中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子がその時思うことを書き込みます。月二回のペースで、1995年5月から更新を続けています。

2018年12月3日

しばらく人間は生きものについて考えます

中村桂子

過度な競争を求め、眼の前の成果だけを語り(それが本当に意味のあることかどうかもよくわからないまま)、格差を生み出している今の社会は生きにくいという声をよく聞き、私もそう思っています。「生きにくい」という言葉が出るのは、人間が生きものだからです。ところが、この「人間は生きもの」というあたりまえのことが社会の中でまともに考えられているようには見えません。権力、金力、武力という力を持つことが成功であるとされているからです。今年「生命誌」を直接語らない『ふつうのおんなの子のちから』という本を書いたのは「人間は生きものであり自然の一部である」という生命誌の基本を科学など関係ありませんと考えている方とも共有したいと思ったからです。一日一日を大切に、そして生きものとしての人間が生きやすい社会づくりにつなげたいと思ったのです。とてもあたりまえのことなのですが、さまざまな分野の方に共感していただけたように思います。ところが意外なことに、生物学の研究者がこのような考え方を社会に生かすことの意味を理解していないことがわかってきました。「人間が生きものである」とはどういうことなのか。改めて明らかにしなければいけないと考え、手始めにその一部をここに書いてみようと思いました。しばらくの間日常のくだらない話から少し離れて、生きものについての基本の基本を書きます。これをどう受け止められるか。お読みになって思うことを書き込んで下さるとありがたく思います。

「科学と関係ないと思っていらっしゃる方とも一緒に」と書いて思い出したことがあります。ある時突然坂田寛夫さんからお手紙をいただきました。誰もが歌ったことがあるだろうと思う“サッちゃん”の作詞をなさった方です。そこにはこんな趣旨のことが書いてありました。「まど・みちおさん(こちらは“ぞうさん”の作詞者です)と二人でお喋りをしていると、いつの間にか「人間ってどこから来たのだろう、人間って何なのだろう、人間はどこへ行くのだろう」という話になります。そして「こんな役にも立たないことをいつも考えているのは世間広しと言えどもこの二人くらいだろうね」と言い合っていました。ところがある日、同じことを考えている人がいることに気づきました。」それが私というわけで、早速お仲間としてのお手紙を下さったというわけです。お二人共いらっしゃらなくなってしまい、すてきなお仲間に入れていただいての幸せな時間は今や心の中だけのものになりましたが、お二人が持っていらした本質を大切にする気持は今も私の中にあり続けています。「生命誌」は具体的には、小さな生きものたちの物語りを聞くという形で進めていますので、直接人間を考えることはあまりしてきませんでした。けれども一番考えなければならない、しかも一番面白い生きものが人間であることは確かです。しかも近年急速にAI、ロボットなどの研究・技術開発が進み、iPS細胞、ゲノム編集などによる医療技術の新展開もあり、人間について考えることが改めて重要になってきました。

どんな風に考えていくのがよいのか。まだこれぞというところは掴めていませんが「人間は生きものであり、自然の一部である」という切り口で少しづつと思っています。具体的な内容は次回から。

みなさんからのご意見生命誌の広場より

「こころ」について

投稿日:2018.12.01 / 名前:井上道代

初めて投稿します。生命誌研究館を通じ、生命の巧みさ進化の不思議さについての最新の知見に触れわくわくさせてもらっています。「こころ」も、興味が尽きないテーマです。でもまず「こころ」とは何を指すのかについて、共通認識がいるかな…とも思います。私のイメージでは、「こころ」は、感情を指す部分が大きいと感じます。親しい人と分かり合えて嬉しいという感情、見知らぬ人が災害に遭ったに時に自分だったら…と想像し悲しいと感じる感情等々。ちょうど、ジル・テイラー氏の「奇跡の脳」を読んだところですが、右脳と左脳の働きの違いを知り、右脳が、感情の働きに大きく関わっていることを改めてを知りました。また、体と同様に「こころ」も、育てていくものだな…とも思います。人と関わり、嬉しい経験をすることなく、人を信頼する心は産まれません。
一方、「こころ」を《意識》とすると、身体と脳の関係になりますね。身体がなくなっても将来脳の機能をコンピューターに移すことができたら、意識は死なないで生き続けられると考える人が、実際にいるそうです。(意識の移植)。東大の脳科学者の先生が20年後の実用化を目指しているとか。でも、身体在っての《意識》・「こころ」ではないかな…と思うので、この考えには、納得できない思いがあります。(死んで、自分が無になってしまうことのへの恐怖は、この脳科学者の先生同様、私も持ち続けていますが。)身体があり、そこから入力された情報を基に意識・こころが形作られていく。たとえ一卵性の双子でも、いる場所が既に違い、見ている風景が違うので意識は違いますよね。
「こころ」って、アプローチの仕方が多様過ぎて、広がってしまいますね。でもこの問題に、科学的な考え方を基盤にして考え意見を交流できる場を作っていただき、(それを先日見つけたんですが)とっても嬉しいです。ありがとうございます!まだ、思いつきばかりですが、色々考えていきたいです。

語り合いの続きは「生命誌の広場」へ

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