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障害をもって産まれるということ

投稿日:2017.03.28 ニックネーム:コモン

初めまして。名古屋での講演ありがとうございました。新聞紙上にてコラム等でお目にかかるのみでしたが、今回のお姿から、謙虚でかつ情熱家であることは、お会いできてなるほどと察せられました。 さて私は、30有余年、障害者の施設スタッフとして、先天性の障害を持たれた多くの方と暮らしを共にしてきたり、ここ数年は、地域に暮らす何らかの障害を持たれた方の日常生活の相談支援を仕事としてきたりしています。(また同時に我が家の第一子は、心臓に先天性の奇形があり、とても心配しながら育ててきました。2度の手術を乗り越え、無事に出産もしてくれ、頭の下がらぬ時はありません。)施設で共に暮らす中で、それまで傲り生きる私の人生観を見事に覆してくださった彼らの生きざま。そしてわが子。 ただ日本のどの地域であっても、人口比で数パーセントに障害をお持ちの方があり、苦労されながら地域に暮らされていると思います。生命誌の観点からは、この数パーセントの意義をどう考えるものでしょうか。 障害の世界では、スペクトラムという表現があります。私の想像にすぎませんが、もしかして遺伝子レベルでは、微細な変異は、誰にでも起こっており、ただ発現までに至らず。知らぬは本人ばかりなり、ということはないのでしょうか。植物界や生物界ではどうなのでしょうか。あるとしたら、その意義についてお考えをお聞かせください。

お返事

投稿日:2017.03.31 名前:中村桂子館長

長い間施設でお仕事をなさっていらっしゃるとのこと、そこで学ばれ、お考えになることがたくさんおありのことと思います。障害のこと、おっしゃっているように遺伝子レベルでの変異は誰にも起きています。それが現代社会での生活に不便を起こさないことであったり、大きな変化を起こさない時は障害とされずにいるだけです。この大きさのゲノムで生きている以上、これは避けられません。ですから生命誌の中では健常者と障害者は連続した存在であり、障害を否定するとヒトという生きものが存在できなくなります。生存が不可能な状況の時は生れて来られないのであり、生れてきたということは人間として生きることを保証されたということですから、ここからも障害者を区別する発想は出てきません。生命誌の「人間は生きものである」というあたりまえの考え方は、普通に生きることを支えると思っています。
人間について書きましたことは他の生きものでも同じですが、ただ障害を持つ個体と共に生きるという価値観は人間が持つ大切な考え方だと思います。

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