生命誌の広場

生命誌は“生命“を基本に置き、最先端の生命科学の知見に基づき、「生きる」について考えています。このホームページを読んで思ったこと、研究館の活動について、みなで語り合う場を設けました。いろいろな方の考えを出し合ってこれからの生命誌につなげていきたいと思います。あなたの考えをお聞かせ下さい。

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みなさんからのご意見

中村桂子のちょっと一言

朝、草を刈りながら考えたこと

投稿日:2019.10.17 ニックネーム:やっちゃん

すっかり秋です。熱い夏の隣に酷寒の冬が座り、その隙間にちょこっと顔を見せた感じです。この季節の変化も、地球の見せる一面かな、と思います。チョウの羽の模様の見事さ。ヒラヒラ舞う姿の優美さ。何のためにこの模様?と不思議が満開です。理由がわからなくても、言葉にならなくても、この風景は絶対に無くなってはいけない!と思うのです。
以前にお便りしたダイズが実りました。一粒の豆から、なんと108粒の実がなりました。豆の力はすごい!。そして、その豆を育てた土の力も。土から生まれ、土に還ってゆくものを、この夏いくつも見せてもらいました。生きものは、土を母にしています。土から離れると、生きものではなくなるのかもしれない。だから、都会にも街路樹や公園が、欠かすことのできない存在なのかと。草が教えてくれたことです。

お返事

投稿日:2019.10.21 名前:中村桂子館長

108粒のお豆さんはどうなさいましたか。その中の一粒はまた土に戻して来年を待つのでしょうか。生きものは、ゆったりした時間を教えてくれますね。

中村桂子のちょっと一言

RE:アゲハの気持ち

投稿日:2019.09.27 ニックネーム:ミッキー

楽しいコメントをありがとうございます。「チョウも眺めてもらって嬉しくなった」 なんて素敵な表現でしょう。もし、蝶と遊び心が通じてると感じることができたら、その瞬間は宝物だと思います。そんな感性を育てたいと思います。生命誌の感性は、日常生活をより潤いあるものにしてくれると思います。

お返事

投稿日:2019.10.02 名前:中村桂子館長

なんだかこの頃生きづらくなったね。昨日久しぶりに会った友人がつぶやきました。私もそう思います。多様であることを楽しむのでなく、異なる考え方の人と話し合わずに非難し、時には嫌悪を示すのは、なぜかなとふしぎです。そしてチョウと共にあることを楽しむ感性を失なっているのだろうなと思うのです。

中村桂子のちょっと一言

アゲハの気持ち

投稿日:2019.09.25 ニックネーム:ミッキー

大好きなランタナの、赤と黄色の花の周りをひらひらと楽しそうに飛び回るアゲハを見ていると、昆虫にも「楽しい気持ち」ってきっとあるのだろうなと思うのです。特に、花蜜を見つけたりパートナーを探したりする時は、そうに違いないと思うのです。やはり、生存や子孫繁栄のための活動は、生きものにとって楽しく感じるようになっているのかなと思うのです。でも、楽しいのはそんな時だけなのかなと思うようになってきました。
初夏の頃、こんな光景を見ました。隣家には背の高い木が数本、東西方向に一列に並んでいます。ある日、庭仕事をしてると、西の方向からこちら(東側)に向かって1羽のアゲハが飛んできました。木と木の間を縫うようにジグザグに飛んで来ました。まるでスキー競技の大回転(スラローム)を思わせるような光景でした。その後、アゲハは東に抜けて飛んでいきました。ところが、しばらくすると、また西の方向にアゲハが現れて、同じようにスラロームして東へ抜ける。これを3回ほど繰り返すのを眺めていました。その時、このアゲハはきっと「楽しく遊んでいる」と思いました。同じ個体かどうかはわかりませんが、別の日にも、同じ様な光景を何度か見ました。アゲハは翅を広げてグライダーのように滑空するのが好きなようで、木々の間を抜ける時はいつもスーッと滑空していました。滑空スピードは思ったより速かったです。翅の後ろの造形が空気抵抗の原因である渦の発生を打ち消しているのかもしれません。そういう進化もあるのかな。    

以上、まるで夏の夜の幻のような話にお付き合い頂きありがとうございます。秋めいて涼しくなってきました。お身体お大事に。

お返事

投稿日:2019.09.26 名前:中村桂子館長

ランタナは我が家の庭にもあり、チョウたちが楽しげにやってくるのを楽しんでいます。こちらも楽しくなりますよね。チョウのスラロームのお話に生命誌のテーマに「遊ぶ」を選んだのはいつだったかしらと思っています。そして加古里子さんが「子どもから遊びを奪うのは死になさいと言うのと同じなのに、近頃の社会はそれがわかっていない」と悲しんでおられたことを思い出しました。チョウも眺めていただいて嬉しくなり何度も試みたのかもしれませんね。

その他

原爆について

投稿日:2019.09.09 ニックネーム:hary

あらゆる生物、そのもとの細胞に関するお話を読みました。原爆についての私の少しだけの知っていること、昨年広島原爆の公園を走り回り、改めていろいろと身近に感じましたが、過去に「25時」というタイトルの本、気象台に勤務していた人が原爆の現場を目撃した記録の本でした。また日本の漁船が被爆したアメリカの原爆実験の現地での島の住民がニュースになっていなかった被ばく者が多数いることを読んで、とにかく、すべての国が原爆・水爆、すなわち核爆発兵器をなくすことを決めることが究極の目的ではないでしょうか? 速くそのような地球社会になるよう願っております。 地球人 Hary

お返事

投稿日:2019.09.13 名前:中村桂子館長

核兵器を持っている限りホモ・サピエンスと呼ぶのは止めたい気持です。
渋谷駅のコンコースに(JRと井の頭線の間)岡本太郎の「明日への神話」というこの問題を扱った壁画があるのですが、その前を通る大勢の人々を見ていてもそれに関心を向けている人はあまり見当りません。私は広島に置いた方が見て考える対象になったように思うのですが、できるだけ大勢の人に触れて欲しいという願いから渋谷に置かれました。ピカソの「ゲルニカ」と同じような意味をもつすばらしい絵だと思います。

中村桂子のちょっと一言

BRHメールマガジン vol.363 新着情報

投稿日:2019.09.05 ニックネーム:ロスアラモス

朝晩 少し 暮しやすくなり、「秋」の 気配を感じます。
館長の「お言葉」、最後の1文:「そして おかしなことで それを 止めないようにしなければなりません」 という 内容が 気がかりです。なぜなら、日本は 世界で唯一 2個の「原爆」を 投下された国だからです。もう、この様な「サイボウ」が 悲鳴をあげる 状況に なってはいけません。しかし、現勢状況は、危うい環境に向かっているのかもしれませんね?!★どうか、地球上の生物(サイボウ)にとって 良い方向に向かうことを望みます!

お返事

投稿日:2019.09.05 名前:中村桂子館長

ビナードさんが語る「ずんずんるんるん」という細胞の声はわたしは元気だよという声です。原爆を落された細胞の声は止まっています。聞えないのです。「からだのちっちゃいこえはとまって・・・きえた」とある文も紹介しました。悲鳴をあげることもできない状況が描かれています。「この声を止めないようにしなければいけない」と書いたのは、原爆を落すなどして止めてはいけないというつもりです。御理解いただけたでしょうか。

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