生命誌の広場

生命誌は“生命“を基本に置き、最先端の生命科学の知見に基づき、「生きる」について考えています。このホームページを読んで思ったこと、研究館の活動について、みなで語り合う場を設けました。いろいろな方の考えを出し合ってこれからの生命誌につなげていきたいと思います。あなたの考えをお聞かせ下さい。

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みなさんからのご意見

中村桂子のちょっと一言

「戦争中の暮らしの記録」に・・

投稿日:2017.08.16 ニックネーム:Teru

中村先生の暮らしの記録・・・8月15日にふさわしい
内容ですね・・
私は兄たちの疎開している滋賀県の真野・和邇のお寺に母につれられ行ってました・・・
一升瓶にコメを入れ、棒で糠をとっていましたね・・
電灯は黒い布でカバーしてました・・
配給品はコメ・・・「米穀通帳」を持っていかないと・・
今で言えばマイナンバー的に使えました・・
移動しても使えたからですね・・
豆はどういうわけか・・皮だけ売ってました・・兵隊さんに使うからと言ってました・・
芋粥・・麦飯・・そうそう・・塩と砂糖も配給品でした・・破れたく靴下は適当に布をあてて縫う・・
草履を足を使って編むことも教えられましたね・・
母はなんでも出来ましたね・・男5人兄弟でした・・今、3人になりました・・(合掌)


お返事

投稿日:2017.08.17 名前:中村桂子館長

日本中で子どもたちは同じ体験をしていたのですね。「母はなんでも出来ました」という言葉も共有体験のように思います。私もそう思います。ただ、年老いてからの母がある時ポツリと「あの体験はもうイヤ。もう一度戦争が始まったら、死んだ方がいいわ」ともらしたのが忘れられません。

中村桂子のちょっと一言

生物多様性農業

投稿日:2017.08.05 ニックネーム:花置人

お体がすっかり回復されたようで良かったですね。
雲仙のお話を楽しく読ませていただきました。
私は退職後に会社で経験できなかったことをと思い、70坪ほどの畑での野菜作りとバラ園での育成ボランティアを楽しんでおります。
「生物多様性農業」という言葉を初めて知りました、確かに畑やバラ園では会社時代には会うことのなかった多様な生物(もちろん人間も含めてですが)との出会いがあります。
学生時代は京都に6年間おりましたので聖護院カブ、九条ネギなどの京野菜を懐かしんで作りますが、どうも本場の味を出すことができません。
北海道のキタアカリ、堺の水ナス、群馬の下仁田ネギいずれもそうです。
ただ大豆のフクユタカは九州で作出された品種ですが当地(三重県)でも美味しく育ちます。
ただし九州同様火山性の黒ボク土壌での栽培が必要です。
「野菜の味は風土の恵み」を実感します。

お返事

投稿日:2017.08.07 名前:中村桂子館長

ありがとうございます。農業は人間が美味しく食べられるもの、つくりやすいものを選びましたので、自然の多様性を絞り込みました。それでもその土地に合ったものを選んでいる間は多様性があったのですが、経済一点ばりになってからは均一化の道をまっしぐらになりました。面倒なことですが、本当の味を求め、自然を生かすことを考えると、多様性をもう一度見直す時になっているのだろうと思います。今回書いて下さったように現場へ行くと、その大変さはよくわかるのですが。

その他

素敵な本屋さん

投稿日:2017.07.27 名前:氏家賢明

日曜日に、青山の「青山ブックセンター」で中村さんの「ゲノムに書いていないこと」を書いました。私はこの本屋で時間を過ごすのが好きです。

本屋の矜持、好みがしっかり出ていいて、私の好きな解剖学者の三木成夫さんの本が、なんと「思想、哲学」のコーナーに置いていたりするのです。 素敵ですよね。 彼はまるでゲーテのようで、解剖学や発生学にワクワク感を与えてくれました。

「ゲノムに書いていないこと」も読み進むごとに、いろいろなワクワク感をいただき嬉しくなってしまいます。 一言「ありがとうございました」を言いたくて、メールさせていただきました

お返事

投稿日:2017.07.27 名前:中村桂子館長

こちらこそありがとうございます。
三木先生の本はとても魅力的で私もよく読みます。生命誌も三木先生のお考えと重なるところがあると思っています。お読み下さった感想などまた書いて下さるとありがたく思います。

中村桂子のちょっと一言

「惰眠」で思い出したこと

投稿日:2017.07.22 ニックネーム:j・h

猛暑の続く日々です、その後お身体いかがですか。どうぞゆっくりご静養なさってくださいませ。
風邪をひいたとき、思い出すことがあります。
もう何十年もまえのこと、熱を出して学校を休む日がありました。そんなとき母はいつもおかゆを作ってくれました。それに添えられた真っ赤な梅干し。
今でも、真っ白いおかゆと真っ赤な梅干しを見ると母を思い出し温かい気持ちになります。早く良くなるようにという母の思いは伝わってきました。学校の授業が気になる私でしたが、それとは裏腹に、もう少しこの温かさに浸っていたいという気持ちもありました。
今思えば、あの時私は心地よい惰眠をむさぼっていたのかもしれません。懐かしく思い出しました。

お返事

投稿日:2017.07.26 名前:中村桂子館長

お見舞いありがとうございます。
白いおかゆと梅干しで忘れられないのは、大学院生の時、初めて一年間京都で一人暮らしをした時のことです。渡辺格先生(いつもは格さんとお呼びしています)が、日曜日の夕食に招いて下さいました。美味しいお肉を楽しみ、よい時間を過しているうちに、様子がおかしくなり熱を計ったら9度。一人で緊張した生活をしていた気持が熱になったような感じでした。休ませていただいたその翌朝、奥様がまさに真っ白いおかゆと赤い梅干しを枕元に置いて下さったのです。大切な思い出です。

中村桂子のちょっと一言

惰眠、不亦楽乎

投稿日:2017.07.20 ニックネーム:花置人

中村桂子様 肺炎でご静養中とのこと、一日も早いご快復をお祈りいたします。
グレン・グールド演奏の「ゴールドベルグ変奏曲」は私も大好きで、雨の昼下がり何か音楽を聴こうとするとき、棚から引っ張り出すのはたいていこのレコードです。
毎日新聞で「ホモピクトルムジカーリス」(岩田誠著)の書評を拝読しました。
「ネアンデルタール人も歌を持っていたと思われる・・・協同での狩りにはリズム合わせも大事・・・音楽や絵画は『社会的行動』と共にあると言える」大変興味深いお話です。
農耕民族系の私は国歌、軍歌、社歌といった類は敬遠しますが、バナナボートや馬子歌のような作業歌には親しみを感じます。
そして、音楽は「社会的行動」の基本となる「個人の精神活動」と深いかかわりがあり、まさに「ゴールドベルグ変奏曲」は先生が「科学者が人間であること」で述べられた、「川が生きている、雲も生きている、風も生きている」という生命論的世界観を感じさせる曲ではないかと思っております。
僭越ながらバッハなどの名曲を聴きながらの「惰眠」は時として新しい世界観を伴った「覚醒」につながることもあるかと存じます、このような屁理屈を口実に私は惰眠のひと時を楽しむこととしている次第です。
一日も早いご快復をと言いながら、勝手なことを申し上げました、くれぐれも御身お大事に。

お返事

投稿日:2017.07.20 名前:中村桂子館長

御心配をおかけして申し訳ございません。先生から一応の治療終了を告げられ後は無理をせずと言っていただいています。ヒトという生きものの特徴として集団をつくった時、そこに自ずと歌が生れたというのはなんとなくわかる気がしますよね。
暑いので無理をせず、少しづつ眼をさまそうかと思っています。

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