生命誌の広場

みなさんからのご意見

中村桂子のちょっと一言

惰眠、不亦楽乎

投稿日:2017.07.20 ニックネーム:花置人

中村桂子様 肺炎でご静養中とのこと、一日も早いご快復をお祈りいたします。
グレン・グールド演奏の「ゴールドベルグ変奏曲」は私も大好きで、雨の昼下がり何か音楽を聴こうとするとき、棚から引っ張り出すのはたいていこのレコードです。
毎日新聞で「ホモピクトルムジカーリス」(岩田誠著)の書評を拝読しました。
「ネアンデルタール人も歌を持っていたと思われる・・・協同での狩りにはリズム合わせも大事・・・音楽や絵画は『社会的行動』と共にあると言える」大変興味深いお話です。
農耕民族系の私は国歌、軍歌、社歌といった類は敬遠しますが、バナナボートや馬子歌のような作業歌には親しみを感じます。
そして、音楽は「社会的行動」の基本となる「個人の精神活動」と深いかかわりがあり、まさに「ゴールドベルグ変奏曲」は先生が「科学者が人間であること」で述べられた、「川が生きている、雲も生きている、風も生きている」という生命論的世界観を感じさせる曲ではないかと思っております。
僭越ながらバッハなどの名曲を聴きながらの「惰眠」は時として新しい世界観を伴った「覚醒」につながることもあるかと存じます、このような屁理屈を口実に私は惰眠のひと時を楽しむこととしている次第です。
一日も早いご快復をと言いながら、勝手なことを申し上げました、くれぐれも御身お大事に。

お返事

投稿日:2017.07.20 名前:中村桂子館長

御心配をおかけして申し訳ございません。先生から一応の治療終了を告げられ後は無理をせずと言っていただいています。ヒトという生きものの特徴として集団をつくった時、そこに自ずと歌が生れたというのはなんとなくわかる気がしますよね。
暑いので無理をせず、少しづつ眼をさまそうかと思っています。

おだいじに

投稿日:2017.07.19 ニックネーム:Teru

風邪をひかれたと・・気をつけてくだいさいね・・
ゆっくりしていただく神様の配慮かもしれませんね。
クラシックを聞きながら静養されていると・・
私は、ほとんどは、モーツアルトの曲から選んでます・・日本では、未だ音楽療法認めていないようですが・・セットで販売されてます。
最も好きな曲は別にあります・・・
朝食にはいろいろかけてます。
ご無理をされないように・・・

お返事

投稿日:2017.07.20 名前:中村桂子館長

御心配をおかけして申し訳ございません。あのお元気だった日野原重明先生が肺炎で亡くなられたというニュースにやはり気をつけなくてはと改めて思いました。生来怠け者なので怠けモードに入ればいくらでもそちらへ行きますから、それも気をつけてと思っています。

和まる

投稿日:2017.06.28 ニックネーム:花置人

「のどまる?」のお話を読んで、現役時代に勤務先の社内誌に「和」というテーマで一文を投じたことを思い出しました。
「『和』という言葉は会社では『社員一丸となって・・・』と同様の意味で使われるのが一般的だ。しかし絵画が単色ではなく様々な色の組み合わせで成り立つように、交響曲が様々な楽器の調和、時には不協和音も交えて聴く人に感動を与えるように、社員それぞれの個性を発揮する『和の環境』をつくる事こそが社員にとっても会社にとっても大切なことだと思う」というような趣旨だったと記憶しています。
これは、私がある技術部門を統括する立場に着任した時に書いたものですが、その任にあった数年間でどれだけ『和の環境』をつくることができたかと問われれば全くお恥ずかしい限りです。
技術の領域ですらこうですから、科学や政治の世界で「和まる」ことの難しさは想像に余るものがあります。
「科学者は人間であり、人間は自然の中にある」を基本に「人間が自然の中で人間自身は勿論、他の生物とも『和まる』ことのできる道」を求めて生命誌研究館の皆様がますますご活躍されますことをお祈りいたします。

お返事

投稿日:2017.06.30 名前:中村桂子館長

和は「一丸となって」とは違いますよね。御一緒にそうではない「和」を広めましょう。今の世の中の動きを見ていて、今年はどうしても「和」という文字を身近に置いておきたかったのです。これまでは、やまとことば、動詞ということで、平仮名で一つの言葉をとりあげてきましたが、「和」(なごやか、やわらぐなど)にしたのでした。なかでも和(あ)えるを主役にして。そうしたら今まで知らなかった「和(のど)まる」を教えられ(しかも子どもの時間に)、へえっと驚いた次第です。これから使うようにして自分の言葉にしたいと思っています。とにかく「和」を身近に置いて暮らすつもりです。またお考え、書き込んで下さい(和に限りません)。

言葉とサイエンス

投稿日:2017.06.10 ニックネーム:

季刊誌93の中村桂子館長のお言葉に導かれ、やや的外れかもしれませんが「言葉」に関する感想をこちらに置かせて頂こうと思い立ちました。「和」は私の大好きな言葉の一つです。「和まる」は私も初めて知り、驚きました。日常で使いたくなるような、やわらかく穏やかな言葉だと感じました。

私は大学の農学部在学中にこの季刊誌と出会い、かれこれ10年以上楽しく拝読しております。思えばこの10年間、常に私の部屋や仕事机にはなにかしらBRHのペーパークラフトが飾ってありました。たまにふと目をとめては、その精巧なつくりに感動しついつい笑みをこぼしています。
私は今研究者として働いています。遺伝学的アプローチをしていたこともあり、分子生物学にも昔から興味をもっていました。しかしどこかで感じていた違和感や疑問、それらに答えをくれたのがこの季刊誌だったように思います。極小の世界の感動は物質としての巧みさではなく、それらが集まって生物を織り成すことで生まれるように思います。

最近の生命誌テーマにありました「ゆらぐ」、生物を考えるときにいつも私が感じることでしたので、勝手ながら嬉しかったです。生物にはたくさんの、そしてその多くは物理化学で説明ができないような「ゆらぎ」があり、それこそが生物の強さであるような気がしてきました。なんて奥深く、巧みな世界だろう、といつもいつも不思議でたまりません。しかも生物一個体ですら驚くべき生命の仕組みを持つにも関わらず、数えきれないほどの生物が様々なスケールで生命を「紡ぎ」絶妙なバランスを保つ自然、そしてその自然を見つめ、「愛で」て、共に生き、文学や芸術など新たな命を吹き込んできた人々。万葉集などにみる繊細で美しい自然の描写に心惹かれてきた私にとって、科学と文学・歴史・芸術などの垣根を超えてその壮大な歴史と世界に「生命誌」という言葉を授かったとき、探していたものが見つかったような気がしました。うまく説明できないのですが、直感的にとても正しく感じたのです。私も科学者になっていいんだと、背中を押されたように感じました。
そして季刊誌で私の好きな言葉たちを見つける度、その時の気持ちを想い出します。

テクノロジーの発展で「不自然」なことがどんどん増えてるように感じます。また、それを肯定する研究者仲間が多いことも事実で、頭で理解しつつもどこか寂しさを覚えます。しかし、季刊誌で多様な分野の方と中村館長の対談を読むとき、巧妙且つしたたかで美しい生物を「生命誌」の一部として知るとき、ただただ自然や生き物が大好きな私自身の研究者としての本質が受け入れられたような気がして、いつも元気をもらっています。
遠方に住んでいるため、残念ながら生命誌研究官には10年ほど前に一度足を運んだきりです。専ら季刊誌を愛読するのみではございますが、皆さまの益々のご活躍をお祈りするとともに、この場を借りて深く感謝申し上げます。 長文、駄文、失礼いたしました。

お返事

投稿日:2017.06.13 名前:中村桂子館長

感想ありがとうございます。
生命誌研究館が考えていること、求めていることをとてもよく理解し、また同じように考えていらっしゃるお仲間がいて下さることをとてもありがたく思います。
言葉をよく考えることで、いろいろなことが見えてくる面白さがありますね。「人間は生きもの」というあたりまえですけれど、とても大事なことを考え続け、発信して行きますので、これからもお考えをどんどん書き込んで下さい。元気づけられますので。

言葉と小学校教育

投稿日:2017.06.02 ニックネーム:竹ちゃん

言葉の力が落ちてきているように思います。特に、国会や政府の言葉の遣い方が気になります。
さて、今月の中村館長さんのお話で思い出したことがあります。その一つは、教員になりたての頃、今から50年ほど前になりますか、感銘を受けた本です。それは、『見える学力 見えない学力』岸本裕史著です。我々は、どうしても結果で判断してしまいます。テストは、見える学力、測定可能な学力だということを忘れてしまい、テストの結果に一喜一憂してしまいます。確かにテストは、サンプリングとしての価値はありますが、それ以上でも以下でもないのです。全国一斉の学力テストを実施していますが、その結果に地方議会がある関心を示しています。その結果、学校現場はその発言に振り回されるようなこともあると聞いています。一斉テストの結果は、ある学力を反映しているとしても、学力は学校での取り組みだけで決まるものでもないことを理解しないで議論することもあるようです。それは、数字や言葉のもつ力でしょうが……。
二つ目は、入門期の指導です。先輩に「入門期の指導で大事なことは、知っている言葉(話している言葉)と文字とを結びつけると共に言葉と実態とを結びつけることです。また、言葉と心の結びつきにも心を配ることです」と教えられました。また、文字は、文字だけ取りだして扱うのではなく、言葉と結び付けて指導する方が、生きて働きます。そうすると、入門期から作文の指導も出来るようになります、とも教えられました。私の実感でもあります。

お返事

投稿日:2017.06.02 名前:中村桂子館長

考えているのは保身だけという人たちばかりですね。ですから口から出てくる言葉が出鱈目になるのでしょう。最近の例で、「民間人になった人の言うことなど聞く必要はない」(正確ではないかもしれません)という意味の発言があったと新聞で見て、何をおっしゃるのですかと呆れました。すべては地位、しかも官が優れているという時代錯誤としか思えない意識の人が動かしている国が暮らしやすいものになるはずはありません。人間は人間として見て欲しいですね。そういう見方のできる人を育てるには国語の教育はとても大切だと思います。

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