中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子がその時思うことを書き込みます。月二回のペースで、1995年5月から更新を続けています。

2017年1月16日

“和える”だけではちょっとと思い

中村桂子

生きているってどういうことだろう。それを知るにはもちろん生きものを調べる必要があります。けれどもその時、生きものという「モノ」にだけ眼を向けるのでなく、それが生きている「コト」を見なければいけない。そう考えて、私たちは動詞で考えることを続けてきました。変わる、めぐる、ゆらぐなどなど、毎年テーマにしてきた動詞を並べると「生きていること」の特徴が浮びあがります。

そして今年。昨年末に皆で考えました。あれこれ面白い案が出されたのですが、実はその数ヶ月前から頭にこびりついている言葉があってどうしてもそれが離れてくれません。「和」です。なごむ、やわらぐ、あえるという動詞になります。中でも気になっているのがあえるです。白和えは、ほうれん草、しめじ、にんじんなどをゴマをすりこんだお豆腐であえます。一つ一つの素材の味が生きながら一つのまとまった味わいがあります。これに対してサラダは、トマト、キュウリ、レタスなどにドレッシングをかけていただきますが、結局トマトはトマト、キュウリはキュウリとして味わい白和えのような一体感はありません。日本の文化は白和え文化であり、今これが求められているのではないかと思うのです。アメリカはサラダボウルに例えられますね。なごむ、やわらぐも大事です。吃緊のテーマとしては「平和」があり、それを政治・経済からだけでなく文化としても見ることが必要です。「和」という文字のもつさまざまな面を生かしてなごむ、やわらぐ、あえるという動詞で考える年にしよう。皆も同意してくれたので(譲ってくれたというのが正しいのでしょうが)、今年はこれで行こうと思います。

「和」について思うところを書きこんでいただき、少しでもこの方向に進む道が探れるようにと願っています。よろしくお願いいたします。

みなさんからのご意見生命誌の広場より

カルチャーラジオを聴きました。

投稿日:2017.01.08 / ニックネーム:竹ちゃん

NHKカルチャーラジオ「まど・みちおの詩で生命誌をよむ」を聴きました。
テキストを読んでおりましたので、わくわくしていました。
期待していた通りでした。
まどさんの詩を通して生命誌の世界をお話されることは、素敵な発想だと思います。それは、生命誌の本質を多くの方に伝えようという中村館長さんの思いが、まどさんの詩を通して具体的にイメージできるからです。書かれた文章と違って音声を通すことで直に伝わることがあるなと、感じました。カルチャーセンターで聴講されておられる方は、表情や身振り、映像資料からもより深い共鳴につながっているのではないでしょうか。
中村館長さんの話し方からお母さん方に聴いて欲しいとの願いを感じ取りました。小学校を退職した私は、小学校教員にも聴いて欲しいなという思いに駆られました。
38億年のいのちのつながりをもつもの同士として生きていきたい、という願いが広がるようにと、これから先の放送も楽しみにしています。

語り合いの続きは「生命誌の広場」へ

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