豪については、とにかく今年の試合を見たいものです。どこかで再放送があることを願っています。

みなさんからのご意見生命誌の広場より

岡田節人著<試験管のなかの生命>

投稿日:2017.02.07 / 名前:岡野桂子

岡田先生へ
訃報に接し”試験管のなかの生命”を手に取りました。最初に読んだのは40年程前になります。以来ずっと記憶に刻み込まれ残っていました。今回、館長の一言で気付いた事があります。私をひきつけていた1つの大きな要因。細胞の不思議に目を見張り、その細胞を見つめ続けてこられた岡田先生の細胞へのひいては生きものへの眼差し。それが伝わってきて私を捉えていたのです。
この本から多くのことを学びました。細胞を通して生きるを見つめる視点。1つの細胞からその場、その場面に応じて最適解を探りながら、多種多様な姿形への変容を遂げる細胞たち。そして作り上げられる1つの個体。一方、1つの個体の中で役割を演じつつもその個体を離れては生きていけない宿命を担うことになる細胞。部分と全体が反転を繰り返す。秩序と体制、自由、協調、軋轢、そして技術の介入etc。いろんなことを考えさせられます。
いつかまたこの本を手にすることと思います。この本を書き残してくださったことに感謝いたします。ありがとうございました。

語り合いの続きは「生命誌の広場」へ

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