RESEARCH
まばたきは何のためにするのか?
脳の情報処理とまばたきの関係を見る
私たちは1分間に平均20回のまばたきをしています。1回につき0.3秒間視覚入力が遮断されるので、起きている時間の約1割は暗闇で過ごしていることになります。こんなに頻繁にまばたきをしている理由は、従来考えられていたまばたきの役割だけでは説明できません。
中野珠実さんは、まばたきが脳の情報処理と関わっていると考え、そのタイミングに注目しました。1つのことに集中していても大きく変化する脳のはたらき、そこでの意外なまばたきの役割が見えてきました。
1.起きている時間の1割は暗闇
私たちは1分間に平均約20回ものまばたきをしている。1回につき0.3秒の視覚入力が遮断されるので、起きている時間の約1割は暗闇で過ごしていることになる。しかし、普段私たちがこの暗闇を意識することはない。
まばたき(瞬目)には3種類ある。音や光、風などの刺激をきっかけに起こる反射性瞬目、意図的にまぶたを閉じる随意性瞬目、そして、それ以外の特に要因なく生じるのが自発性瞬目である。私たちのまばたきの大半は自発性瞬目にあたる。この自発性瞬目は、よく眼球を潤すために生じると言われるが、目の表面を調べた結果から、眼球湿潤のためだけであれば1分間に3回ほどのまばたきで十分とわかっている。なぜ私たちはこんなにもまばたきをするのか、そのはたらきはまだ解明されていない。
2.まばたきのタイミングと情報のまとまり
まばたきの頻度は精神状態によって大きく変動し、怒っている時や緊張している時などは非常に多くなる。また、難しい課題に向かう時も急激に増加する。私はまばたきが脳の情報処理に関わっていると予想し、「同じ映像を見ている時には皆同じタイミングでまばたきをするのではないか」と考えた。そこで、ストーリーのある3分半の映像を3回流し、見ている人のまばたきのタイミングを計測した(図1)。映像は音声なしでも内容が理解でき、ストーリーが次々に展開され、見逃せない場面が豊富という理由で、イギリスのコメディ番組「ミスター・ビーン」を選んだ。また、比較のためにストーリーがない風景映像を見ている時、小説の朗読音声を聞いている時も計測した。それぞれ個人内(個人の3回の計測の比較)と個人間(複数人の計測の比較)でばらつきを調べたところ、「ミスター・ビーン」の映像を見ている時だけ個人間・個人内ともにまばたきのタイミングが同期していた。
皆がまばたきをするのは、主人公が車から乗り降りをした瞬間や車が駐車した瞬間など、動作の終了や繰り返しの場面だった。つまり私たちは、無意識に環境の中から出来事のまとまりを見つけ、その切れ目でまばたきをしており、そのタイミングが人々の間で共通しているのだ。
(図1)まばたきのタイミングを見る実験
同一の視覚条件下で、音声のない2種類の映像を3回繰り返し見せる。
3.コミュニケーションの中でのまばたき
まばたきが他者に与える影響を探るため、対面会話中に話し手と聞き手のまばたきが同期するか否かを調べた。本来は、実際に会話をしている所を見るのが理想だが、まばたきの頻度は個人差が大きく、会話の内容の統制も難しい。そこで実験条件を統一するために、男性が正面を向き演説しているドラマの一場面(音声あり)を約3分流し、視聴している人のまばたきを計測した。その結果、話し手のまばたき開始から0.25~0.5秒遅れて、聞き手がまばたきをする割合が高いことがわかった(図2)。演説のどこで引き込みが生じていたかを明らかにするために、話し手のまばたき前後1秒間の音声波形をクラスター解析したところ、話の句切れ目で生じたまばたきに対してのみ、それが起きていることがわかった。この結果から、人びとはまばたきを介して情報のまとまりを無意識に共有していると考えられる(図3)。
(図2)話し手のまばたきが聞き手のまばたき発生率に影響を与えるか見る
話し手のまばたき開始を0秒そろえ、聞き手のまばたきの発生率の変化を表した。Z値はデータが平均からどれだけ離れているかを示しており、平均値が0となる。
(図3) 話し手のどんなタイミングのまばたきが聞き手のまばたきを引き込むかを見た
つまり、まばたきを介して話の切れ目を無意識に共有することが、相互理解や共感性を高め、円滑なコミュニケーションを促進しているのかもしれない。もしそうであれば、コミュニケーションの障害が主症状である自閉症の人は、他者との間にまばたきの同期が成立しない可能性がある。そこで、同じ実験を自閉症スペクトラム症候群(註1)の18名に実施したところ、話し手とのまばたきの同期は見られなかった。彼らも話し手の目を見ていることは確認しているので、この違いは顔を見ていないために生じているものではない。相手と話のまとまりを共有しようとする無意識の行為の欠如が、他者との気持ちの交流を難しくし、それがコミュニケ-ション障害につながっている可能性が考えられる。
(註1)自閉症スペクトラム症候群
自閉症の原因は、遺伝的要因で脳の発達に偏りが生じることだと考えられている。症状が重い人から軽い人まで個性は多様で、その度合いを示す明確な線引きはできないためスペクトラム(連続体)という捉え方がされるようになった。
4.脳活動の変化を写す
これまでの実験から、私たちは無意識に環境の中から情報のまとまりを見つけ、その切れ目でまばたきをしていることがわかった。まばたきの役割とは、見ているものから一旦注意を解除することによって情報のまとまりをつくることではないのだろうか。この仮説を支持する例として、小脳変性症により目を動かせなくなった(強制注視状態)患者さんが、まばたきをすることによって対象への注意が解除され、顔を動かして別の対象を見ることができたという報告がある。また、生後数か月までの乳児は、大きな刺激(音や光など)があった方を見ることができるが、一度注視するとそこから目を離すことができないという事象も関係がありそうだ。乳児のまばたき頻度は1分間に2、3回と極めて少なく、年齢とともに増加する。これらは、自ら注意を解除する能力とまばたきの関わりを示していると考えられる。
対象からの注意の解除と、次の対象へ注意をむけるのに関わる脳のはたらきには、それぞれ独立した神経ネットワークが関わっているとされている。次の対象へ注意を向ける時は、前頭眼野と頭頂葉を中心とした神経ネットワークが中心となってはたらくことがよく知られているが、一方、注意解除の神経メカニズムはほとんど明らかになっていない。そこで私たちは、まばたきにともなう脳内の変化を調べてみた。最初の実験と同様に被験者には「ミスター・ビーン」を見てもらい、その時のまばたきを観察しながら機能的磁気共鳴画像法(註2)によって脳の活動を計測した(図4)。すると、まばたきに応じて、注意ネットワークの主な領域、前頭眼野(FEF)と上頭頂小葉(SPL)の脳活動が一時的に減少していた。一方、内的な情報処理に関連しているとされるデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の脳領域の活動が一時的に上昇していたのである。比較のために、まばたきと同じ時間幅で映像に黒い画面を挟んだ場合には、この現象は起きなかった。つまり、物理的な視覚情報の遮断が脳活動の変化を引き起こしているのではなく、まばたきに特異的に起こる現象なのである。
(図4) まばたきに伴う脳活動の変化を見る実験
まばたきに応じて視覚入力に関わる内側視覚野(Cuneus)だけでなく、DMNに属する前帯状回(ACC), 後帯状回(PCC)、角回(AG)の活動が一過性に上昇した。一方、注意の神経ネットワークに属する前頭眼前野(FEF), 上頭頂葉(SPL)の活動が一過性に低下した。
DMNは過去を回想する時や何かを想像する時などに活動が上昇する領域で、意識とは何かを知る手がかりとして注目されている。何もしていない安静状態では、このDMNと注意の神経ネットワークが数十秒ごとに拮抗してはたらいていることが知られていた。今回の実験から、映像に集中している時でも数秒に1回生じるまばたきの度に、2つのネットワークの活動の交替が生じていることが明らかになった。そして、それが注意の解除へつながり情報のまとまりをつくっている可能性が見えてきたのである。
(註2) 機能的磁気共鳴画像法(fMRI)
神経活動に伴う血流の変化を測定することで、からだを傷つけずに脳の活動を捉える方法。
5.まばたきを通して見えてくること
私は大学生の時、人間とは何か、自分とは何かを知りたいと思い、脳の研究を始めた。外からの刺激に反応する時や考え事をしている時はもちろん、何もせずにぼんやりしている時でさえ、人の脳はその時々の状態に合わせてダイナミックにはたらきを変化させ休むことがない。そんな脳の情報処理の状態変化とまばたきの深い関わりが見えてきたので、今はまばたきの頻度の変化に注目している。まばたきの頻度は、個人間でも個人内でも非常に変動が大きく、1分間に数回の時もあれば50回を超える時もある。ドーパミン作動薬を投与すると、頻度が急上昇することから、頻度には大脳基底核のドーパミン濃度が関係していると推測されている。そこで私は、遺伝子多型やシナプス受容体に着目し、まばたきの頻度の個人差を生じさせる要因を明らかにすることによって、まばたきのもつ意味をさらに解明したいと考えている。
中野珠実(なかの・たまみ)
1999年東京大学大学教育学部卒業後、一般企業に就職。2009年同大学大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。順天堂大学 助教を経て2012年より大阪大学生命機能研究科ダイナミックブレインネットワーク研究室准教授。