生命誌の広場

みなさんからのご意見

中村桂子のちょっと一言

「中村桂子館長のちょっと一言」に寄せての感想

投稿日:2017.10.03 ニックネーム:相模のラクダ

貴館には いつも お世話になっており、最先端の「生命誌」を学ばせていただき、感謝致しております。10/2の 中村館長様の「科学が社会の役に立つこと」を拝読し、感じたことを述べたいと思います。
◆まず、おっしゃる通り、「ゲノム」は 世界の人々、平等に持っているもので、アメリカの有名な「雑誌」の表紙を飾る「時の富豪」の方も、また、「アフリカの奥地」の ユニセフの 救援が必要な「貧困で飢えた子供たち」にも 平等にあるはずのものです。なのに、世界の人類は、平等性にかけ、各地で紛争、内戦、都市でも 大事件が起き、「格差社会」が存在し、平等で 平和な社会とは 言えません。◆日本は、ある近国の、科学の結晶である:ミサイルに 危機感と 恐怖を いだき、困っています。◆今年も「ノーベル賞」の 発表が 始まりましたが、ゲノムは 世界の人 皆の共有の根源であり「 格差社会」を修正し、科学は 本当は、「ノーベルの意思」の様に「世界平和」:社会の役に立つために使ってほしい。と、館長と同じ意見を感じています。貴館の益々のご発展を祈ります。世界が平和であります様に!

お返事

投稿日:2017.10.03 名前:中村桂子館長

ゲノムは、一人一人がかけがえのない存在であるという独自性と、皆基本は同じという共通性を示すものなのですが、格差に利用されてしまう危険をもっています。社会が格差の方向にあるとそうなるわけで、ゲノムの側から基本を発信することが大事ですね。

「十七条憲法」思う

投稿日:2017.09.01 ニックネーム:Teru

東京単身赴任ときは古書店を歩き回りました。
神田はいいのはありますが、高いことも一番でした。
司馬遼太郎さんは全部・・感じで買われたと聞いておりました・・
千葉県茂原市で買った聖徳太子集昭和10年非売品を手に入れました。

452ページの最後に「皇太子親肇作」
(こうたいしみずからはじめてつくりたまふ)
一に曰く 和を以て尊しと為し・・と続きます。
会社の社則(憲法)としてもいいのだと思ってました・・今年は憲法を変えるのだと、意気込んでいる方々に今一度しっかり読んでいただきたいと思います。

お返事

投稿日:2017.09.06 名前:中村桂子館長

和という文字が、和食、和服のように日本を表わすものとして用いられていることを改めて考えたいですね。グローバルというかけ声で、日本の風土が育ててきた和に代表されるよい文化を否定的に見てしまったのが残念です。グローバルこそさまざまな文化がお互い多様性を認め尊重し合いながら和やかに生きる世界づくりのはずですのに。

「戦争中の暮らしの記録」に・・

投稿日:2017.08.16 ニックネーム:Teru

中村先生の暮らしの記録・・・8月15日にふさわしい
内容ですね・・
私は兄たちの疎開している滋賀県の真野・和邇のお寺に母につれられ行ってました・・・
一升瓶にコメを入れ、棒で糠をとっていましたね・・
電灯は黒い布でカバーしてました・・
配給品はコメ・・・「米穀通帳」を持っていかないと・・
今で言えばマイナンバー的に使えました・・
移動しても使えたからですね・・
豆はどういうわけか・・皮だけ売ってました・・兵隊さんに使うからと言ってました・・
芋粥・・麦飯・・そうそう・・塩と砂糖も配給品でした・・破れたく靴下は適当に布をあてて縫う・・
草履を足を使って編むことも教えられましたね・・
母はなんでも出来ましたね・・男5人兄弟でした・・今、3人になりました・・(合掌)


お返事

投稿日:2017.08.17 名前:中村桂子館長

日本中で子どもたちは同じ体験をしていたのですね。「母はなんでも出来ました」という言葉も共有体験のように思います。私もそう思います。ただ、年老いてからの母がある時ポツリと「あの体験はもうイヤ。もう一度戦争が始まったら、死んだ方がいいわ」ともらしたのが忘れられません。

生物多様性農業

投稿日:2017.08.05 ニックネーム:花置人

お体がすっかり回復されたようで良かったですね。
雲仙のお話を楽しく読ませていただきました。
私は退職後に会社で経験できなかったことをと思い、70坪ほどの畑での野菜作りとバラ園での育成ボランティアを楽しんでおります。
「生物多様性農業」という言葉を初めて知りました、確かに畑やバラ園では会社時代には会うことのなかった多様な生物(もちろん人間も含めてですが)との出会いがあります。
学生時代は京都に6年間おりましたので聖護院カブ、九条ネギなどの京野菜を懐かしんで作りますが、どうも本場の味を出すことができません。
北海道のキタアカリ、堺の水ナス、群馬の下仁田ネギいずれもそうです。
ただ大豆のフクユタカは九州で作出された品種ですが当地(三重県)でも美味しく育ちます。
ただし九州同様火山性の黒ボク土壌での栽培が必要です。
「野菜の味は風土の恵み」を実感します。

お返事

投稿日:2017.08.07 名前:中村桂子館長

ありがとうございます。農業は人間が美味しく食べられるもの、つくりやすいものを選びましたので、自然の多様性を絞り込みました。それでもその土地に合ったものを選んでいる間は多様性があったのですが、経済一点ばりになってからは均一化の道をまっしぐらになりました。面倒なことですが、本当の味を求め、自然を生かすことを考えると、多様性をもう一度見直す時になっているのだろうと思います。今回書いて下さったように現場へ行くと、その大変さはよくわかるのですが。

「惰眠」で思い出したこと

投稿日:2017.07.22 ニックネーム:j・h

猛暑の続く日々です、その後お身体いかがですか。どうぞゆっくりご静養なさってくださいませ。
風邪をひいたとき、思い出すことがあります。
もう何十年もまえのこと、熱を出して学校を休む日がありました。そんなとき母はいつもおかゆを作ってくれました。それに添えられた真っ赤な梅干し。
今でも、真っ白いおかゆと真っ赤な梅干しを見ると母を思い出し温かい気持ちになります。早く良くなるようにという母の思いは伝わってきました。学校の授業が気になる私でしたが、それとは裏腹に、もう少しこの温かさに浸っていたいという気持ちもありました。
今思えば、あの時私は心地よい惰眠をむさぼっていたのかもしれません。懐かしく思い出しました。

お返事

投稿日:2017.07.26 名前:中村桂子館長

お見舞いありがとうございます。
白いおかゆと梅干しで忘れられないのは、大学院生の時、初めて一年間京都で一人暮らしをした時のことです。渡辺格先生(いつもは格さんとお呼びしています)が、日曜日の夕食に招いて下さいました。美味しいお肉を楽しみ、よい時間を過しているうちに、様子がおかしくなり熱を計ったら9度。一人で緊張した生活をしていた気持が熱になったような感じでした。休ませていただいたその翌朝、奥様がまさに真っ白いおかゆと赤い梅干しを枕元に置いて下さったのです。大切な思い出です。

675件中 1 - 5件目 次のページへ »

考えをお聞かせ下さい。

ご意見はこちら

過去の書き込み

ページの先頭へ