中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子がその時思うことを書き込みます。月二回のペースで、1995年5月から更新を続けています。

2018年8月1日

謙虚さを求められているように思うのですが

中村桂子

40℃を超える気温を日本で体験することになろうとは思いませんでした。子どもの頃の夏休みの日記に気温を書いていた頃は30℃を超えることはなかったように思うのです。その後街がコンクリートとアスファルトになっていくにつれて暑くなったように思います。もちろん、地球全体の温暖化も関わってのことでしょう。

昨日、御近所の方が御自身の測定値を見せて下さいました。気象庁の発表では東京は39.5℃。自宅の庭で芝生は38℃、柿など大きな樹のあるところは35℃だったとのこと。同じ時に隣にあるアスファルトで固められた駐車場は44℃でしたよとそこだけ赤字で書いた図になっていました。近隣のミドリを大事にしましょうというお仲間なので、植物は景観だけでなく気温の調節の役もしてくれますと開発一辺倒の人たちに伝えようという努力の一つです。44℃に比べてちょっとホッとした35℃だって体温に近いのですけれど。

この暑さで東京オリンピックが話題になっています。私は東北の復興に専念すべき時に東京で建設ラッシュを起こすのはおかしいと思ってきましたが、思わぬ課題が出てきてしまいました。

豪雨に襲われたかと思えば、雨がまったく降らない高温に悩まされ、自然の大きさの前でなす術なしというところです。なぜこんな気候なのか、現状の説明はあってもこうなった原因は誰も教えてくれません。わからないということなのでしょう。自然はわからないことがたくさんあると改めて思い知らされます。

眼の前の華やかさを求めての行動ばかりせず謙虚さをとり戻しなさいと言われているのではないでしょうか。近年次々と起きた災害への対応をまず第一にと。

みなさんからのご意見生命誌の広場より

「ふつうのおんなの子」のちから

投稿日:2018.08.02 / ニックネーム:チロリン

楽しみにしていた「ふつうのおんなの子」ネットで予約しておいたので早くに入手できました、どの本も中学生の頃夢中になって読んだものばかりでとても懐かしかったです。
なかでも感銘を受けたのが暮らしの手帳に掲載された「絵にかいたお菓子」です、学童疎開をした他の友人からもお薬や歯磨き粉まで食べた話を聞きました、中島京子さんが直木賞をとった「ちいさいお家」にも似たような場面が出てきます。
終戦から七十年の余が過ぎ今食料は豊富になりまだ食べられる物もどんどん処分されていて、ファミレスでは子供の残した食べ物もみな捨てられている現状、これでいいのでしょうか。

語り合いの続きは「生命誌の広場」へ

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